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39-3.普通の相談におけるコンパッションの意味

(特集:秋だ!心理職のスキルアップの季節だ!)

有光興記(関西学院大学)
下山晴彦(臨床心理iNEXT代表/跡見学園女子大学)
中野美奈(福山大学)

Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.39-3


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―心理職の未来のための設計図を語る―
 
【日時】2023年10月21日(土曜) 19時〜21時(※夜間講座)
【講師】東畑開人 白金高輪カウンセリングルーム主宰
    下山晴彦 跡見学園女子大学/臨床心理iNEXT代表
 
【注目新刊書】『ふつうの相談』(金剛出版)https://www.kongoshuppan.co.jp/book/b627609.html

【申込み】
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◾️コンパッション・フォーカスト・セラピーを学ぶ
−日本の心理職の栄養源となる理論と技能−
 
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    小寺康博 英国ノッティンガム大学 准教授
 
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https://www.seishinshobo.co.jp/book/b10031905.html

【申込み】
[臨床心理iNEXT有料会員](1000円):https://select-type.com/ev/?ev=19ydGYbhNT0
[iNEXT有料会員以外・一般](3000円) :https://select-type.com/ev/?ev=Tqf0fAgBsVg
[オンデマンド視聴のみ](3000円) :https://select-type.com/ev/?ev=NM9AWJCKeUk


1. どうする?日本の普通の心理相談

ご存知のように日本の心理職の活動は、公認心理師制度の導入を契機として大きく変わりました。かつてはフロイトやユングに代表される「プライベイト・プラクティス」モデルの個人心理療法が日本の理想モデルでした。しかし、公認心理師制度では、それにとって替わるモデルとして「パブリック・サービス」としての心理支援を目指しています。
 
パブリック・サービスとしての心理支援では、高額の心理療法費用を支払えるお金持ちや特定の精神障害の診断を受けた患者が対象となるだけではありません。特定の学派の免許皆伝の資格を得た心理臨床家の心理療法が求められているわけでもありません。心理的苦悩を抱えた国民であれば誰もが利用できる「普通の相談」を提供することが目的となります。今こそ、社会や利用者に役立つ「普通の相談」とは何かを考え、それを実践していくことが課題となっています。
 
そこでは、誰もが気軽に相談できる「普通の相談」とはどのようなものであり、それをどのように提供するのかが望ましいのかが問われています。


2. 今、なぜ“コンパッション”なのか?

誰もが気軽に相談できる「普通の相談」では、学派の理論に基づくのではなく、日本の社会や文化に即した心理支援、利用者に優しい心理支援を作っていくことが課題となります。また、公認心理師制度を主導する医療や行政に従うだけでなく、心理職自身が自らの専門性をどのように発展させていくかという主体性も問われています。
 
臨床心理マガジン前号では、注目新刊書『コンパッション・フォーカスト・セラピー入門』の訳者である有光興記先生をお迎えしての対談の前半を掲載しました。本号では、その後半を掲載します。対談の後半では、「コンパッション・フォーカスト・セラピー」はどのような特徴があり、それは日本の文化や心理支援の伝統とどのように関連しているのかがテーマとなります。日本文化と親和性が強い“コンパッション”は、「普通の相談」において重要な意味を持ちます。ぜひ、その点に注目して対談後半をお読みください。
 
なお、冒頭でご案内した注目新刊本「著者」研修会「『ふつうの相談』を徹底的に議論する」は、まさに「日本の普通の相談をどうするのか」をテーマとし、日本の心理職の未来のための設計図を語ることを目的としています。CFT研修会とともに「ふつうの相談」研修会にも併せてご参加をいただけると幸いです。


3. 「コンパッション」と「共感」の違い

[下山]これまでのお話(前号掲載)から、コンパッション・フォーカスと・セラピー(CFT)は、日本の文化だけでなく、日本の心理支援の伝統とも親和性が高いことがわかってきました。日本の場合、精神分析の実践でもCBTの実践であっても、その前提としてクライアント中心療法的な“共感”を大切にしています。だからこそ、CFTを学ぶことは、日本で普通に実践されていた心理支援のあり方の理論的裏付けを得ることになるのではないかと思います。つまり、コンパッションを学ぶことは、日本の「普通の相談」のあり方の意味を再認識していくことが役立つのではと思ったりしますが、どうでしょうか。
 
