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喪われた命が遺したものを想う

台風が過ぎていくまで、おうちで仕事にしよう。
そう思って、YouTubeで作業用BGMを探そうと思ったのに。
なぜだかこの曲が目に入ってしまって、指がうっかり再生ボタンをカチッと押してしまった。

ああ……イントロを聞くだけで切ない。
素直に伸びる声と、ストレートで、それでいて直截的でない歌詞。
いろんなことが思い出されてきて、なんだか泣いたり笑ったりしたくなった。

私がこの曲をちゃんと聞いたのは、たぶん母が死んで数か月後ぐらい。
その時もう、この声の主はこの世にはいなかった。
弟が高校生ぐらいの頃に家のテレビ(JAPAN COUNTDOWNか何かかな)で、フジファブリックのPVをよく見てた記憶があるから、きっと志村の生前も耳にしたことはあったんだろう。
でも、歌詞とメロディが耳から脳みそまで到達して響いてきたのは、母が死んでしばらくたった、あの時だった。

母は、癌だった。
亡くなった頃の母は、かなり前に発症した乳がんが再発し、3年くらい通院しながら闘病していたけれど、母の通院も投薬も、私にはなんだか日常になってしまっていた。
そうやって母の最後の数か月を見逃して、仕事にかまけたことを、8年経った今でも私は後悔している。

母が死んで、3か月経ち、1年経ち、8年経った今でも驚いている。
彼女はもういないのに、「悲しい」も「好き」も「もっと話せばよかったなぁ」も、叩き売りたいほどあふれている。
志村の声を聴くと、喪われた命のことをずーっと考えていた、あの3か月だか1年だかを思い出す。
思い出すというか、気持ちがそのままリバイバルする。
彼は死んでいるのに、この歌を聴いていると、何か、命に触れているような気がして、なんとなく涙が出てきてしまう。

何年経っても 思い出してしまうな

ホントだ。
ホントにそうだった。
何年も経った今、ホントにそう思う。

詩を書いた時とは違う意味で、それでも自分の歌に自分で共感してしまうことがあると彼自身も言っていたけれど。
きっとこの詩が生まれた時は、違う意味だったんだろう。
でも今はどうしたって、喪われたこの声の主のことを考えながら聴いてしまう。
創造者本人が喪われたことで生まれた、この曲の質感。
別れを惜しむ気持ち、その時点からずっと流れ続ける時間とその重さ。
私が、リスナーたちが、それぞれいろんな喪われた命のことを想いながら聴くことで、何度も何度も塗り重ねられた漆のように輝いていく。

死んでいるのに「命の輝き」だなんて、ちょっとヘンだけど。
でもやっぱり、これが喪われても輝いている「命」のちからのような気がする。

私もいつかそこへ行く。
たぶんそのために、今日これを書いた。
ケルトや南米の世界観で、彼岸と此岸が繋がりやすくなる日、サウィンと死者の日が近づいている。
この3週間を大切に、今生きている命を大切に使っていこう。

2020年10月10日

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