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嘘つきは能力が低い

呼吸するようにをつく子供だった。弟を泣かしたり、登校中に引き返して学校をさぼったりしたことを親に問い詰められると平気で嘘をついた。怒られるのが嫌だったからだ。

成長するにつれ、嘘をつく頻度は減っていった。倫理観なんて大層なものを身につけたわけではない。嘘をつかねばならない状況を回避できるようになったのだ。望ましい結果を正当な方法で手に入れられればそもそも嘘をつく必要はない。

欲求実現力のバランスで人は動いている。高望みしすぎて欲求の実現が困難なとき、我々には三つの選択肢がある。

一つは諦めること。
分不相応な欲求はさっさと諦めて他のことに時間を使う。

もう一つは成長すること。
努力すれば何でも叶うなんて思わないが、それでも足掻いてみる価値はある。

最後はズルをすること。
ズルにも色々あるが、その中でも嘘は比較的簡単で使いやすい。

能力が足りてないのに諦めることができず、努力もしないで嘘をつく。嘘つきは自分の無力さを知っている。そして無力である自分を許している。努力で補うことをあきらめて、己の成長を放棄したのだ。

先日、マクドナルドへ行こうと家から出たところでご近所さんに「買い物ですか」と声をかけられた。咄嗟に「はい」と答えてしまい、今でもモヤモヤしている。