作家になるには~初代「純文学新人賞三冠王」笙野頼子~

笙野頼子著『会いに行って 静流藤娘紀行』(講談社、2020年)を読んでいて、ふと、「昔、彼女のエッセイに "作家になりたい人から来た手紙の返事" みたいなのがあったな」と思い出した。

笙野頼子氏といえば、1994年に初の「新人賞三冠王」となったことで知られている(1991年 野間文芸新人賞「なにもしていない」、1994年 第7回三島由紀夫賞「二百回忌」、1994年 第111回芥川賞・上半期「タイムスリップ・コンビナート」)。

私がこのエッセイを思い出したのは、実は下記の部分だった。

三田誠広さんの『龍をみたか』に文壇をコネと金の汚い世界と信じて、恵まれた新人作家にひどいインタビューをする人々が確か出てきた。「作家になるにはどうしたらいい」と彼らはその新人に尋ねたりもした。ドストエフスキーの『白痴』の公爵のような無垢の主人公は、ただ「いい作品を書けばいいと思う」などと答えるのみである。最初読んだ時はなんというきざな言いぐさだろうと呆れ果てた。当時の私はまだ新人賞も取っていなかったと思う。が、今は判る。作家になるには、と聞かれたらまさに、そう答えるしかないのである。

「作家になりたい人への手紙」
笙野頼子著『言葉の冒険、脳内の戦い』(日本文芸社、1995年)所収

三田誠広氏も芥川賞作家(1977年『僕って何』で受賞)で、一時期はまった私は、熱心に古本屋を巡り、1990年代くらいまでの作品はほぼ持っている(もちろん『龍をみたか』も)。
で、集めた本の中に「高田馬場にあるW大学」の文芸科での「小説創作」の講義をまとめた『W大学文芸科創作教室 三部作』(朝日ソノラマ。1994年、1995年、1996年)があり、そこで笙野氏を紹介していたのも思い出した。

笙野頼子。これはすごい作家です。年齢からいうと、かなりの歳なのでしょうが(正確な年齢はあえていいません)、高砂部屋からスカウトに来そうな体格と、独特の怪異な風貌の個性的な作家です。
『極楽』という作品で『群像』の新人賞をとってデビューしたのですが、これが力まかせの怪異な作品でした。
(略)あんまりヘンな作品だったために、受賞作が単行本になることもなく、かなり長い間、埋もれていました。
(略)
ここから先が笙野頼子のすごいところですが、社会性がないということを逆手にとって、彼女は突然、私小説を書き始めたのです。たとえばシモヤケか何かで手が腫れてくる。すると医者が気味わるがる。(略)笙野頼子は何しろ高砂部屋ですから、医者の反応も納得できます。今度は目がわるくなって色の濃いサングラスをかけて歩くと、通行人の婆さんが怯えて腰を抜かしてしまう。(略)
こういう実体験を、告白型私小説のように、被害者意識で訴えるのではなく、笙野頼子はユーモアを交えて語るのです。自分を笑いものにする。(略)リアルな私小説と思われていた作品が、ブラック・ユーモアを交えながら、やがて渾沌とした幻想の世界に入り込んでいく。
(略)虚実を織り交ぜて、リアルで同時に幻想的な世界を創り上げていく。三冠王をとるのも当然の力量です。

三田誠広著『書く前に読もう超明解文学史』(朝日ソノラマ、1996年)

一応褒めているのだろう……
そんな三田氏も紹介している笙野氏のデビュー作『極楽』だが、受賞について笙野氏はこう書いている。

昔、三十八年前、彼は私を作家にしてくれた。ある新人文学賞の選考会で面識もない私を激賞しひたすらに推し、最後に号泣してくれて、それで私の最初の小説、「極楽」は当選し「群像」に載った。それは構造のない美術、ひとりの無名画家が密室で書いていた一枚の絵の話である。方向音痴の、自己不全感に苦しむ「私」が、地獄の質感だけを描こうとしたというだけのもの、拙い作品を選んでくれた。

『会いに行って 静流藤娘紀行』

号泣までして『極楽』を推した人物が、作家・藤枝静男氏であり、『会いに行って』は、笙野氏が「師匠」藤枝氏の作品を引用して「私小説ししょうせつ」を編むという「師匠説ししょうせつ」である。
(冒頭からこのくだりまで、我ながら回りくどいなぁ)

そういえば、冒頭に紹介した、1995年に書かれた"作家になりたい人から来た手紙の返事"だが……

「作家にしてやる」などという話を持ってきたり、「作家になればいい生活が出来る」などと無責任に吹聴する人は、ともかく信用出来ないと思っておいた方がいいです。「作家になってそれで生活する」という動機自体はともかくとして、「書きたいものがある(たとえ無意識にであっても)それを発表しないではいられない」という人であれば、どんな形ででもまず自分で書き始めるしかないのです。

上述「作家になりたい人への手紙」

作家になるには、とにかく「自分で書き始める」以外にないのである。

付記
ちなみにWikipedia によると、「新人賞三冠王」はその後、鹿島田真希氏(2012年)、本谷有希子氏(2015年)がとっている。

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