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春は来ませり

風がまだ冷たい。

陽射しは柔らかで暖かく、身体を動かさなくてもじっとしているだけで体温の上昇を予感させる。時折吹く風がその熱を奪う。太陽にかざした手は赤く見えるのにそのイメージとは裏腹に指先はひんやりとしている。

冷たい風が木々を揺らす。葉の擦れ合う音もどこか柔らかい。本格的な新緑の季節はもう少し先のはずだが、すでに一部の草木は水分を蓄えてしなやかな葉を茂らせ始めている。

眼の前に広がる鮮やかな緑名も知らぬ黄色い花に色彩感覚が刺激される。しかし、見上げた空は期待ほど青くなかった。空に限らず遠くの景色がくすんで見える。

アレルギーを持たないので花粉なのか黄砂なのかはわからない。お構いなしに息を大きく吸い込む。冬の空気とは明らかに違う質量が肺を満たす。

そうか、湿度が違うのだ。

肌を撫でる空気も湿気を多く含んでいるからより冷たく感じる。サウナのロウリュと同じ原理と考えれば合点がいく。言わば冷たいロウリュである。

この涼やかさが心地良い。そしてこれが熱を帯びる前の静けさであることも知っている。冬が過ぎれば気温が上がる。50回以上も体感してきた自然の摂理にいまだ心が踊りだす。

春が来た。
さあ、一年が始まる。