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【ベナンダンティ】6夜 押しかけ弟子

「わたしぃはぁ、イーノさぁんを勇者候補と見込みましたぁ!」
「ちょっ、エルル!?」

引き続き、神殿の一室。
エルルの唐突な言葉に、目を丸くするマリカ。それはイーノも同じで。

(はじめて、理解者が?)

このまま何事もなく、地球に帰って。「勇者の落日」も、ヴェネローンでの出会いも「夢」として忘れてしまったら。人生は間違いなく退屈に終わる。危惧と確信を抱くイーノに、ようやくの「渡りに船」か?

「私を鍛えてくれそうな、あてがあるんですか?エルルちゃん」
「ありますよぉ。でもぉ、その人は女の子が大好きでぇ」

どういうことなのか。私に女装でもしろと?
断っておくが、そういう趣味はない。

「北欧神話でぇ、トール神は女装して奪われた武器を取り返しましたぁ!」

出た。エルルちゃんの北欧神話好き。彼女の故郷は、地球から移住してきたバイキングの末裔たちが暮らす異世界らしい。その名もアスガルティア。

「というのは冗談でぇ。『器』を使えばいいんですぅ」
「面白そうね。地球人を見下すヴェネローン人を出し抜いてやろうかしら」

マリカが小悪魔の顔を見せた。いままでイーノを止める側だったのに。

「マリカさん?」
「あたしも元地球人よ。帰ったら『ベナンダンティ』で調べてみなさい」

イーノは作家気取りだ。なのでその名には聞き覚えがあった。中世イタリアの民間伝承。作物の実りを守るため、夢の中で悪い魔女と戦った農民たち。彼女はその関係者なのだろうか。

「器を使う、って?」

いま私が入っている、この身体。夢渡りで精神だけ抜け出してヴェネローンに来てる以上、自分のものではない。要するにアバターロボットだ。しかもおそろしく精巧で、違和感を感じさせない。自分の身体そのもののコピー。

おそらくはユーザーに合わせて、姿を変える。変身機能?

「ヴェネローンではぁ、夢渡りで特別の来客があったとき不便がないように『器』を貸し出してますけどぉ。普段はアウロラ様がいろいろな姿になって勇者様たちを接待するのに使ってますぅ」

アバターという言葉自体、神や仏が人前に出るとき様々な姿に「化身」するのを意味している。ここでは文字通り、そうなっているのか。

「女の子に化けるなら、あたしやエルル以外の子にしときなさいよ」

ヴェネローンに実在している誰かに化けたら、その人に迷惑がかかる。架空の人物を演じて、エルルちゃんの紹介でお目当ての人に弟子入りする。

「器の中でイメージを練って。そうすれば、望む姿に化身できるの」
「古き神々が使ってた、オモチャだって聞きましたけどぉ。いろんな種族の『記憶』を再現できるホンモノ度はぁ、ハンパないですよぉ!」

どうやら、過去にヴェネローンに来て、この『器』を使った種族のデータがすでにインストール済みらしい。私にこんなものを使わせて大丈夫なのか?地球人に「化身機能」は使いこなせないと、甘く見ているのか。

(これはオモチャではない…)

永遠の冬の世界で、地球から迷い込んだ少年に剣を授けたサンタクロース。私は思わず、その物語のセリフを心の中でつぶやいた。

場面は変わり、ヴェネローンの地下。アスガルティアから難を逃れてきた、ドワーフの居住区とエルルは言っていた。言われれば、そんな感じの洞窟。

「オグマ様の工房はぁ、こっちですぅ」

背中に蝶のような光の翼をはためかせ、エルルが青い髪の女の子を案内している。背は低く、歩幅も小さい。世界がいつもとは別物に見える。女の子はイーノが化身した姿だった。オーバーオールからは、白い肌がのぞいて。

多少の違和感はあるが、魔法で完全な別人に化けたなら恥ずかしくないし、これはこれでギリシャ神話のゼウスになったような気分だ。

「あんたに、こんな才能があったとはねぇ」
「わたくしは、イーノ様の『うちの子』ですの」

姿を消して、マリカも近くで見ているらしい。声だけが脳裏に響いた。

「オグマ様はぁ、わたしぃたちアスガルティア難民のリーダー。わけあって勇者の落日には不参加でぇ、難を逃れましたぁ」

一族の長老みたいな立場らしい。となれば、豊かなヒゲの老人か。

「ユッフィーと申しますの。故郷を『ガーデナー』の魔手より解放すべく、ドヴェルグの賢者オグマ様の教えを請いに、夢を渡って参りました」

いかにもファンタジーな鍛冶屋の工房で、ユッフィーが丁寧にお辞儀をしている。背中を向けて作業に没頭しているのは、白髪で褐色の肌をした少年。

(こいつ賢者には見えないし、ヒゲもないわよ?)
(オグマ様はぁ、みんなを怪物から逃がすための戦いでぇ…この姿になってしまったんですぅ)

マリカとエルルが、心の声でやりとりする。これも幽霊と器の基礎能力。

「エルルよ。こやつ怪しいと思わぬか?」

振り返ったオグマが、ユッフィーをにらんでいる。もうバレたか?

「どぉしたんですかぁ?オグマ様ぁ」
「ドヴェルグに、女はおらぬ」

エルルがハッとする。地球のRPGでお馴染みの種族ドワーフの、北欧神話での古い名前がドヴェルグ。ドイツの伝承では女性がおらず、新たなドワーフは岩から作られるという。

実のところ、この「器」にも女性ドワーフのデータは無かった。なので既存のモデルを「魔改造」して、イーノがRPGでよく使うキャラを再現した。

現代地球の日本では、小さい身体に不釣り合いな武器を携えたドワーフ女子が定番だけど。オグマがそんな事情を知るはずもなく。

「わたくしは、イワナガヒメの末裔ですの。いわば、極東のドワーフ氏族。欧米人と比べ『背が低く』『山が多くて』『優れた職人』のいる国ですわ」

大丈夫、ドワーフを名乗る条件は満たしてる。ついでに頑固者も多い。
日本神話のネタからひねりだした、衝撃の「日本人=ドワーフ説」。賢者と呼ばれるオグマも、耳慣れない異国の話に興味を抱いたようで。

「ではユッフィーよ、その話をゆっくり聞かせてもらおうか」
「じゃあ、わたしぃはこれでぇ」

気をきかせて、工房を出るエルル。マリカも後に続いた。

「ユッフィーとやら。ドヴェルグに仕事を頼むなら…分かっておるな?」

ふたりきりになると、途端に近寄ってくるエロガキ賢者。やっぱりこいつ、スケベ仙人だ。

「わたくしは『ブリーシンガメン』を所望しますの。対価はお望み通りに」

でも、手玉に取るのはこっち。PBW歴20年をなめるな。

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