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16-1.第3回公認心理師試験・傾向分析

(特集 公認心理師になる)
宮川 純(河合塾KALS)
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.16
本記事は,2021年2月28日に実施された臨床心理iNEXT主催シンポジウム『結局,公認心理師とは何なのか?──公認心理師試験から読み解く現状と課題──』において宮川先生が発表された内容の紹介です。当日のご発表の様子は,下記のYouTube動画として公開されています。
   ※    ※
本記事の内容にご関心を持たれた方は,動画も併せて御覧ください。(臨床心理iNEXT事務局より)


1.はじめに

2020年12月20日(日曜日)に,第3回公認心理師国家試験が行われました。本記事ではまず,第3回公認心理師国家試験の出題形式・出題内容・問題の難易度等を,過去の公認心理師国家試験と比較しながらご紹介します。その後,予備校の視点で今後の公認心理師試験に望むことを,僭越ながら提言させて頂きます。
なお本記事は,すでに公認心理師国家試験を受けられた方,これから公認心理師国家試験を受ける方,また公認心理師養成に関わっている大学教員の方々など,様々な方がお読みになられることを想定して,かなり基本的な情報も含めて掲載していることをあらかじめご了承ください。

※本記事は,河合塾KALSが試験直後に発表した「分析速報」をベースに作成しています。(https://www.kals.jp/clinical-psy/pdf/kounin_20201220.pdf

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2.公認心理師試験の基本情報

・第3回試験の試験時間・問題数・マークシート用紙は,全て第2回までを踏襲。
・午前の部(10時~12時),午後の部(13時半~15時半)各120分の2部構成。
・午前の部・午後の部ともに,問題数は77題。全154題。
・マークシート用紙はAとBのいずれかが渡される。用紙Aは塗りつぶす①~⑤が横にならんでおり,用紙Bは①~⑤が縦にならんでいる。マークシートが用紙Aであっても用紙Bであっても試験問題に違いはない。
・解答形式は,5肢択一(5つの選択肢から1つを選ぶ形式),4肢択一(4つの選択肢から1つを選ぶ形式),5肢択二(5つの選択肢から2つを選ぶ形式)の3種類である点も第2回試験までと同様。以下の表1の通り,試験ごとに出題数は異なる。選んだ2つともが正解していなければ得点にならない5肢択二問題は,やや減少傾向にある。

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・公認心理師国家試験においては,不適切な内容を選ぶ問題が,特定の番号帯に固めて配置されている。例えば,第3回試験の午前問題の33番~42番は,すべて不適切な内容の選択肢を選ぶ問題である。さらに「不適切なものを選びなさい」と問題文に下線(本記事ですと太字になってます,以下同:編集部注)が引いてある点も第2回試験までと同様。問題数は以下の表2の通り。不適切選択の問題が,若干増加傾向にある。

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※適切選択…「正しいものを選びなさい」「最も適切なものを選びなさい」などの形式。
※不適切選択…「誤っているものを選びなさい」「最も不適切なものを選びなさい」などの形式。

・午前・午後ともに一般問題58題のあとに19題の事例問題という構成。つまり,一般問題は午前と午後合わせて58×2=116題,事例問題は午前と午後合わせて19×2=38題となる。1つ1つの事例の文章の長さは5行~10行程度。

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・配点については,第2回試験までと同様に一般問題1点・事例問題3点で,表4の通り230点満点となる。また,合格ラインは第2回試験までと同様に138点(60%)であった。試験後に得点は開示され,1点でも足りない場合(137点以下)は不合格となる。

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3.第3回試験問題の難易度

第3回公認心理師試験が終了したあと,難易度に関して様々な意見がインターネット上で交わされました。

・今年の問題,難しすぎないか?
・見たことがない用語がたくさん出た!
・この知識,心理職に必要なのか?
・こんな試験,対策できるのか?

