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バームクーヘン/ショートショート

私は父に殺された。

正確に言うと、血のつながりのない育ての父ではあるが、父は私を全力で愛してくれていたはずだった。

 なぜ、私は殺されなければならなかったのだろうか?

 確かに、幼い頃私は父に反抗した時期もあった。家を飛び出し、荒野を駆け回った時だってあった。近所の人に見つかり、敢えなく連れ戻されたが、父は私を叱らなかった。それどころか、

「お腹空いていたのか? もっと、たくさんご飯をあげよう」

と、優しくなでてくれた。

 私は十分過ぎるほどの食事を与えられていた。父は私の好物を知っていた。甘いバームクーヘンである。それを毎日のように私に与えてくれた。

 おかげで私は丸々と太ってしまったが、父はそれを咎めることはなかった。私が太る度にえびす顔になり、

「もっと、いっぱい食べて、もっと大きくなれよ」

 と、言ってくれた。私はうれしくなり、たくさんたくさんご飯を食べた。

 

 私は父が好きだった。

 

 ある日の事だ。10人ほどの若い衆がいきなり土足で私の家に踏み込んできて、私の体を押さえつけた。当然、全力で抵抗した。奴らの顔を蹴り上げ、暴れに暴れまくったが、多勢に無勢。手足を縛られ身動きが出来なくなった。次の瞬間である。鈍器で、思い切り頭を殴られた。一回、二回…薄れていく意識の中、私は自らを殴る男の顔を見た。紛れもない父の姿だった。私を丹精込めて育ててくれた、かけがえのない父の姿。

 なぜ、父は私を殺したのだ? 私が父に殺されなければならない理由などあっただろうか? 虚しい問いはどこに届くこともなく、私はただの肉片に成り果てた。

 

 高級レストランのテーブルにギャルソンが料理を運んできた。

「こちらは、本日のメインディッシュ。極上のポークソテーでございます」

 紳士は少し怪訝な顔で、ギャルソンに言った。

「君、メインディッシュにポークはないだろう」

「お客さま、こちらのポークはそこいらのポークとはものが違います。バームクーヘンポークと申しまして、エサにバームクーヘンを与えているのです」

 紳士は一口肉を頬張る。

「なるほど、言われて見れば甘い香りがしないこともないな」

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