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井の頭公園にすむオオタカが教えてくれたこと


見つめ合うつがい。メス(左)はオスからプレゼントをもらったのか、そ嚢がふくらんでいる

 毎朝観察している井の頭公園の森で、オオタカのつがいが仲良くとまっているようすを見て、心が動かされた。思い出したのは、かつて通っていた山地でのイヌワシの調査。自然番組でしか見られないような生きものの営みが、家から歩いて10分の公園で見られるとは予想もできなかった。しかもイヌワシのように遠くない。すぐ目の前だ。微笑ましい光景を眺めながら、こんなに仲が良いなら今シーズンは大丈夫だろう。そう確信した。2023年2月、真冬の一場面だった。

 オオタカのつがいは今年、カラスの古巣を乗っ取った。おかげでハンガー混じりの巣がユニークだった。巣の位置は多くの人が往来し、ピクニックに太極拳、球技を楽しんでいる広場に面した林だった。

にぎやかな位置に巣をつくるのが恒例になっている

 都内の緑地で繁殖するようになったオオタカはひと昔前とすっかり変わった。人怖じせず、目の前でありのままの姿を見せてくれる。井の頭公園も例外ではなく、多くの公園利用者のすぐ目の前の林で、堂々淡々と子育てしていた。ここ2、3年で当地の野鳥を観察するようになった仲間たちは、産卵前の求愛行動から毎朝観察し続けた。オオタカはヒトの動きをすべて見ているが、警戒する素振りは微塵もなかった。メスへの餌運び、巣材運びなど目の前でダイナミックに見せてくれた。

わたしが野鳥観察を始めた20数年前、こんな場面を公園で目の当たりにすることなど想像もできなかった
巣材を折り取って巣に運ぶ。このあと、くちばしから足に持ち替える

 こんなに堂々としているので、鳥見人だけでなく、犬の散歩の人たち、周囲で運動する人、散歩や通勤で通る人なども気づき、毎朝の話題にする。鳥見人は彼らに懇切丁寧にレクチャーし、一緒に観察する。多くの人がオオタカを共通言語としてつながり、仲良くなった。以前はみんなバラバラで、挨拶もろくになかった。今は一緒にオオタカの動きに一喜一憂する。これはいわばオオタカがつくったコミュニティだ。こんなに微笑ましいことが最近あっただろうか。

犬の散歩の人たちは2021年にオスが片翼を折って道路に降りていたとき、保護してくれた。それ以来信頼関係ができている

 最大の危機は3月7日に訪れた。巣の前に高所作業車が現れ、作業を始めようとした。聞けば、枯損木のピンオーク2本を伐採するところだという。その木は巣のすぐそばで、オスが連日巣材を枝折りしていた。抱卵中の今、巣のすぐとなりで騒音を立てて伐採することは、繁殖放棄につながる可能性がある。わたしは現場の責任者に相談。管理者である西部公園緑地事務所管理課の担当者にもお願いして、作業を繁殖終了以降に延期してもらった。管理課の担当者とは日頃から連絡を取り合って、保全が必要なときに進言し、相談して協力関係ができているので話が通じるのだ。今シーズン、わたしが行動したのはこれだけだ。あとは口出しすべきことはいっさいなく、すべてなりゆきにまかせた。

 やがてひなが生まれ、子育ては順調に進んだ。仲間のKさんは動画を撮影しながら、カメラに大きめのモニタを備え付け、通りすがりの人たちにも観察できるよう粋な計らい。ひと昔前では考えられなかった観察体制だ。鳥も人も以前とはすっかり変わったのだ。わたしのように昔から鳥を見ている人は今までの常識を捨てて、頭を入れ替える必要がある。10年前ならオオタカが井の頭公園で子育てしていることはひた隠しにしただろうし、鳥への影響を確認しつつ、観察の方法に問題がある人には個別に相談しただろう。でも、いろいろと状況は変わった。もはや隠す必要がないし、オオタカから目の前に出てくるので隠しようもない。杓子定規に考えないほうがよい。

※ただし、巣を観察することは鳥にストレスを与え、子育てを放棄させてしまうことがあります。影響を及ぼす可能性がある場合、その判断ができない場合、観察は控えましょう。

双眼鏡をもっていない人でもモニターでばっちり観察できる

 2020年、2022年に続いて3回目の繁殖が成功した。巣立った幼鳥は1羽だけだが、健やかに過ごしながら、親鳥や周囲の環境から日々学んでいる。最近では餌乞いの鳴き声も少なくなり、狩りが上手になれば独り立ちの時を迎えるのではと思う。すっかり立派に成長した。

最近は猛禽類としての風格も備わってきたように思う
餌乞い鳴きをしながら親鳥を追う幼鳥。独り立ちの時は近い

 立派になった幼鳥を観察していて、2月に観察したつがいのペアどまりを思い出した。目の前にいる幼鳥は、親鳥が仲睦まじく過ごしていたときには影も形もなかったのだ。それから約5か月、こうして目の前に今、いる。なんという存在感だろう。神秘的であり、強さを感じる。生物が38億年続けてきた、生命をつなげるという大偉業に敬意を払いたい。


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