記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

イビルって言いたいだけ

公開したばかりだと思っていた濱口竜介監督の『悪は存在しない(EVIL DOES NOT EXIST) 』が気付けばシアターキノで上映最終日となっていた。(と思っていたけどおそらく上映が延長されている)
いつも時のスピードに置いて行かれている。

私が濱口竜介監督の映画で一番好きな部分ってやっぱり台詞の良さ、そこにいる人と人との対話を完璧なくらいリアルに描き上げるところで、『悪は存在しない』も対話のうちに感じる違和感、おかしさ、いらだち、納得、言い切れなさ等がとても丁寧に描かれていて素晴らしかった。
監督のいつもの演出で俳優は台詞を棒読みする。棒読みなのにどうしてこんなにスッと言葉が腑に落ちるのだろう。
対話において感情的になることは伝えたいことの本質を見失わせるだけなのかもしれない、と思わさせる。
俺でなきゃ見逃しちゃうね、と言いたくなっちゃうよな小ネタが散りばめてあるのも粋だった。見終わった人とたくさん話したい。

以下、ネタバレを含む感想です。

自然豊かな田舎の土地に助成金目的でグランピング場を作りたい芸能事務所が住民のための説明会にやってくる、という割と序盤のシーンの対話があまりにも”現在”でつらかった。対話の内容は大まかに、開発に反対はしていないが土地と暮らしは大切に守りたい地域住民と、無茶な計画でグランピング場の建設を推し進めようとする芸能事務所との対立が描かれていたのだけれど、そのシーンを見ながら、

・話にならない相手と対話しなければ状況が変わらないという虚しさ
・それ以前に対話する機会もないまま一方的に大切なものを奪われる恐怖
・奪われないように対抗することへのしんどさ

などを強く感じて、このどうしようもない苦しさって、私が生まれ育った国(なんかもう国名すら言いたくない気持ちが正直ある)に対して感じていることと似ている、と思ったらすごく泣けてきて、私自身が思っっているより傷付き、疲弊し、怒り悲しんでいるということに気付いたのだった。

監督はどこかのインタビューでこれらの会話は比喩的に描いていないと言っていたので本当に他意なく地方活性化のための対話だったのだと思うけれど、私にとっては自分と社会の対話のように聞こえ、他人事には思えなかった。

中盤は芸能事務所側の人間たちにもフォーカスされ、計画を立てたコンサルタントは依頼された仕事をただただ全うしていて、芸能事務所の社長は会社を守るためにも計画を推し進めるしかなくて、社長と住民の間で板挟みになる芸能事務所の社員たちは住民の声を聞いて少しずつ変化していって、、、と全員がそれぞれの立場で「出来ることを出来る限りやっている」状態で、タイトル如く悪は存在していないように見える。

コンサルのやつがかなり憎たらしかったけど、彼自身は地方活性化をコンサルティングすることが仕事なので、責務を全うしてるだけ。田舎の住民たちを馬鹿にしたような態度ではあるけど作中でも本人が言ったように「馬鹿だ」とは一言も言っていない。かなり嫌なやつだけどイビルって程じゃない。

終盤ではエ!?!?!?というラストシーンに向かって静かに不穏な空気が漂い続ける。エ!?!?!?とは思うけれど、思い返してみるとあの結末へ向かうための仕掛けがたくさんあったなと気付く。
人間が暮らす土地はどこも元々は植物や動物たちのもの。
結局は人の営みこそ自然環境にとってのイビルなのかも、と思う。

(それぞれの環境や事情がありそこで懸命に生きた結果がイビルな行為だったというだけで)本当に悪い人は存在しない、という意味でたしかに『悪は存在しない』かもしれないが、たとえば対話もできず支配も攻撃もやめることが出来ないというような、イビルとしか言いようのない現実が、ある。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?