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『物語共有の法則』(イノベーションの第3法則)

 2023年7月に出雲を訪れた(ツングース系の出雲を訪ねて)ことによって、イノベーションの第3法則である『物語共有の法則』の意味を改めて考えてみた。物語共有の法則とは、自分の属する地域や組織における物語(歴史ストーリー)が、イノベーションに影響することを指す。

 例えば、なぜユダヤ人が無から有を生み出すイノベーションが得意かというと、彼らにはタナハ(旧約聖書など)の物語が共有されているからだと、とらえることができる。
 シリコンバレーという地域では、 『創始者たち』に描かれたPayPal創業の物語を共有する人々から、Youtube、テスラ、スペースX、Linkedinなどが生まれているのも、物語共有の法則が働いた例だろう。

 日本にはなぜベンチャーが少ないなのか。なぜイノベーションが生まれにくいのかを自覚するためには、日本の物語を知る必要がある。そういう意味で、出雲はヒント満載の地域だ。

 出雲大社の横にある「古代出雲歴史博物館」の土産物売り場で見つけた1冊の本『出雲人』(ハーベスト出版)の帯にあった次の1文によって、物語共有の法則と日本の歴史を組み合わせる(点と点がつなげる)ことができた。

「日本人を煮詰めると出雲人になる」

 この本には、出雲人の欠点や長所が、第3者の評価を通じ紹介されている。地方史学者である藤岡大雪氏は、それらをベースに出雲人の特徴を次の4つにまとめている。

  1. 保守的・消極的

  2. 閉鎖的・排他的

  3. 依存的・従属的

  4. 無口・無表情

 出雲の歴史は主に、『古事記』におけるオオクニヌシの人生を通じ知られている。古事記には出雲王朝を支配したオオクニヌシは、国譲りと称した権力譲渡を天孫系のヤマト王朝に行ったとある。しかし、司馬遼太郎の『歴史の中の日本』(中公文庫)で、国譲りとは生易しいものではなく、オオクニヌシは殺され、現人神から事実上の神に祭り上げられてしまったのが出雲大社だとしている。

 出雲には、『古事記』とは違うプロパーの歴史をまとめた『出雲国風土記』がある。ここには国譲りの過程でのオオクニヌシの次の言葉が記されている。

 私が平定して統治している領土は、平和に治めてもらうことを条件にして、天の神の子孫に譲ってもよい。だが、八雲立つ出雲国は、私が鎮座するところだから、誰にも渡さず、青山を垣根のごとく廻らして、玉のように大切に守っていきたいのだ。

 つまり、『古事記』にあるように、国譲りを恫喝したタケミカヅチに対し、優しいオオクニヌシは、「私は答えれません。わが子コトシロヌシ(長男)が申し上げるでしょう」と判断を子供に譲った。その後、長男は恐れおののいて了承したという、穏やかな国譲りの物語と、『出雲国風土記』に描かれた、不条理なことに対しては、釈然たる態度を示すオオクニヌシの性格はまるで違うことがわかる。

 現在のウクライナをみていても明らかなように、理不尽に攻め込む相手に、自らの領土を簡単に渡すことは考えにくいことからも、司馬遼太郎の推測は正しいだろう。

 そして、このオオクニヌシの歴史は、出雲人の深層に敗北感をもたらしていると著者はいう。

 出雲人の深層に根づくのは、敗北感とそれによって生じる疎外感である。古代の栄光が大きいだけに、敗北の意識は深く深く沈潜していった。時として敗北感を吹き払うような歴史事象(戦国大名である尼子氏の勃興と繁栄)がいないでもなかったが、結果的には敗北感を再生産(尼子氏は毛利元就に滅させられた)するだけだった。

 出雲人に共有されているこれらの物語は、出雲人の4つの特徴に反映している。司馬遼太郎は、この出雲の物語を、太平洋戦争集結当時の事情と似ているとし、20世紀のアメリカは、天孫民族の帝王に対して、より温情的だったと、比較している。

 「日本人を煮詰めると出雲人になる」とは、このことを指すのだろう。物語共有の法則の視点からすると、出雲の物語と日本の敗戦の物語は、敗北感とそれによって生じる疎外感を深層にもたらしていると言える。

 日本の歴史を変えることは不可能だ。つまり、日本人は現在の出雲人と同じように、海外から見たら、保守的・消極的、閉鎖的・排他的、依存的・従属的、無口・無表情という4つの特徴をもっているということになる。

 困ったことに、この4つの特徴からは、イノベーションは生まれにくいのである。となると、イノベーションの第3法則である物語の法則からすると、私たちには、出雲人、日本人とは別の属性(組織)で共有できる、イノベーションを生み出した物語が必要になる。

 その物語は、アメリカの『創始者たち』で示されたシリコンバレーの物語ではなく、日本人の物語として、戦前、戦中、戦後と連続する中で描かれたもので、なおかつ、日本ならではのイノベーションを生み出した物語でなければ、物語共有の法則の効果にはつながらない。

Creative Organized Technology をグローバルなものに育てていきたいと思っています。