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アンハッピー・パラダイス〜鳥葬事件〜

ゲロまみれの公衆便所から、家族連れで賑わうカジュアルキャンプ施設まで。ダストシュート・インフラが張り巡らされた現代の第2横浜シティにおいて、ゴミ捨て場を虎視淡々と狙っていたカラス達を見る事はそう滅多になくなった。21世紀後半まで、いわゆる「ありふれた都会の風景」を象徴していたそんな彼らが少しずつ姿を消しはじめた頃、当時『運営』が業務委託していたパノプティコンシステムの運用会社に務める「斎藤アルベルト太郎」氏。彼は事件の重要参考人として「前世の記憶」を引き継がされていた。

...先に言っておくが、
俺はそんなに目新しいネタを持ってるとは思えねぇぞ。
遠方はるばる来てくれたのにすまないな。
まぁいい。
夜勤明けの俺はちょうど『YummyYummyRestaurant』で、
合成ビアを8杯やっていた。
9杯目に口をつけた、その時だったよ。
「生まれて」から一度も聞いた事のない、
まるで生きたまま皮を剥がれている野生動物のような、
とはいえ動物なんぞDiscoveryチャンネルでしか見た事はないんだが...
まぁそんな感じの断末魔が外から聞こえてきたんだ。
こっちの胃袋が絞りあげられるような、そういう類のな...
肝機能増幅器<レバーファンク・アンプリファイア>をONにしたみたいに一瞬で目が冴えてしまったのを覚えているよ。
慌てて外に出てみると、まるで夜みたいに外は暗かった。
日はとっくに昇ってたはずなのに。

『夜』の正体はカラスの大群だった。

断末魔は外を歩いていた連中のものらしい。
かわいそうに。
まるで落としたアイスクリームに群がるアリを見ているようだった。
黒いもじゃもじゃした塊が街中躍り狂っていて、
しばらくすると赤黒い骨だけになった。
あんな光景、見るのは2度とごめんだね。

彼は合成ビアを奢ってやるぞ、と申し出てくれたが丁重に断らせてもらった。代わりに俺は手に持っていた立体画像鉛筆<ホロ・ペン>で眼前の小切手にサインをし、彼のアカウントに謝礼を「いつものように」転送した。

「生きたまま鳥葬される」という彼のあまりに熾烈な「前世の記憶」はインストール後に「跳ねっ返り」、ネガティヴ・ループバックを引き起こした。
結果、リブート後の精神に不可逆な破壊をもたらしたのだ。
今は脳髄のみ取り出されてリハビリ・ステーションに直接接続されている。

...先に言っておくが、
俺はそんなに目新しいネタを持ってるとは思えねぇぞ。
・・・

病室のディスプレイが再び話始めるのが聞こえる。
俺は沈痛な面持ちで、狂ってしまった前世の兄の元を立ち去った。

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