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コウノトリが認めた「野生復帰」の取り組み――兵庫県豊岡市

2015年10月、兵庫県豊岡市を訪問し、自治体とJAおよび農家が協力して推進している「コウノトリ育む農法」の取り組みを取材しました。
この取り組みをコウノトリが評価し、現在では豊岡市だけでなく日本の野外で400羽近くのコウノトリが暮らすようになりました。


コウノトリの野生復帰への取り組み

兵庫県豊岡市の中央部を流れる円山川に沿って湿地や森林、水田、中洲などが発達。このような自然環境は、鳥類をはじめ多くの生物に豊かな生息環境を提供しています。しかし、土地改良事業や河川の改修、農薬の使用などにより生息環境が悪化し、1971年、野生コウノトリとして最後の1羽がこの地で死亡し、日本国内の野生コウノトリは消滅しました。

その後、人口飼育などの活動を始め、コウノトリの野生復帰を目指し、1999年に県立コウノトリの郷公園が設立。2005年の試験放鳥に向け野外でコウノトリが餌をとって生活できる環境づくりに農家、市民、専門家が協力して取り組むことになりました。
行政も関わり、地域全体で取り組むために「コウノトリ野生復帰推進連絡協議会」(事務局:兵庫県但馬県民局)を設置。また、地域外の企業や、コウノトリファンクラブ、研究者などの協力もあり、さまざまな人々が関わって野生復帰を実現しました。

この野生復帰に向けた取り組みを、コウノトリが認めてくれました。今では、日本の野外に369羽のコウノトリ(2024年1月31日現在)が暮らしています。

市の水稲有機農業実施面積は、2003年にはわずか0.7haでしたが、2022年には162.5haに、減農薬栽培面積は、ゼロから283.1haまでに増加し、「コウノトリ育む農法」の実施者は、294名(2020年現在)になっています。

野外でコウノトリが棲める環境を整備

コウノトリ育む農法」(無農薬と減農薬タイプがある)を推進。この農法の慣行栽培と異なる点は、稲刈り後に堆肥(牛糞堆肥・発酵鶏糞)と有機資材(米ぬかなど)の投入、冬期湛水、早期湛水、複数回代かき、田植え直後の有機資材の投入、深水管理、中干し延期などが実施されていることです。そして、水田魚道の設置や生きもの調査(環境の評価)も実施しています。

兵庫県、豊岡市、JAたじまが協力して、栽培技術の確立、販路の確保、実施者への補助金の支給などが行われています。

市では、農家の声を反映した対策として、地域としてまとまった集落単位での取り組みの推進、雑草対策などの省力化技術の導入(みのる産業との業務提携)、冬期や早期取水が可能な方策づくりなどを実施しています。

JAでは、温湯処理による無農薬ポット苗の供給、1t単位(10aの収穫量)で対応できるカントリーエレベーターの建設(図)、市や実施農家とともに販路の開拓などに取り組んでいます。

JA が取り組むきっかけを「JA では、農薬、化学肥料を販売しているため、有機農業はダメとの意識が強い。しかし、有機農産物を求める消費者がいるのであるから、有機農業があってもいいのではとの意識に変わった」と尾崎市朗代表理事組合長(当時)。

図 農家別に乾燥・調整が可能な貯蔵タンクを整備したカントリーエレベーター(JAたじま)

コウノトリの贈り物

市では、農業者だけでなく、住民に対しても野生復帰の意義と必要性を啓発し、「コウノトリ育む農法」の役割(餌場機能)と効果(抑草・病害虫抑制・付加価値・食の安全)の周知を行い、実施農家と米を買い支える消費者を増やしてきました。
このことにより、人とのつながりや地域環境の改善、生きものとの付き合いといったより多様な価値が創出されています。市やJAでは「コウノトリ育むお米」などのブランドとして取り組みの価値を発信しています。

2015年にイタリアのミラノで開催された「ミラノ国際博覧会」の日本館でコウノトリ育むお米を使用。これがきっかけで「国際的に通用する基準はオーガニックしかない」ことを再認識し有機農業の推進を加速したそうです。

豊岡市の事例は、公的機関が事業として実施すれば、実施者がほとんどいない状況からでも有機農業は推進できることを証明しています。

千葉県いすみ市では、豊岡市の取り組みを参考に有機農業を推進しました。2014年には、いすみ市の取り組みを応援するかのように、有機農業に取り組んで2年目の水田にコウノトリが飛来しました。


参考文献

成田市雄(2013)兵庫県豊岡市におけるコウノトリ育む農法の取り組み、有機農業研究者会議2013 資料集, 37-48.
本野一郎(2016)農村地域モデルと消費地近郊モデル― JAたじま、JA兵庫六甲、有機農業をはじめよう!地域農業の発展とJAの役割, 18-19.

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