掌編小説『神様のおねがい』
その祠を、普通の人は見つけることができない。
ただ心の奥底に、どうしようもなく迷いを抱えた者のみが、祠を探し、辿りつくことを許される。そのような者の前にのみ、それは現れるのである。
何の神が祀られているのか、いつから存在するのか。詳細な情報は一切不明であった。だが、その祠にまつわる、とある噂だけが、ネット上でまことしやかに流布されていた。
「祠の前で祈ると、神に願いが届き、その時の自分が最も必要とするものが現れる」
彼もまた、その噂を聞いてやってきた者の一人だった。
ニュースを見れば、政治家が汚職疑惑で糾弾される様や、どこかで起こった未曾有の大災害、さらには、被害者遺族に執拗につき纏う連続殺人事件の報道など、見たくもない現実があれやこれやと叫ばれている。
心の中にべったりと嫌な感情が纏わりつくなか、訳もなく眺めていたネットの掲示板で、この祠に関する記事を見つけたのだった。
「本当にあるんだなぁ……」
どうせ噂は噂に過ぎないのだろう。そんな半信半疑で山に入ったものだから、山の深い緑をかき分け、目の前にそれが現れたときは思わず目を丸くした。
十メートルほどの短い参道の両側に、苔むした石造りの灯籠。まっすぐ伸びた道の先には、まるで子供がつくる積み木のような、背丈ほどの崩れかけた社が鎮座していた。鮮やかな緑色の木漏れ日が差し込み、神々しいオーラを放っている。
ボロボロのスニーカーで石畳を踏みしめながら、一歩一歩参道を進む。
社の前には、管理されているのかも怪しい、小さな賽銭箱。彼はポケットから財布を取り出すと、箱の上で逆さまにして、そこに入っていた有り金すべてをじゃらじゃらと放り込んだ。
別に願い事があるわけじゃない。
ただ心を無にするように手を合わせる。
すると、社の裏の方で、ガチャン、と何かが置かれるような音がした。
なんだ、噂は本当だったのか。
歩いて後ろに回り込むと、そこにあったものに驚いて足を止めた。
————岩の台座の上に山積みにされた、夥しい数の拳銃。
「神様って、なんでもお見通しなんだなぁ」
今まで数え切れぬ人を殺してきた殺人鬼には、そこにある拳銃が何丁かなんてどうでもよかった。
男は落ちているひとつを手に取ると、自分のこめかみに突きつけ、迷うことなく引き金を引いた。
<了>
2024/02/01 亥之子餅。
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