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『ソビエト帝国の崩壊 瀕死のクマが世界であがく』新鮮さが溢れている(世界の歴史)

 小室直樹氏は糸川英夫氏の長野の家(じねんや糸川)で集まりがあると、たまに参加されていたという。私とはすれ違いで、お会いしたことはないが、「ここへ来ると酒が飲める」と炉端でチビチビやっていたらしい。

 20代の頃、カッパ・ブックスの『ソビエト帝国の崩壊』は読んだ覚えがあるが、あまり印象がない。1988年 - 1991年にソビエト帝国が実際に崩壊した後、日本への影響はほとんどなかった。しかし、イスラエルには大量の移民が押し寄せた。当初、ソ連のユダヤ人はアメリカに亡命したが、ロビー活動でイスラエルへアリヤ―(移民)せざるを得なくなる法律を制定したことで、ロシア系ユダヤ人がイスラエルに80万人以上が短期間で押し寄せた(人口の10%以上、日本で考えると1000万人以上の移民)。そこでイスラエル政府は仕事を創造するためベンチャーが起業しやすい環境を整えた。ペレス元大統領の次男など、民間のベンチャーキャピタリストも大活躍した。

 あれから30年以上が経過し、文庫化することを許された『ソビエト帝国の崩壊』が新刊として発売された。

 「資本主義をへないでできてしまった社会主義 −−− その存在の矛盾に、すべてが帰着する」

 20代の当時に印象がなかったのは、単に私の「点と点をつなぐ力」が足りなかっただけだということも、再読して改めて認識した。本書にはソ連でエリートになる近道は、科学者(原子物理学者、位相数学者)、技師(エンジニア)、新聞記者、共産党員だとある。これらの理由から、イスラエルに移民したロシア人は技術者が多かったのだ。マルクス主義は無神論(宗教はアヘン)としているが、ユダヤ教の神との契約の更新と似ているとしている。要するにユダヤ教には来世の概念がなく、現世でのバージョンアップを目的にしているから、歴史を、原始共産制⇒古代奴隷制⇒封建制⇒資本制⇒社会主義ないしは共産主義と段階的にバージョンアップで捉える考え方とそっくりだ。また、ビザンチンの正教では、ギリシア法王はなく、東ローマ皇帝が同時に宗教上の首長となる。つまり、聖俗が分かれていない。ソ連のマルクス主義は、西欧のマルクス主義と違い、人間の行動を内と外に分けないのだ。これは、現在のロシアとロシア正教の関係を示唆している。

 また、現在のウクライナ戦争にも通じるアフガニスタン侵攻については、アフガニスタンにソ連がでてきて、ソ連が悪いというが、これはアメリカが悪い。ソ連がでてきたら、アメリカは「なぐり返すぞ」という態度をはっきりさせないといけない。ソ連からすると、「入ってきていけないのなら、どうしてそれを早くいわないのか」ということになる。ソ連は1978年10月にアフガニスタンと友好条約を締結している。つまり、これこそが彼らの侵攻前の常套手段なのだから…

 そして日本ほど、自国の覚悟、態度を明確にソ連に知らせていない国はほかにない。したがって、ソ連は日本が何を考えているかわからず、対日政策に頭を悩ましているとしている。

 こういう本質を鷲掴みにする能力を有した著者を最近は見かけないためか、逆に新鮮さが溢れている。橋爪大三郎氏の解説も見事だ。

Creative Organized Technology をグローバルなものに育てていきたいと思っています。