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商人のDQ3【48】寵姫シャルロッテとお菊

 目を覚ますと、豪奢な天蓋付きベッドの上でした。身体を起こすと、着ているのは上等の薄絹。そして香水の匂い。

「あり?」

 下賤な人さらいたちの薄汚い洞窟とは、あまりに隔絶した世界に。シャルロッテは目を疑いました。

「お目覚めでしたか、シャーリー様」

 振り返ると、黒髪のジパング人のメイドがクラシックなメイド服姿で控えていました。安いコスプレとかじゃない、上品で実用本位の。

「キクと申します。シャーリー様、今後ともよろしくお願いいたします」

 丁寧かつ礼儀正しく、頭を下げるメイドさん。シャルロッテの領地ロマリアでも、こんな女性は見たことがありませんでした。名前の由来はおそらくジパングの象徴とされる花でしょうか。

モルジアナ(マルジャーナ)という名前は、“小さな真珠”の意味がある。
かつてアラビアでは、奴隷を宝石・珊瑚・真珠・花などの名で呼ぶ風習があった。【Wikipedia:アリババと40人の盗賊より引用】

「ここ、どこでちか」
「バスコダ様のお屋敷です。バハラタのポルトガ商館」

 焼き打ち後、残っていた古く立派な建物を拠点として接収したようです。

「あ〜っ、そうでちた!」

 気が変わった、この娘は私の奴隷にしよう。シャルロッテの脳内で、バスコダの言葉が再生されました。
 人さらいの洞窟に、伯爵で提督なバスコダの趣味に合う気の利いた部屋があるはずもなく。シャルロッテは結局、バハラタに連れ戻されたのでした。となると、奴隷たちの救出作戦に間に合わないし。シャルロッテを助けようとした仲間たちが肩透かしを喰らうことになります。マリカたちの動きは、シャルロッテも夢渡り中に説明を受けています。

「どうかなさいましたか? シャーリー様」

 主人の様子を察して、声をかけるメイドのおキクさん。

「もうすぐバハラタに、モスマン帝国軍がきまちゅよ!」

 街を焼くポルトガの暴挙に、バハラタの重要な取引先アッサラームから軍が派遣されると。あわてた様子でシャルロッテが説明すれば。

「ご安心ください。シャーリー様はわたくしがお守りしますので」

 さっきからバスコダの姿が見えませんが、もうポルトガ軍を率いて戦闘準備に入っているのでしょうか。

「そ〜じゃなくて! シャルロッテちゃんは、ぼ〜けんしゃでちっ!!」

 あ、本名言っちゃった。でも表情ひとつ変えないおキクさん。

「素性が何であれ、いまのお嬢様はバスコダ様の愛人です」

 シャーリーよ、お前はどこの没落貴族だ。昨夜のバスコダとの会話が思い出されます。
 良かったではないか。おそらく没落した家を再興するため、冒険者に身をやつしたのであろう。このバスコダの寵姫となれば、その願いは叶ったも同然。もうお前が戦う必要など、ないのだぞ。

「ロリコンかもしれないけど、ヘンタイじゃなかったでち」

 真相は少し違います。シャルロッテは冒険者だった両親をモンスターの襲撃で失って以来、故郷・雪の街を取り仕切るオティス商会の創業者オティス翁の養女として育てられ、英才教育を受けました。バスコダが貴族の娘だと思い込むのも無理はありません。

「とにかく、強大なポルトガ軍と精強なモスマン帝国軍が正面からぶつかったら、どっちも被害はジンダイで魔王軍の思うツボでち」

 モスマン帝国は、魔王の精神支配から解放された「悪くない」モンスターたちの国。凶暴なモンスターしか知らない人間も多いけど、本当はチカラを合わせて魔王軍に立ち向かう仲間のはずと、シャルロッテは語ります。

「それで、お嬢様はどうなさりたいのですか?」

 少し、おキクさんの表情が変わりました。いくさで人が傷つくことをよしとしないシャルロッテの人柄に触れたからでしょうか。

「助けてもらった義理は、商人として果たしまちゅよ」
「では、これを」

 おキクさんが差し出したのは、奪われていたシャルロッテの装備。星降る腕輪だけは、まだ盗賊カンダタが持っていましたが。

「おキクしゃん、ありがとでち!」
「バスコダ様がおっしゃいました。お嬢様は賢く行動力のある方ですから、愛人の地位に満足しないだろうと」

 寵姫だの愛人だのと呼ばれるのは、正直恥ずかしいシャルロッテですが。いま自分が人さらいの洞窟ではなく、バハラタにいることの幸運に感謝して象頭の杖、正義のそろばんバハラタ限定モデルを手に取ります。

「このラッキーは、きっとガネーシャしゃんのご利益でち」
「わたくしもお供します。バスコダ様なら、郊外の陣地でしょう」

 主従が身支度を済ませて、館を出ます。両軍の正面衝突を止めるべく。


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