見出し画像

第3夜【ヒュプノクラフト】


暁と常磐線

東京行きの始発電車が鉄道橋を渡り、何事も無く通過する。怪物なんかいない、怪奇現象も起きない。幻想拒絶は、見えない黒子。

夜明け前、一堂に語るリーフ。

「実は最近、マッドシティでも災いの種が使われました」
「その割に、地球は何ともないぞ?」

先日みんなが見た、凍れる惑星の話。

「ええ。本来なら現実に影響が出て、地球全体がどうにかなるところを夜の世界で『マッドシティの封鎖』だけに留めた。幻想拒絶は、凄いですね」
「最大最強のヒュプノクラフト…ですの?」

ユッフィーの問いに、うなずくリーフ。

「とはいえ、僕らもできる限りのことをしなければ危ない状況でした」
「おかしいな。ガーデナーの奴らにとって、地球は悪夢の怪物を育てて出荷する『牧場』なんだろ?自分で壊してどうする」

さっき、自分たちの戦力を奪われたモヒカンが首を傾げると。

「ガーデナーは、人間の感情を学習する道化人形。人の憎悪と悪意に染まりすぎてしまったのかも」
「AIの暴走か…」

真の敵は、異世界にいない。たとえば、痴漢を誘発する満員電車とか。

ドン・キホーテとベナンダンティ

おっさんが冷房を入れて、自室で読書。今日は在宅の日だ。

中世、北イタリアにベナンダンティとよばれる魔術師たちがいた。彼らは農作物の豊饒を願い動物に乗り、悪の魔術師たちと夢の中で夜の戦いを繰り広げたという。キリスト教化以前の真の民衆文化の姿を斬新な手法で浮き彫りにする。

ベナンダンティ 16-17世紀における悪魔崇拝と農耕儀礼
カルロ・ギンズブルグ著 竹山博英訳 せりか書房

この本が「息子」に多大な影響を与えた。改めてページをめくる。

当初、悪魔崇拝と無縁だった農民たちの信仰は、異端審問官の悪意ある曲解で捻じ曲げられていった。現代でも、思い浮かぶ事例がある。

アメリカ発の大衆文化だったRPGは、日本で莫大な利益を生むコンピュータゲームの題材となってから、商業的に都合よく歪められた。

技術的な制約から、ゲームソフトのRPGは「想像で補う」行為無しに完結しないものになった。なのに公式設定だけを正当な「教義」と崇め、想像による創造を放棄し、消費するだけの「観客」が多数を占めていった。

人気作品が映像化されるとき、全国の「異端審問官」から厳しい視線が飛ぶのは日常茶飯事。レックス社のドラジャニ崇拝とか。

(ふむふむ…そぉだったんですねぇ)

考えを巡らせていると、頭の中で声がした。エルルだ。もしこの場に彼女がいて、一緒に本を読んでたら。そんな想像が脳裏をよぎる。

(これからはぁ、一緒ですねぇ♪)

うんうん。作家の頭の中には、たくさんのキャラが住んでるものだ。

(あれ…?)

ふと隣を見ると、エルルが宙に浮きながら微笑んでいた。

「何ぃ!?」

椅子ごと、布団へずっこける私。ついに、風車が巨人に見えるドンキホーテみたいな狂人の仲間入りか?

危機

「それは、一種のプラシーボ効果ですね」

寝不足か、散歩に執筆で疲れたか。その夜は早めに寝ると、夢の中でリーフ少年が怪現象の種明かしをしてくれた。場所は、近所のスーパー銭湯前。

「幻想拒絶は地球を大雑把に覆うもので、人体の中までは干渉できません」

だから催眠術が効いたり、思い込みで不思議な治癒効果が出る。昼間見えたエルルは、私限定の拡張現実だろうか?

「びっくりしましたの」
「凄いね、ユッフィーちゃんの中の人」

銑十郎も呆気に取られている。当のエルルは、申し訳なさそうに照れ笑い。

「やっぱりぃ、ハグできる夢の中が一番ですぅ」

エルルの薄い胸が、ユッフィーのほっぺに当たる。すると、どこからか竜の鳴き声が。少年の妹分、タバサに違いない。

「キュピィ〜!」

先日より、一回りも二回りも大きくなったラベンダー色の妖精竜がしきりに何か訴えている。背中に乗れと促してくる。

「異変の現場へ、連れてってくれますの?」

災いの残滓

ユッフィーたちが、悪夢のRPGにログインする少し前。少年は単身、記憶の探索を続けていた。

母の体内から、少年やタバサと共に飛び出した宝玉。その一つはユッフィーとエルルの再会により顕現した。少年はそのときから、マッドシティ各地に微かな気配を感じるようになった。タバサも同じ。

妹をユッフィーに同行させ、自分は単独で動けば話が早い。新宿への道を探すためにも。

(オレたちに実体は無いが、常に夜の世界で活動できる)

そして、都立八柱霊園に感じた気配。心霊スポットの噂が立ち17:30以降は立入禁止になっているが、幽霊も同然のAR少年には無意味。正門をすり抜け、広い庭園に入る。

(あれは…?)

