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商人のDQ3【46】人魚の見る夢

 どこか北欧にも似た景色でした。闇の中で、白い雪に覆われた街が燃えています。これはシャルロッテが見ている、故郷の夢。

「パパ〜! ママ〜! どこでちか〜?」

 子供時代のシャルロッテが、泣きながら夜の街をさまよい歩いています。防壁に囲まれた街に迫るのは、悪夢が実体を得たような漆黒の獣たち。

「モンスターどもめ。この街には、一歩も入れさせん!」

 イケメンエルフの冒険者が、城壁の上から弓に矢をつがえて続けざまに放ちます。エルフの矢は魔法の如く敵へと吸い込まれ、一射ごとに確実に悪夢の獣を仕留めていきます。倒れた獣はしかばねを残さず、その場で霧散。
 隣で戦鎚を携え、城壁を登ってきたモンスターを立て続けに叩き出しているのはドワーフの女神官。どことなくシャルロッテに似ています。こちらも城壁の外へ放り出された獣が空中で霧散。あやしいかげか、シャドーの仲間でしょうか?

「あたしらよそ者を暖かく受け入れてくれた、雪の街なんだ。絶対に守ってみせるよ!」

 もしやふたりは、シャルロッテの両親…!?
 ソルフィンの両親とは別の、エルフと異種族の恋物語がここにも。

 あたりには、街を守る兵士や冒険者がチカラ尽きて倒れ。残っているのはもうふたりだけ。凄惨な光景が広がっていました。

「まだ生き残りがいたのですか」

 突然、背後からシニカルな男の声が聞こえて。振り返れば、人形のように細い手足のピエロが巨大な剪定バサミを手にして立っています。実際、命の通わない人形なのでしょう。

「お前が、悪夢獣(ナイトメア)の主人か」
「いかにも」

 道化といえば、強キャラ。その元祖は誰なんでしょうね。

「パパ〜! ママ〜!」

 そこへ、最悪なタイミングでシャルロッテの声が聞こえてきます。両親を探して、近くまで来てしまったのでしょうか。明らかに動揺するふたり。

「スキあり、です」

 次の瞬間、幼いシャルロッテが見たのは。道化の手で一瞬で命を奪われる大切な両親の姿でした。

「これで『種』は植えましたからね」

 石畳の上に倒れ伏した、エルフとドワーフの冒険者を一目見ると。道化は泣きじゃくるシャルロッテに目を向けます。口元に歪んだ笑みを浮かべて。

「パパ!! ママ!!!」

 少し遅れて、幼い女の子の理解が状況に追いつくと。恐怖と悲しみが一斉に襲ってきて。シャルロッテの目から、大粒の涙がこぼれ落ちます。それはマンガのように異常な量で、たちまち周囲を水浸しに…いえ、街全体を水没させました。シャルロッテも溺れて、息ができません。

「ごぼっ、ぼぼぼぼ…!」

 いつの間にか、あたりは海に変わっていました。ふと気付くと、水の中で息ができます。

(あ、あり? どこでちか、ここ??)

 月明かりの照らす、静かな内海でした。ですが、いきなり誰かが飛び込む水音がします。若い娘が身投げをしたのです。

(…たすけないと!)

 シャルロッテは手足を必死にバタバタさせて、なんとか泳ごうとします。ですが、小柄で手足の短い彼女は上手に泳げません。

どこからともなく 悲しげな歌声が聞こえる…。

(にんぎょしゃん?)

 ふと前を見ると、身投げした若い娘の周りに人魚たちが集まっています。そして輪になって娘を取り囲むと、悲しげな声で歌い続けました。それは、人間の言葉ではないけれど、美しく響く歌でした。

(…あ!)

 シャルロッテの見ている前で、身投げした娘が不思議な泡に包まれていきます。そして一度、娘を完全に覆い尽くした泡が晴れると。

「…私は?」
「あなたの名前は、マルジャーナ。私たちと同じ人魚です。嫌なことは全部忘れて、ここで私たちと楽しく暮らしましょう」

 なんと、身投げした娘は人魚に姿を変えていました。まるで、ギリシャ神話の変身物語のよう。

 真珠を意味する名をもらい、笑顔で楽しそうに泳ぐ娘は人間だったときの記憶をどこかへ置き忘れたかのよう。何かとても辛いことがあったから、身投げをしたのでしょう。それを忘れさせ、人魚の姿に変えたのは…たぶん。