[有光]実は“共感”と「コンパッション」は違っています。“共感”は疲労するけど、“コンパッション”は疲れないという違いがあります。“共感”は、相手と一緒に苦しんでしまうのです。その人の気持ちをそのまま受け取って、その人の立場で同じように悲しんでしまったら、自分自身も混乱して何の示唆を与えることもできない。一緒に悲しむだけになってしまう。それで疲れてしまうのです。
 
“コンパッション”は、実はその人のことを理解しながらも、その人の強みも理解していくのです。その人が気づいていない、もう忘れてしまっている頭の中に出てこない強みとかも理解し、後ろから後押ししてあげたり、ずっと黙ってそばにいてあげたりという無条件の愛情ということです。これは無限大です。無限大というのは、私たちの脳に備わっているものなので、いつでも発揮できる。疲れるどころか心地がいいのです。慰めてあげている時というのは、一緒に穏やかな気持ちで手を握っていられる。これに疲れは感じないのです。


4. 「共感」の限界に気づく

[有光]ただし、対人援助職の人は、コンパッションを学ぼうとし、教えてもらっているのですが、共感するだけで何もできずに苦しんでいることがあります。ショックを受けるような大きなストレスを感じるような出来事に際して、自分を防衛するための脅威システムが作動する場合は特にそうなるでしょう。
 
[下山]脅威システムとは、御本の中で解説されている「怒り、不安、嫌悪」、「動因、興奮、バイタリティ」、「満足、安全、繋がり」の3つの主要な感情制御システムの中の「怒り、不安、嫌悪」のシステムですね。
 
[有光]そうです。脅威システムが作動して「これは大変だ」「これはひどいことだ」と考えて、共感疲労の方に行ってしまいます。否定的な考えに気づいたら、脅威ではなく、違う脳のシステムのスイッチを入れるようにCFTでは教示します。3つの感情制御の理論を理解していただくことが大切になります。“共感”と“コンパッション”の違いは、すごく大事です。
 
[下山]今のお話を伺っていて、日本の普通の相談の現状に関してとても学ぶことが多いですね。日本の心理職の多くは、脅威を受けて苦しむ気持ちに共感をしつつ、「これだけでよいのか」という思いを持っている。しかし、苦悩への共感に替わる、次のビジョンを持てないでいる。そのことに薄々気づいていて、ネガティブなところだけでなくて、もう少しプラスの資源の可能性を見ていきたいと感じ、ブリーフセラピーやポジティブ心理学に注目し始める動きがあると思います。


5. CFTは、ユングの元型の概念も包含する

[下山]ネガティブな事柄だけでなく、ポジティブな事柄も含めて全体を抱えていくというところがCFTにはあると思います。CFTは、いろいろな感情を自然に、大らかに抱えていくことを支援する理論であり、方法であると思います。怒り、不安、嫌悪といった行為と自己防衛に関わる感情だけでなく、満足、安全、繋がりといった感情も含めて、いろいろな感情を統合するシステムをモデルとして提供してくれますね。
 
CFTは、人間の苦悩の解消に向けて支援することの全体を捉えようとしている印象があります。だからこそ、精神分析も愛着理論も、さらにはユングの理論も含めてモデルを形成している。ユングの元型の話が出てきた時には驚きましたね。
 
[有光]そうですね。
 
[下山]御本の中でユングの元型のことが言及されていたことから、自分なりに考えたことがありました。それは、私も含めて多くの日本の心理職が一生懸命学んできたユングの理論とはどのような意味があったのだろうかということです。若い心理職は知らないかもしれませんが、ある時期、日本の心理職の大半がユング学派の理論と実践に熱狂したということがありました。あれは、何だったのだろうかということです。
 
河合隼雄先生のユングの導入の仕方が上手であったということもあるでしょう。しかし、それだけでなく、日本の文化にフィットしたところがあったのかもしれないと思うのです。そのようなユングの考えを、CFTの創始者であるポール・ギルバート先生が掬い上げている感じがするんです。