噴水の前には、中華鎧を着た猪頭の獣人の石像。特徴的な薙刀らしき武器を持っている。もちろん、これも夢のAR。

精巧な出来栄えは、誰かが石化された姿か。何故か胸の真ん中だけ空洞で。近付くと、脳裏に響く声。

(気をつけろ。奴はまだ)
(お前は…)

少年が巨躯の獣人を見上げる。すると、夜空が急に赤く染まった。

「知りたいのでしょう?その願い、叶えましょう」

嫌味な口調は、レックスシェルターで聞いたガーデナーと同じ。身構える間もなく、白い光に飲まれる少年。

「我が名は孟信!我が道を阻むこと、何人たりとも敵わぬと知れ!!」

記憶の中で、猪獣人がユッフィーを追いかける。場所は、夜のレックスシェルター前。ユッフィーは巨大なドリルロボの股下を走り抜け逃げるが、孟信は赤い薙刀を風車の如く振り回し、邪魔者を薙ぎ払う。

「グンダリーニ…エーックス!」

窮地のユッフィーは道端の庚申塔から夢のチカラを引き出し「青面金剛」の姿となって胸の前で腕をX字に組む。光の奔流に押し流される孟信。

「どうだ、嫁に来ないか」

アラブの宮殿で、再度ユッフィーと対峙する孟信。先日も見たが、今度はプロポーズされている。レースに勝てば、と条件付きで承諾するユッフィー。

「クソ生意気な地球人ども…アナタにもお仕置きが必要ですね」

障害物レースの終点、八柱霊園の庭園前。ユッフィーに惚れた孟信を始末すべく、道化人形が孟信の胸に仕込んでいた災いの種を起動させてしまう。赤い核が光る。

「オレごと撃て!ユッフィーを守れ!!」

気迫で災いの種を抑え込む孟信の胸を、狙撃銃で撃ち抜く銑十郎。同時に、住宅街で謎の狙撃手に撃たれるおっさんの姿が重なる。

鶏と卵

「ここは…カラヴィアンか?」

南国の砂浜で、星空を見上げる少年とタバサ。不意に浮かんだ前世の記憶。ヤシの木に星形の果実が実り、異世界だと分かる。

「キュ〜ン…」

落ち込むタバサ。

(ユッフィーさぁんの助っ人ぉ、頼みましたよぉ!)

エルルが旅立つ前、二人に託した役目。けどいつまで経っても呼ばれない。

「オレたちを早く、産んでくれますように」

星に願いをかける、一人と一匹。そこで映像は途切れ、八柱霊園へ。

「ダメですねぇ。まだ生まれてない子が、勝手に来ちゃったら」
「これは…!」

ガーデナーの笑い声。少年が自分の手を見ると、透き通り消えかけている。足も全身も。災いの種は、願いを勝手に歪めて叶える。

「赤い霧が!」

タバサに乗り、八柱霊園へ飛ぶユッフィーと銑十郎。しかし手前の並木道で瘴気に阻まれる。

「災いの種の残滓です、エルルさん!」
「まかせてくださぁい!」

リーフからの助言で、共に飛ぶエルルがオーロラの如き光をまとうが、霧が濃く苦しげにむせる。ユッフィーが銑十郎を見る。

「ベナンダンティは、羊膜に包まれて生まれますの。イメージを強く!」

二人は想像力の魔法、ヒュプノクラフトを使い光をまとう。するとエルルのまとう極光が輝きを増し、一同は少年の元へ。タバサは存在が薄れ、少年と共に巨大な卵へ変わる。

転生

「ユッフィーさぁん、早く銑十郎さぁんと子作りをぉ!」

エルルがいきなり、おかしなことを口走る。リーフも補足を述べる。

「お二人が両親になり、原因を作れば、結果も筋が通ります」

ユッフィーが銑十郎に話した、奇妙な出産の話が浮かぶ。

「僕が犯人!?」
「いいえ、パパですの」

意を決したユッフィーが、面食らう銑十郎の手を引く。

「あの子たちはまっすぐで、危なっかしくて。ほっとけませんの」
「親になるって、こうなのかな」

ゲームの中で、結婚ごっこはしたけれど。リアルでは一生独身と思ってた者同士が、不思議な気持ちで向かい合う。そこへ、エルルのアナウンス。

「お部屋はぁ、こちらでぇ〜す!」

二人は殻をすり抜け、卵の中へ。

どれほど経ったか。目を開ける少年。卵の殻は消え、素顔が見える。

「あなたの名前は、ベナン。よき歩行者でありますように」

少女のユッフィーが、母の微笑みで我が子を抱く。タバサが頬を舐め、銑十郎パパとエルルも笑顔を見せる。遠巻きに見るリーフ。

「ユッフィーの子なら、オレの子も同然だ」
「わしとユッフィーの子じゃからな!」

孟信とオグマも、新たな命を祝福。これから騒がしくなりそうだ。

夜の戦い

深夜の松戸中央公園。ベナン少年とモヒカンの子分たちが、見るからに怪しいカルト教団と対峙している。他のプレイヤーか、NPCかも分からない。

「人生に天井は無い。慈悲深きガチャの恵みに、お布施を捧げよ!」

掲げる旗には、虹色の宝箱。

「あれって、DJPの」
「悪趣味だな」
「過去の名作を表面だけマネても、宝は得られない。カーゴカルト団とでも呼んでおくか」

少年が黒騎士の装いで、ウイキョウの茎を模した棒を掲げる。

「悪しきガチャ文明は、オレたちが革命する!」
「えいえい、お〜っ!」

叩き合いは、乱戦にもつれ込む。その様は、どこか無邪気な遊びみたいで。

「エルルが言うから、一応見に来てみたけど」

栗色の髪を夜風になびかせ、足元が透けた白いネグリジェの少女が遠巻きに少年を見ている。呆れ半分、興味半分で。

「おおぅ、元祖ベナンダンティのマリカさぁん!」

そこへ、ヒラヒラ飛んでくるエルル。

「地球人って、相変わらずバカよね」
「まあまあ。夜の戦いはぁ、まだ始まったばかり!」

アーティストデートの足しにさせて頂きます。あなたのサポートに感謝。