「にんぎょしゃん、やさしいんでちね」

 気が付くと、シャルロッテ自身の姿も人魚に変わっていました。すると、どうでしょう。まるで水を得た魚の如く、シャルロッテもスイスイ泳げるようになりました。

「…あら? シャルロッテ?」

 不意に、どこからか聞き覚えのある声がして。振り返るとそこには、人魚姿のマリカがいました。

「マリカしゃん!?」

 なんだか急に、すごく懐かしい感じがして。シャルロッテは思わずマリカをハグします。ルート分岐を決めて、ロマリアを旅立ったのがまるで遠い昔のよう。

「シャルロッテ…?」

 マリカも、最初こそ驚きますが。すぐに事情を察して、シャルロッテを優しく抱き返してくれました。デレ期入ってます。

「何か、つらいことがあったのね」
「そうでちよ。バハラタがもえて、ロリコンヘンタイオヤジにつかまって、もうタイヘンなんでちから」

 シャルロッテの説明が要領を得ないので、マリカは状況を理解するまでに時間を要しましたが。彼女の身に非常事態が起きているのは明らか。

「クワンダたちと、はぐれちゃったの?」
「うん」

 いつも、危なっかしいシャルロッテをしっかりガード&サポートする信頼の傭兵クワンダが側にいないとなると、かなり深刻です。

「たぶん、もう救出に動いてると思うでち。おばばがレムオルとアバカムを使えば、おんみつらくしょ〜でちゅし」
「敵の数は、どのくらいなの?」

 マリカが、シャルロッテ救出作戦を考え始めました。この後に、夢渡りでクワンダたちと連絡を取ろうとも思いながら。

「ホンモノの盗賊カンダタと、子分が十数名と、ロリコンヘンタイ伯爵提督のバスコダしゃんと、護衛のポルトガ兵が数名でち。本隊も近くかも」
「あんた、相当ムチャしたわね」

 まだ、シャルロッテをハグしながら。マリカが心配かけないでよ、と仲間一同を代表して軽く叱ります。もちろん、愛情表現。

「おお、マリカにシャルロッテ。ここにおったのか」

 そこへ、どこからか夢渡りでアミダおばばもやってきました。彼女もまた人魚姿です。その姿を見ると、マリカとシャルロッテはくすくす笑い出しました。

「なんじゃい! わしもな、若い頃があったんじゃよ」

 アミダおばばが、今度は若かりしときの姿で人魚変身。それを見るなり、今度はマリカとシャルロッテから驚きの声が上がります。

「おばばしゃん、きれ〜でち」
「え〜と、まほうおねえさん?」

 すると、人魚たちが三人の姿を見つけて。一緒に泳がないかと誘います。

「よ〜し、競争でち!」

 まるでツバメのように、海を自由に飛ぶが如く泳ぐ人魚たち。そうするうち、シャルロッテの心には目の前の困難に立ち向かう気力が目に見えて満ちてくるのでした。夢渡りは、心の癒し。

ツバメは海を渡り、人は夜に夢を渡る。

※ ※ ※

 後日、オリビアの岬に通じる橋が完成すると。マリカとシャルロッテは、岬のほこらにいる詩人のもとを訪ねます。

ここはオリビアの岬。
嵐で死んだ恋人を思いオリビアは身を投げました。

しかし死に切れぬのか行く船を呼び戻すそうです。もし恋人エリックとの思い出の品でも捧げればオリビアの魂も天に召されましょうに。

 噂ではエリックの乗っていた船もまた幽霊船としてさまよっているそうな。

「オリビアは身投げした後、人魚たちに助けられてね。人間時代の記憶は無くしたけど、マルジャーナって名前で元気にやってるわよ」
「なんですって!?」

 悲しくも美しい、さまよえるオランダ人の伝説に驚きの新展開。

 ちなみに元ネタだと、オリビアに相当するヒロイン「ゼンタ」はオランダ人船長のことが好きで、エリックはゼンタのことが好き。三角関係でとてもややこしいことになってます。興味ある方はウィキペディア先生の該当項目をご覧ください。
 もしかして、エリックはゼンタにふられた後オリビアと恋仲に?ドラクエ3での話を「さまよえるオランダ人」の後日談と解釈するなら。

「エリックしゃんは?」
「先日、幽霊船で見たわ。さまよえるオランダ人の呪いで年を取らなくなって今も『生きている』の。ふたりを再会させられるのは、まだ先だけど」

 海賊と幽霊船のエピソードについては、また後日。バハラタ近くの洞窟でシャルロッテたちの反撃が始まります。


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