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『試すとフィードバック』(4−4)専門分野の「試す」はPro-c

 他者に影響のない「試す」はmini-c、(4−3)他者に影響のある「試す」はlittle-cと解説してきたので、今回はPro-cに焦点をあてる。

Pro-c:専⾨分野での創造性
九七式戦闘機は飛行機の専門家としてのPro-Cの創造性と言えるが、複葉の性能を単葉にした一直線の翼と固定脚を組み合わせたもの。『糸川英夫のインベーション』より

(3−1)4つの創造性と組み合わせ

 Pro-cは専門分野での創造性で、シェフ、デザイナー、エンジニア、科学者、音楽家、画家など、特定の専門分野の専門家がプロとして発揮する創造性を指す。その分野に影響を与えるが、歴史的な偉業になるとは限らない。

 ここでは『糸川英夫のインベーション』の中から複葉の性能を単葉にした一直線の翼と固定脚を組み合わせたものを題材にする。

  糸川さんは、翼の理論について、『私と隼戦闘機』(文春ノンフィクションビデオ)で次のように語っている。

単葉機の翼の理論というのは世界にないわけです。大学で教えてくれている単葉機の翼理論というのは、ドイツのゲッチンゲン大学のプラントルという教授がプラントルの理論というのを立てただけなんです。その結論は非常に単純で、上から見ると楕円のカタチにすればいい。堀越さんはそれを徹底的に採用されて、零戦は翼が楕円形で、直線ではないのです。見たところ非常にきれいなんです。堀越さんはプラントル理論に非常に忠実に、学校で習ったことをそのままやられたんで、まぁあの...ご立派というかね、なんというか、いろいろ人によって、意見が違いますが…とにかく、翼理論はプラントル理論しかなかったんですよ。

 堀越二郎氏は、学校で習ったプラントルの翼理論を忠実に再現し、零戦を設計した。これは人によって評価が分かれるというのである。

一番やりやすいのはね、翼の一番前を一直線にすることなんです。九七式、隼、鍾馗は横から見ると全部一直線なんです。前を一直線にして後ろを下げるというカタチにすることによって、1枚の翼で、複葉とまったく同じ性能を出すことができる。その設計思想は、一番最初に九七式で、次は隼、鍾馗、疾風までに引き継がれて、全部変わっていません。

  糸川さんが中島飛行機に入社してはじめて設計したのは翼ではない。九七式(キ27)のペラ(プロペラ)を2本つくったのだ。1本は従来どおりの設計で、翼型はクラークY、リンドバーグが大西洋横断したときの飛行機であるライアン機に使用されて以来使われているもので、もう一つは、糸川さんのオリジナルなもので、固定ピッチ(当時のペラは固定ピッチ)なのに、可変ピッチに似た性能を発揮するというものだ。このことを上司であった小山主任技師には内緒にしていたらしいが、テストをしてみると、後者のペラは地上運転で回転が出すぎるという結果となった。小山主任技師は興奮したという。

 つまり、こういうことだ。
 糸川さんは、自分が考えた翼理論を実践するために、いきなり戦闘機の翼を設計したわけではない。ペラなら1本をオシャカにしても安いものだから、まずはペラでこの翼理論の原理を設計し試したのだ。すると、性能がこれまでのものより数段よくなり、上司である小山主任技師も驚いてしまったのである。糸川さんの設計したペラは奇跡のプロペラとして認められた。これにより、糸川技師補は上司である小山主任技師に認められることになった。そして次なる使命は、旋回戦闘(巴戦)のときに、複葉と同じような性能を発揮できる主翼を考えることだった。

 糸川さんは単純に考えた。最初から戦闘機を作ったら費用もかかる。しかし、ペラなら安上がりで、何個も実験できるのだ。

 スタートアップにおいて、ムダのない起業プロセスでイノベーションを生み出すことができるリーンスタートアップというマネジメント手法があることはよく知られている。そのなかには、MVPという手法が紹介されているが、糸川さんのペラは、最近の言葉でいうと、MVP(Minimum Viable Product)=実用最小限の製品、仮説を検証するためのプロセスという位置づけになる。

 ここまでのことは『糸川英夫のインベーション』で解説した。問題は糸川さんが、3)手段をやってみる(試す)というプロセスを、ペラ(プロペラ)と翼の2段階にわけているということだ。これが次の「決定」⇒「実行」⇒「生産」の流れの中で、「実行」から「フィードバック」が分岐している理由になる。さらに詳しくみていこう。


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