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『自由への逃走とイギリス』(イスラエル)

  私とイスラエルとの関わりのきっかけは、ダイヤモンドオンラインの連載(Zero to One)でご紹介した。

 例えば、30代に10年ほど行っていたイスラエルのビジネスへ入る最初は、旅行ツアーに参加し、提携先を見つけようとホテルでヘブライ語の電話帳からIT企業をピックアップしてもらい訪問するところからはじめた。

 そのうち、日本側とイスラエル側を兄弟で分担し、イスラエルのテクノロジーを日本にビルトインすることをミッションとするイスラエル人(弟)に出会った。彼は、日本側を担当していたお兄さんが横浜で仕事帰りに交通事故で亡くなったためビジネスが頓挫していると、ゆっくりと心情を語ったのである。

 私は、日本にイスラエルのイノベーションをビルトインするマスクドニードがあると考えていたので、お互いが共鳴し、それ以来、日本のベンチャーキャピタルのIT企業への最初の投資案件(Zero to One)をまとめたり、販売代理店になったり、日本語化したりと、20数回イスラエルを訪問し、深いリレーションを構築した。

 この例は、日本から遥か8500km以上離れたところに住むひとりのイスラエル人との出会いによるものだが、狭い日本ならこの連載に書いたことに共鳴する人と、偶然(必然?)の出会いがあってもおかしくない。

 最初のプロダクトの日本国内への販売契約交渉で、タフな交渉を何度も行い契約が完了した後に安堵していると、相手側の責任者が席を離れ1冊の本を持ってきた。

 その本は、中日新聞が発刊した『自由への逃走』だった。そして彼は、この本の最後に載っている家族の写真にある末っ子が私だ、と言うのだ。最初はなんのことか分からなかったが、杉原千畝氏はナチスに追われたユダヤ人にシベリア鉄道を経て極東に向かうルート(敦賀まで)のビザを発給していたことはよく知られている。

 そして自分の家族に危機が迫り避難する際にも、リトアニアのカウナス駅構内で列車が出発するまでビザを発給し続けていた。私のタフな交渉相手は、最後にカウナスの駅でビザが発給され、命を救われた家族の子供のひとりだったのだ。

 その製品は、TOCの創始者のゴールドラット博士も開発していたリソーススケジューラの一種だった。ゴールドラットのスケジューラ(Optimized Production Technology)は、製造現場にフォーカスした生産スケジューラだが、後にその基礎理論を『ザ・ゴール』として出版し、そちらの方が世界的に有名になった。

 この製品は当初はリソースを選ばないリソーススケジューラとして設計されていた。後にスキルを加味したサービス要員にフォーカスしたサービススケジューラとなり、この会社はNASDAQへIPOした。

 さらにディナーの席の雑談で、このリソーススケジューラがサウジアラビアのオイルプラントでも活用されていることを知った。サウジアラビアはアメリカとの関係もありイスラエルに対しては比較的穏健な外交を行っているが、やはりイスラム圏なのでお互いは背を向けている。
(イスラエルと正式な外交関係を持つのは、エジプトとヨルダンの2カ国だけ)

 日本人の私としては不思議に感じていたが、よく話を聞いてみると、イスラエル⇒イギリスの企業⇒サウジアラビアという商流で、イギリスが中立的な役割となり、製品を販売していた。

 ご存知のように、イギリスの二枚舌、三枚舌外交が現在の中東を混乱のルーツのひとつだが、それだけ外交に長けていたとも言え、ビジネスも同様にしたたかな人たちのようだ。

 この契約を通じて、私がイスラエルで学んだことは、イスラム圏とイスラエルは外交的には背を向けているが、ビジネスとしては利害が一致するならば、第三者を通じビジネスが行われている。
 また、イスラエルは人件費が高くなったため、工場を死海対岸にあるお隣のヨルダンに移転し、「Made in Jordan」としてイスラム圏への販売を行っている企業もあることも後に知った。

 人のつながりとは面白いものだ。その人の視野をエリアで考えると、日本だけ、東京だけ、大阪だけ、名古屋だけ、勤めている会社だけ、あるいは同じ業界のいつも集まる仲間内だけで、ついつい考えてしまう。 すると、その範囲の中でのつながりで閉じてしまう(Inbreeding)可能性が高い。視野のエリアを拡げると、例え、ヘブライ語の電話帳でIT企業をピックアップするところからはじめたとしても、多様性(diversity)の中に出会いがあり、さらに視点がデセンター(decenter)されるのが実に楽しい。

 イスラエルとビジネスを行う、ということはイスラエルに販売することは考えにくく、イスラエル以外の国々でグローバルにビジネスを展開(マーケティング)することにつながる。そして日本の次の世代のためにも、新たなマーケットへのビジネス展開の可能性を視野に入れておくべきではないだろうか。

Creative Organized Technology をグローバルなものに育てていきたいと思っています。