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新内節「其小唄小紫―三浦屋―」(権八小紫)の作品概要・詞章・実演例

「其小唄小紫―三浦屋―」解説

白井(平井)権八は歌舞伎の「御存鈴ヶ森」(浮世柄比翼稲妻)などにも登場します。江戸初期の鳥取藩の武士だった人で、江戸の遊女・小紫に惚れ込んだ結果、金に困り、辻斬りを繰り返すようになりました。その強盗殺人の罪で処刑されると、小紫も後を追って自害したと言われています。目黒不動の仁王門そばに、「白井権八・小紫の比翼塚」があります。実際には時代がずれるようですが、創作では、浅草花川戸の侠客・幡随院長兵衛と結び付けられることが多いです。
新内の「其小唄小紫―三浦屋―」は、権八の見た悪夢、先程の悪夢をなぞるかのような現実という順で話が進みます。
権八が見たのは、鈴ヶ森の処刑場で、検使の役人に刑を宣告され、いよいよ張り付けにされる場面。廓を抜け出した小紫が「共に殺してほしい」と泣きついてきます。目が覚めると、そこは三浦屋の二階。今後の不安に悪夢を見たと語る権八に、小紫も苦しい胸の内を語ります(ここが歌の見せ場になっています)。そこへ慌てて来たのが、新造(まだ若い見習い女郎)の胡蝶でした。遣り手のお爪が役所へ告げ口、権八を捕えようとする人々が三浦屋を取り巻いていると知らせます。動揺する小紫に対し、権八は「二人で一緒に逃げよう」「追手は俺が切る」と語るのでした。

「其小唄小紫―三浦屋―」詞章

*改行や漢字変換を一部調整しています。

〽罪科の重き仕置きに冥土まで
検使の役人 懐より一つの書き物取り出だし、
役人「一つその方儀、これまで多くの人を害し、それのみならず東海道一の関所たる大井川を破りし科、重々不届き至極につき、鈴ヶ森にて張り付けの刑罰に行うものなり。それ、用意よくばそれなる柱へ」
非人「ハハー」
検使の指図に非人ども、下知に従い、権八を角の柱に戒むる。情け容赦も荒磯に、非人は左右に立ち分かれ、十字に綾どる縄だすき、槍はあの世の道標、『エイ』とかけたる声もろとも、突っ込むあばら、非人が手練、抜けば溢るる血潮の滝ツ瀬、また引きしごき、二の槍をすでにこうよと見えたる所へ、
群衆押し分け傾城(=遊女、小紫のこと)のなりもしどろに駆け入るにぞ、検使の役人、目に角立て、
役人「ヤア見れば女の分際で。叶わぬ事だ。下がりおろう」
ト極め付ける。苦痛の権八、両眼開き、
権八「(う、うぅ……)そういうそちは小紫。さては苦界の廓を抜け」
小紫「サア、死なば一緒と大門の掟厳しい廓を抜け、仕置きの場所へ来たからは、権八さんと諸共にどうぞ殺してくださりませ」
役人「ヤァ女心の血迷いしか。とりのぼせて何を申す。叶わぬ願い、きりきり立とう」
情け容赦も荒くれし、非人が手籠め引っ立てられ、仕置きの場所の憂き別れ、あわやと見えたる一睡の夢は破れて、
小紫「モシ権八さん、権八さんへの」
権八「オオ、小紫か。そんなら今のはエエ夢であったか。この程よりの心気の疲れ、こうして二階へ来るにさえ、お尋ね者の身の上に、もしやこの身が捕えられ、重き仕置きを受ける時は二世と誓いしお主は元よりお世話になりし花川戸の長兵衛殿ご夫婦へ、由無き難儀がかかるであろうと、心で案じ患う故、ツイとろとろと思い寝に、ありあり見たは、鈴ヶ森ですでに仕置きに遭うところ、揺り起こされて目を覚まし、見ればやっぱり床のうち、残るこの身の冷や汗にびっしょり濡るる脇の下、ア、夢は五臓の煩いじゃなぁ」
小紫「ほんに主(ぬし)の言わしゃんす通り、こうして一つにいる時は、内外の者に気兼ねして、苦労は同じ事ながら、片時逢わねば気にかかり 〽もしもや 主が捕えられ 人を殺せしその科に 重き仕置きに遭う時は死なば一緒と思へども出るに出られぬ籠の鳥 〽本に思えば去年(こぞ)の秋、ちょうど月見の大一座、ひける間もなく戻らねばならぬというを、悪止め(=無理に引き留めること)に、妻恋鹿の笛ならで、さわるともなく、うつつなく、互いに抱き月の梅、離れがたなき折からに」
廊下伝いに新造の胡蝶は慌て駆け来たり
胡蝶「モウシ花魁へ大変でござんすわいの」
小紫「大変とは気がかりな、どうした訳でありんすぇ」
胡蝶「サア権八さんが宵の間に二階へ忍んでござんしたを、遣り手のおつめが感づいて、役所へ知らせたばっかりに、今宵を過ごさず召し捕りと、この三浦屋を取り巻いておりますわいなあ」
ト告げるを聞いて小紫、
小紫「コリャマァどうしよう、どうしようぞいなぁ」
権八「さてこそ今の仇夢が真となりて、権八が進退ここに極まりしか、かねて覚悟の事なれば、必ず共に心静かに」
小紫「悲しい憂き目を見ぬうちに、いっそ私は自害して」
権八「アーイヤ、死ぬにはまだ早い。たとえこの家を十重二十重に捕り手の者が囲むとも腕に覚えの権八が刀の目釘の続く限り、切って切って切り離し、お主と共に廓を抜け、目黒の知るべへ身を落ち着け、逃れる時は、サッ二人一緒に」
小紫「オー、嬉しいござんす」
灯りは消えて真の闇、
権八「小紫、必ず身どもに離れるなよ」
小紫「権八さんえの」
二人は支度を取り取りに早程もなく人声は取り巻く人ぞ暗き身も目黒に残す比翼塚、因縁かくとぞ知られけり

「其小唄小紫―三浦屋―」実演例

浄瑠璃の鶴賀伊勢裕(=吉田裕子)はまだまだ拙く、お恥ずかしいのですが、参考イメージまでに。

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