6. CFTは、東洋思想に啓発されて形成された

[下山]これは、私の印象ですが、有光先生は、どう思いますか。
 
[有光]私は、本書の翻訳をしていて、ユングのことを1冊か2冊読まないと本書で何を書いているのか分からないということを思いました。コンパッションを考えた時にポール・ギルバート先生は、ユングも含めて精神分析も勉強されていたと思います。
 
CFTの成立の背景には、彼が統合失調症とか重度のうつ病と関わっていた経験があります。そういう人を見てこられて、どうにもならないということをすごく経験されてきたという。CBTもやっぱりできないとなっていた。そこで、その人の背景となる過去の履歴もすごく大事で、元型をイメージして、そして現在の感情も穏やかにしてもらう必要もあると考えた。そのようなポール・ギルバート先生の経験と考えがCFTのルーツになっています。
 
彼は、イギリス人なのですが、その経験に基づく考えを発展させる上で、東洋思想にすごく啓蒙されているということもあります。ユングの集合的無意識も東洋にルーツがありますね。ポール・ギルバート先生は、仏教とかチベット密教とか、結構そういう文献を読まれている。それらを心理療法に取り入れようとしています。実際にそのようなものを消化して理論と方法を形成しています。


7. CFTにおける3つの感情制御システム

[下山]すごいですね。そのようなポール・ギルバート先生の経験と思索の結晶が、感情制御の3つシステムと、その相互作用の理論になっていくのですね。ここは研修会の肝にもなる部分だと思います。このシステムについて簡単に説明していただけますか。
 
[有光]脅威システムは、恐怖や怒りを感じた時に脳の扁桃体を中心に活性化する。それに対して、落ち着かせようしたり、反応しないように努力したりする。それは、抑制とか、あとは反応抑止とかですね。その後に無関心になったりする。しかし、自動的に反応してしまうので対処が難しい。
 
それで、もう一つはポジティブ心理学とも関わりますが、脅威システムを感じたら逆に何か良い思い出や楽しいことを思い浮かべて興奮させようとします。これは、興奮(エキサイトメント)システムと呼ばれるものです。ただし、これは弊害がすごくある。アディクション、つまり依存症の方に行ってしまいがちなのです。
 
さらにもう一つあるのが、癒し(soothing)システムです。これは親しい人と一緒にいて気持ちが落ち着いてくるという状態です。オキシトシンという愛情ホルモンが分泌され、長続きするし、別にアディクションにもならない。さらに癒しシステムは、気持ちを落ち着かせるだけでなく、いろんな人と関わり合いを持とうとしたり、これから自分がやっていきたいことに目を向けたりして、前向きな気持ちにもなれるという効用もあります。


8. CFTは、癒しのシステムを開発する

[有光] CFTは、この癒しシステムを開発していこうとするものです。今までの心理療法は、そこにほとんど注目していなかった。むしろ、脅威システムをとにかく反応させないようにしたり、ポジティブ心理学で自分の気持ちを高めようとして興奮のシステムを作動したりしていたわけです。
 
[下山]エクスポージャーも、ある意味で「前向きに脅威システムに対処しましょう」というスタンスだと思います。そこには、Doingの発想があります。心理療法に限らずに、日本人は「前向きに頑張りましょう」をモットーに働きすぎたりする。これは、興奮システムを無理に作動させて、それで疲れてしまっている。それが、日本の現状ですね。
 
[有光]そうですね。目標を作ってそれを達成するということばっかりを教えています。しかし、目標を達成しただけでは満足しなくなって、「もっと頑張らなければ」と考えて疲れてしまう。
 
[下山]CFTは、3つのシステムの相互作用の中で「なぜコンパッションが必要なのか」を説明し、日本人にとって親近感を持てる形でコンパッションの意味づけを明確にしていると思いました。


9. CFTを通して心理職自身の気持ちを癒す

[下山]それと関連してCFTが取り扱っているテーマで、日本人が親近感を持つのが“恥”の感情ですね。CFTにおける恥の扱い方は、東洋人や日本人にとってフィットするものだと思いました。最後に、その点も踏まえて研修会参加を考えている皆様にCFTを学ぶメリットのようなものを伝えていただけないでしょうか。
 
