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生きる自由(4)

↑前回の続き

生きたい人が生き、死にたい人が死ぬ。大切なのは生きるか死ぬかよりも自由であることだと考えていた。殺人が悪とされるのは命を奪うからではなく、結果として自由を奪うことになるからだ。

だから死にたい人を殺すのも、自殺を手伝うのも僕は悪いことだと思わない。自由には自由を放棄する自由も含まれている。それを叶える手段として安楽死は許されてほしい。

番組ではALS嘱託殺人に関して実際に難病を抱えつつ安楽死に反対する人々の声が紹介された。

人の介助がなければ生きることも難しく、日々の耐え難い苦痛につい死を考えてしまう人も多い中、もし安楽死が認められてしまえば、きっと多くの患者がそれを選んでしまう絶望的な未来が来るだろう

TVerのBSフジ『日本で禁じられた安楽死を選びスイスへ渡る人々』より

自由に死ねないことに希望があると言っている。難病に苦しみながらそれでも生きたいと願う人々の天秤にどれほどの重さが掛かっているのかは想像すら難しいが、自由より生きることを優先する価値観があると知った。

安楽死が死ぬことで自由を放棄するのに対し、彼らは死ぬ自由を放棄する。タイミングが少し違うだけだが、後者には心変わりの可能性がある。やっぱり死にたいと思ったときに自ら手放した自由のせいで死ねない地獄が待っている。

願わくば僕は自由に生きたい。