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「兎、波を走る」舞台感想

はじめに

4カ月ぶりの更新です。気分屋の私はこまめに記事をアップするのがどうも苦手で……。

ですが!今回は何としても感想をアップしたい作品と出会いました。
その作品とはNODA・MAP 第26回公演 「兎、波を走る」です。

前作「フェイクスピア」では読売演劇大賞・最優秀作品賞を受賞した野田秀樹さん作・演出の新作書き下ろし舞台です。俳優陣に「フェイクスピア」で共演した高橋一生さんや「Q」「オイル」など数々の野田作品に出演している松たか子さんなどを迎え、盤石の布陣でつくられた今作、期待しない方がおかしいですよね?

今作は東京、大阪、博多の3都市で行われ、この記事がアップされた後も公演がありますので、ネタバレを避けたい方は「※ネタバレ注意」のパートは飛ばしてご覧ください。

それではいってみよう!

野田作品

まず、大前提として、私、野田作品大好きなんです。
これまでも野田作品は「エッグ」「逆鱗」「Q」などなど多くの舞台を観劇してきました。また、観劇だけはなく私自身も上演したことがあります。

野田作品の魅力は大きく3つあると思っています。「強烈なメッセージ性」「舞台上で生まれるエネルギー」「舞台の優位性をフル活用」の3つです。

「強烈なメッセージ性」は野田作品を一度でもご覧になった方は分かると思いますが、戦争やテロ、人種差別など人類の歴史を必ず物語の要素として含ませています。そのため、歴史について知らないことがあると「この台詞は何を言ってるんだ?」ということが起きてしまいますが、それもまた観劇した人によって捉え方がことなる野田作品の魅力です。事実をあるがままに描くのではなく、フィクションに織り交ぜることによってより鮮明に事実が立ち上ってくるという不思議な感覚が得られます。

「舞台上で生まれるエネルギー」と「舞台の優位性をフル活用」は近しい部分がありますが、野田作品にはドラマや映画では感じられない、特別な「力」を感じます。役者の鬼気迫る表情、声、肉体、予想もつかない演出で魅せるスタッフワークがその「力」を生んでいます。そして、この「力」の源泉は舞台ならではです。
例えば、「フェイクスピア」では椅子と人だけで航空機を表現していました。決して舞台上の人や物は自ら「これは航空機です」とは言いませんが(当たり前ですが…)、観客がある意味勝手に「あ、これは航空機だな」と解釈するのです。この客を介在させて成立させる表現は、舞台独特の大きな魅力ではないでしょうか。

「兎、波を走る」でもこれらの魅力は遺憾なく発揮されていました。
というより、これまで観た作品で一番の作品となりました!!
大袈裟な…と思われるかもしれませんが、これ、マジです。爆上がりしたハードルをやすやすと越えていく野田作品には本当に驚かされます。野田さんの頭の中は一体どうなっているんだろうか……。

とにかく、最高傑作といっても過言ではないこの作品の魅力をとことん伝えていきます!

キャスト

なんだろう、この安定感は…。全く穴のない布陣でした。まず、物語の軸になる3名、高橋一生さん、松たか子さん、多部未華子さんについては、あえて書く必要はないくらい完璧でした。高橋一生さんの高い身体表現力、そして迫る言葉の力、一挙手一投足が私の胸に突き刺さりました。松たか子さんは、謎めいたキャラクターを持ち前の芯はありながらも柔和な語り口で演じ、物語をけん引していました。多部未華子さんは「農業少女」以来のNODA・MAPとのことですが、ブランクを一切感じさせない圧巻の演技でした。(※若干ネタバレ注意)多部さん演じる役柄は少女から成人までのふり幅の大きな役どころでしたが、全く違和感なくすんなりと入ってきました。

そして、脇を固める役者も見事!立場は違えど観客と同一の視点、価値観を有する秋山菜津子さんや大鶴佐助さんの存在は物語への理解の大きな助けとなりました。大倉孝二さんは…いつも通り笑わせてもらいました。重苦しい雰囲気を弛緩させてくれる唯一無二の存在でした。山崎一さんと野田秀樹さんは世界観を表す存在で、舞台の操舵手とも言うべき立ち振る舞いでした。決して一筋縄ではいかない物語に何とかついていけているのは、俳優陣の力に因るところが大きいのではないでしょうか。

さらに、いつもながらお見事のアンサンブルの皆さん。完璧に計算された動き、タイミングの裏にはどれほどの練習量があったのだろうかと思ってしまいます。役としての人格はなくても、作品の世界を縁取るために必要不可欠な存在で、今回も大きな役割を果たしていました。アンサンブルの皆さんがNODA・MAPの核といっても過言ではないかもしれませんね。

演出(※ネタバレ注意!!)

