正しく思いやる
20代のときにアルバイトで水道メーターの検針をしていたことがある。
意外とタフな仕事で、メーターの上に車が停めてあって持ち主と交渉したり、使用水量が増えていれば漏水を、減っていればメーターの故障を疑って聞き取りを行う必要があったりした。
メーターの読み方は研修で覚えられるが、人とかかわる部分は臨機応変な対応が求められる。新人の頃は先輩と一緒に現場を回りながらそのあたりのノウハウを身につけていく。
僕が先輩側の立場で接してきたバイト仲間の一人にチャラそうな男の子がいた。長身で、茶髪でピアスで、ダメージジーンズの彼がある程度仕事に慣れてきたところで、彼に単独で先行させて僕は後から合流することにした。
30分後。巡回ルートのゴール地点で再会したとき、彼は生まれたての子鹿のように震えていた。まあ、不安だったのだろう。僕は仕事内容を一通り確認して「お疲れ様」とだけ言った。
ここで優しい言葉をかけることもできた。が、それは自分の庇護欲を満たす下品な行為に思えて出来なかった。先輩風を吹かせるようでいやらしいとも思った。
我ながら当時にしてはまともな判断をしたものだと感心している。そして今、重ねて思うのは自力で立てる人に手を差し伸べるのは侮蔑にあたるのではないかということだ。もちろん、あたらない場合もあるだろう。
他人を思いやるのは難しい。