[有光]まずは日頃のご実践とかでお疲れになっている方に参加していただきたいですね。まず自分の気持ちを癒してみようというところから始めていただくというのもいいかなと思います。あとは、マインドフルネスなどの第三世代の認知行動療法とか関心がある方にも当然フィットすると思います。難しくはないので、ぜひ多くの方にご参加をいただきたいです。
 
[下山]日本の心理職の皆さんにとっては、とても役立つ内容ですね。多くの心理職に関心を持っていただける内容ですね。特に、ロジャースのクライエント中心療法、さらにユングや精神分析の考え方に馴染んでいたという心理職にとっては、新しい地平が見えてくる経験になると思います。
 
ご自身が学んできた心理支援の方法の意味を確認できるとともに、認知行動療法やマインドフルネスに違和感を持たずに学ぶことができるようになります。その点でCFTは、いろいろな考え方や方法をつなぐ機能を持っていると思います。とても包容力のある理論ですね。


10.CFTとポリヴェーガル理論の関連

[下山]最後に、ご自身もCFTを学び、実践している福山大学の中野美奈先生から、有光先生にご質問がありましたら、宜しくお願いします。
 
[中野] 私がお聞きしたいのは、CFTの3つのシステムは、ポリヴェーガル理論と関連しているのかということです。ポリヴェーガル理論の関連からは、脅威システムによってフリーズしてしまうのが背側迷走神経複合体なのかと思ったりします。その癒しのスージングは、腹側迷走神経複合体とか、そういった辺りの活性化と結びついているのかと思ったりします。その点は、いかがでしょう。
※)[ポリヴェーガル理論の解説本]
「セラピーのためのポリヴェーガル理論」(春秋社)
https://www.shunjusha.co.jp/book/9784393365618.html

[有光]感情心理学の研究ですと、ポール・ギルバート先生の3つの感情システムは脳の感情の種類です。「不安、恐怖、怒り」、「興奮や喜びなど」、「優しさや愛情など」は、異なっています。ラブとエキサイティメントは違うということがあります。そのような知見に基づいてポール・ギルバート先生が形成した理論と方法がCFTです。
 
ですので、ポリヴェーガル理論とCFTは、根っこは同じ部分があるけれども、別の体系になっていると思います。ポリヴェーガル理論の方が、より身体的なところに関わってくるように思います。
 
[中野] そうですね。よくトラウマ治療に関わっていると、どうしてもそこら辺に触れることが多いと思います。


11.CFTは、安心や安全感を重視する

[下山]CFTは、愛着の問題と絡んでトラウマのことにも関わってきますよね。トラウマの治療となると、どうしても身体的反応も関わってきます。その点でCFTも、トラウマの治療の経験に根ざしており、ポリヴェーガル理論と重なる面も出てくるのではないでしょうか。
 
[有光]そうなんです。CFTは、“恥”の治療をテーマとしています。
“恥”は、元々トラウマ記憶があり、それで感情を感じなくなるということがあります。無関心や解離ですね。重度の統合失調症や鬱病の人も解離が生じることがあり、それに過去の虐待記憶が関連する場合もあります。そのような場合に大切となるのが、安心や安全感です。
 
そのような安心や安全感を日頃から持っていることが大切ということで、コンパッションのワークは必要となります。安心や安全感を抜きにして治療をしようとしても、脅威反応ばかりで治療は進まない。そこにしっかりフォーカスしようというのがCFTです。
 
[下山]CFTは、安心や安心感をもたらす癒しシステムの重要性をしっかりと理論づけていますね。しかも、それを脳科学の知見に基づいて理論化しています。さらに、治療については、機能分析の方法を積極的に取り入れています。その部分は、CBTとの共通点ですね。
 
[有光]そうですね。その枠組みを使っていますね。
 
[下山]CFTの枠組みは、とても総合的なものだなと思います。そのようなCFTの理論と方法を研修会ではご説明いただき、さらにワークで体験をさせていただけるということで、とても楽しみにしています。


■記事制作 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(公認心理師&臨床心理士)

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Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.39

◇編集長・発行人:下山晴彦

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