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すだち

「よもぎの背伸びさん、すだち食べる?」
職場のロッカーに自分の荷物を放り込んでいる時、不意に後ろから声をかけられた。

(すだち?あの酸っぱい?)
振り向いてどう言う事か確かめる。

「たくさん採れたから」といって同僚がビニールの中の、濃い緑色をした丸っこい物体を指さして言った。

「え、うん、食べるよ」
食べると言うのは嘘に近いと思った。同僚もまさか、わたしがすだちをむしゃむしゃと食べるかと聞いた訳でないだろうけど、なんだか少し違和感を感じながらも「食べるよ」と答えしまった。だけど自分のお金で買ったこともなければ、それこそどこかの料理屋さんで魚の脇に添えられているすだちや、すだち入りポン酢くらいしか、本当のところ記憶にない。

「くれるの?ありがとう。じゃあ戴くね」
少し遠慮気味に袋の中に手を突っ込んでふたつ摘んだ。秋めいてきた事だし、夕飯の秋刀魚の脇にでも添えようかな。

「そんな少量じゃなくてたくさん持ってっていいわよ」同僚からテキパキと手渡されて「たくさんあるの、消費できないくらい。だから大丈夫、持ってって」と半ば強引に、わたしはそのすだちを引き受ける事になった。

「食べるけど頬張るほど好きじゃない」と冗談混じりに答えるのが正解だったかと後で思ったりもしたけど、そう答えたとしても「冷凍できるから大丈夫」なんて言われて結果は変わらなかった気がする。

ともかくご好意をありがたく頂戴して、無造作にさっと自分の手提げにビニール袋ごと放り込み、仕事の準備にかかった。


***


 仕事を終え帰宅してから、手提げの中のすだちを取り出して、しみじみと見た。濃い緑色が余計に酸っぱさを感じさせる。

柑橘類って色々あるけど、それぞれ半分に割って味比べをしたら、わたしにでも味の違いがわかるのだろうか?香りの違いくらいは分かるかな。

そんなことを考えながらスマホに『すだち 使い道』と打って検索してみた。
(そうか、その手があったか!) そう思って翌日、氷砂糖を買ってきて、瓶にすだちと氷砂糖とを交互に入れて残り物のりんご酢を回し入れた。
これですだちシロップが出来る筈だ。

 瓶の消毒にはアルコールスプレーを使った。
酒造メーカーが売り出しているアルコールスプレーで、食品にかかっても害の無いものの、アルコール濃度が77%と言う優れものだ。長い間品薄状態が続いていたけど、最近になってようやく店頭でも見かけるようになった商品だ。

 ウイルス対策のアルコール濃度は、75%以上が有効らしいのだけど、数値が高ければ良いと言うものでもないらしく、かえってアルコール濃度100%などはウイルスには効かなくなるらしい。ウイルス対策に有効な濃度は70前後だそうだ。
物事にはそれなりの理由って物が必ずあるんだよね。それを調べるか調べないか、要はそこなんだけどね。

 冷蔵庫の中には、瓶詰めされた輪切りのすだちと四角い氷砂糖が如何にもオシャレで、女子力高いでしょう的な感じで入っている訳だけれど、こんな簡単な料理とも呼べない作業でも、ちょっとした手順のミスでカビたり腐ったりしてしまう事もまぁまぁあるから、まいにち瓶を揺すっては、溶け具合をチェックしている。
すだちの断面の瑞々しさが、過ぎ去ってもまだ暑い残暑を思わせてくれる。
ちゃんと出来たらいいなぁ。まずは炭酸で割ってジュースを飲むつもりだ。




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