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映画「岳 -ガク- 」についての駄文

24年間、生きて参りました。
どの作品よりも泣かされた映画。
絶賛目が腫れてしまい、見るも無惨。然もまた、滑稽なり。

ひとつ、駄文をここに置き去りにしたく。

「山」という得体の知れない「聖域」に足を踏み入れようと試みる者すべて、
超難関試験の突破、加えて、そのための国家資格を。
と、思うのです。

選ばれし人間のみ拝観が許される、絶景。
そしてそのような人間しか本質的に、
「命」と「愛」、を理解する力量がないのです。


愛する人は、電気工事を生業にしております。
ある日突然、人生に終止符が打たれる危険と日々、隣り合わせです。
今彼が、隣で息をしているという事実が、夢のように感じました。

彼と共にこの作品を拝観しました。
「風俗なんぞ、なんぼでも行ってしまえばいい。
それで欲望が満たされるならば。
ただ、山だけには行ってくれるな。」
揶揄と嗚咽を混じえて、そう伝えました。

「絶景が観たいんだ。地上では味わえない空気で、満腹に。」
重々、共感したいです。私もそれを観たい、喰らいたい。
ただひとつ、質疑が。

「貴方は、その道の玄人ですか?」


話を戻しましょう。
愛する人は国家資格である、第一種電気工事士の玄人です。
生業を愛しているのは、十二分に伝わっております。
起こりうる危険は、9割以上予測できるでしょう。
KY活動もお安い御用ですね。

でもそんな玄人でも、一瞬で命を落としてしまうかも知れない。
刹那でしょう。誰も助けられません。

「建設現場」という「聖域」で日々戦う彼は、美しい。


同じことが。重ねて。
「山」という「聖域」に足を踏み入れる。
この行為は、「命」と「愛」の双方を死守する上で、
どこまでも手堅く、その門を狭くすべきでは。

具体的に。
聖域に触れられる人間は、それについてのすべての知識を身につけます。
山でスマホは使えません。頭に、心に、叩き込むのです。
凡ゆる状況に如何なる対処を?

これは座学でイケますね。
実技を。

「遭難救助隊」為る、過酷な訓練を。
自身の背中で誰かが息を引き取ったときの、自身のあり方を。

起こりうるすべてを想定し、許可を得た人間だけが、
聖域に触れるべきです。
然すれば、誰も悲しませない。
そんな当事者が聖域にて死んでしまっても、本望でしょう。

こんな厳格な規則があったならば、私は本日、
目を腫らさなくても良かったかも知れませんね。


勘案して、言ふも愚かなり、素晴らしい映画でした。

紹介してくれた彼に感謝。愛。

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