父は仕事であまり家にいなかった。昭和の家庭としては一般的だったと思う。なので、どうしても母と比べると存在感が薄い。
僕は独身で子供もいないので想像になるが、父親の子供に対する距離感は結構難しい気がする。一緒にいる時間が長くてごはんまで用意してくれる母と違い、外で働く父の恩恵というのは子供心に訴えにくい。
特別に厳格という感じでもなく、どちらかといえば陽気で楽しい人だった。それでも普段いない人がリビングにいれば緊張感は漂う。僕は母に見せるのと同じ笑顔で父に笑いかけていただろうか。
林間学校か何かで小学校の泊まりの行事があり、その出発日に登校すると校門前に見慣れた車が停まっていた。先に家を出て仕事に向かったはずの父だった。窓を開けて「気を付けてな」と声をかけられ、僕は「うん」とだけ応えた。
登校中によく心が折れて引き返す子供だったので到着を見届けに来たのだろう。同乗させて家から学校まで送り届けるのが一番簡単なのに父はそれをしなかった。楽をせずじっと車内で待つ気持ちを想像すると胸が締め付けられる。
そんな父から受け継いだものがあるかと考えてみるが何も思い浮かばない。だからこれからも考え続ける。それはきっと大切なものだから。