基本は素舞台。何もありません。ところがどっこい、あれよあれよという間に様々な装置が出たり入ったり…。中でも鏡を四方に登場させる不思議の国のアリスの表現は見事でした。また、個人的には輪っかで表現される螺旋階段がとても印象に残っています。輪っかを複数段違いにしながら縦に並べて、その周りを役者が走る。決して大掛かりなセットではありませんが、そこに観客の解釈が入り「螺旋階段を走ってるんだなぁ」と理解する。これぞ舞台の醍醐味ではないでしょうか。舞台上に実際の螺旋階段を出すという手もあると思いますが、現実と同等という意味でのリアリティにおいてはドラマや映画に敵いません。大きな装置を動かして場転するのもロマンではありますが、やはり舞台は「そうでないもの」をいかにして「そう」見せるかというところに面白さがあると思います。

また、今回はふんだんに使われた映像技術にも驚かされました。今作はAIもテーマの1つとして取り扱われていたため、映像が多用されていましたが、ただAIだから情報技術という単純な図式ではなく、形がないもの、見えないものを表現するために効果的に使われていたように思います。特にラストシーン、お辞儀する脱兎にスクリーンが重なり映像になり、そして消えるという演出は、もう誰もそこに居ないことをより鮮明に私たちに突き付けてきました。舞台から人がハケるとそこから人が「見えなくなった」だけで、「消えた」とまでは断言できません。しかし、映像は消えます。先を描くことなく、一瞬で消えるのです。その物寂しさは最後独り舞台に残った松たか子さんの姿にすべて集約されていきました。
それと、余談ですがアナグラムを映像で示していたことにも触れておきます。詳しくは書きませんが、「兎、波を走る」がどうやったら「アメリカ兵」に置き換わるという着想を得るのでしょうか?凄すぎ。

ドキドキワクワクしっぱなしの演出でしたが、一点分からない部分がありました。それは色とりどりの化け物たちです。現実の人物たちが様々な動物のお面をかぶせられていましたが、あれは不思議の国のアリスの登場人物なのでしょうか?それとも「もうそうするしかない国」の文化なのでしょうか?どなたかコメント下さると嬉しいです。

脚本(※ネタバレ注意!!)

まさかこの問題を取り扱うとは…という思いです。いつも私は作品を観る前に「今回のテーマはこれか?」と勝手に予想を立てていきます。近年はウクライナ情勢や新型コロナウイルスの蔓延、無差別殺傷事件など様々な社会問題が噴出しているため、そのあたりかと思いきや、全く違いました。私たちが知りながらも、ただ知っているだけの社会問題、拉致問題に切り込んでいます。

重たいテーマではありますが、この作品の素晴らしいところは「拉致問題を解決しろ!」とか「政治に問題がある!」とか今まで言われてきたようなことを繰り返すのではなく、ただの母娘の物語として描いている点です。そして、加害者側の視座もある点です。娘を待ち続ける母(松たか子)は、娘の無事を信じてひた走ります。その母の言葉はいつも強く、優しく、慈愛に満ちています。それは、娘を攫った組織に属していた脱兎(高橋一生)に対しても同様です。その母の姿に、そして命を懸けてアリス(多部未華子)を助けに戻る脱兎の姿に私は涙が止まりませんでした。誰かを抱きしめて「おかえり」ということがこんなにも難しくて、こんなにも遠いものなのかと胸が締め付けられる思いでした。だからこそ、この作品は拉致問題を描いた作品というべきではなく、母娘の物語というべきだと思います。

そして、これは個人的な感想で、野田作品を観ると毎回思うことなのですが、「どうして自分はこんな大切なことから目をそむけていたんだろう」という後悔に駆られました。別に野田さんは問題を直視しろ、という説教めいたことを言いたいわけではないと思いますが、いつも私は野田作品を観た後に落ち込んでしまいます。全く別の高校演劇の作品ではありますが、その中で「人は見たいものしか見ない」という台詞がありました。まさにその通りだと思います。拉致問題はあれほど報道もなされ、様々なメディアに取り上げらえてきたにも関わらず、私の中では風化していました。アリスの母の台詞に「私の話を聞いてよ!」という言葉があります。作品の全貌が明らかになった観劇後は、何だか自分に言われているような気がしてなりません。

拉致問題だけでなく、様々な事件、事故が世間を賑わせています。その全てを同じ鮮度で永遠に記憶することは出来ません。そして、知っていたとしても、自分に出来ることには限りがあります。でも、だからといって全て「他人事」として切り捨てて良いのでしょうか?自分が当事者ならその解に納得できるのでしょうか?未だ答えは出ませんが、こんな問いと出会えたのも野田作品に出会えたからこそです。演劇を通して自分の生き方を見つめ直す、大袈裟かもしれませんがそんな体験が出来ました。

まとめ

つい野田作品になると考えすぎてしまうというか、「まだここは真意でなはい!」という探求心に駆られてしまうというか、思考が長くなりがちです(笑)
本当にオススメの作品です。チケットを逃した人はWOWOWで配信されるかもしれないので、ぜひご覧ください!

観客次第で見方が大きく変わる作品だと思います。皆さんがどのように感じたか、メッセージを下さると嬉しいです。

最後までご覧いただきありがとうございました。
次の野田作品も楽しみだ!!


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