ではこのような声に対して,第3回公認心理師試験の難易度を客観的に分析すると,どのようになるのでしょうか。河合塾KALSでは公認心理師試験が終わるたびに,問題の難易度を以下の3段階で判定しています。

☆難易度A…5つの中から完全にランダムで選ばざるを得ない難問。
☆難易度B…正解の選択肢を2つまたは3つまで絞り込むことが出来る問題。
☆難易度C…比較的正解を1つに絞り込みやすい問題。

※キーワードとして難しい内容であったとしても明らかに不正解の選択肢を除外して2択(3択)で勝負できるなら難易度B,選択肢の中に難しい内容があったとしても,明らかに正しいと判断できる選択肢が1つ選べるならば難易度Cと判定しています。
※判定基準および,各設問の難易度の判定は河合塾KALS独自のものであり,日本心理研修センターが発表したものではありません。

以上の基準で第3回試験全154題の判定を行いました。その集計結果を過去の公認心理師試験と比較したものが,以下の表5です。

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表5を概観すると,第3回試験は,第1回追試・第2回試験とほぼ同程度の難易度と言えます。しかし,本当に難易度が同程度であるならば,ここまで疑問の声が上がらないはずです。そこで,第3回公認心理師試験に対して「難しく感じる要因」をいくつか検討してみました。

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4.第3回試験の「難しさ」

第3回試験の「難しさ」として,以下の3点が挙げられます。

①午後試験のA問題の多さと,集中力持続の難しさ。
②従来の試験と比較して,医学領域に関する問題が多く出題。
③心理専門職にとって,必要性を感じにくい難問が複数出題。

①午後試験のA問題の多さと,集中力持続の難しさ
第3回試験の難易度について午前と午後に分けて整理したものが,以下の表6です。

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表6で注目すべき内容として,A問題の割合が挙げられます(午前13.0%→午後20.8%)。実は第2回試験も午前より午後の方が難易度が高く,多くの受験生を苦しめました。また午前に2時間集中して取り組んだことで,本人の自覚以上に疲労している可能性があります。そのため,午後は集中力を保ちにくく,問題をより難しく感じやすいです。今後の公認心理師試験を受験する方は,難易度が上がり,かつ疲労が表面化しやすい午後に備えて,しっかり昼休憩で休むことが重要と言えます。

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②従来の試験と比較して,医学領域に関する問題が多く出題
第3回試験は,従来の試験と比較して医学領域の問題が多く出題されました。代表的な問題を以下にいくつか挙げます。

・摂食行動を制御する分子(問13)
・過敏性腸症候群(問19)
・甲状腺機能低下症(問30)
・遺伝カウンセリングにおける経験的再発危険率(問94)
・向精神薬の薬物動態(問106)
・慢性疲労症候群(問120)
・むずむず脚症候群(問131) etc…

この背景には,公認心理師試験の試験委員に医師が多くいることが関連していること,公認心理師がチーム医療の一員としての活躍が期待されていることなど,様々な要因があると思われます。公認心理師の活動モデルとして「生物-心理-社会モデル」がある以上,医学領域に関する出題は,むしろ必要と思われます。
しかし第3回試験で出題された医学領域の問題は解答困難な難問が多く「ここまで,医学領域のことを知らなければならないのか?」「過去問で全く見たことがない言葉・内容が多く出題された」という混乱と迷いを,多くの受験生に抱かせたようです。

③心理専門職にとって,必要性を感じにくい難問が複数出題
公認心理師試験は合格基準を6割に設定している以上,全ての問題を易しくするわけにはいきません。試験問題の中に,必ず難問を含める必要があります。しかし仮に多くの受験生にとって正解困難な難問であったとしても,やはりそこには「出題の意図」があるべきだと思うのです。
公認心理師試験の問題は全問公表されます。今後,公認心理師を目指す者は,公表された試験問題を見て「公認心理師に求められるものは何か」を読み取ろうとします。このことは,受験生だけでなく,公認心理師の養成に関わる大学教員なども同様でしょう。しかし公認心理師試験は,特に第3回試験は「公認心理師を目指すにあたり,このような知識・理解・視点を持っていて欲しい」という「出題の意図」をもって作られているのか,疑問に思われる問題が多かったのです。

例えば以下の問題をご覧ください。

介護保険が適用されるサービスとして,正しいものを1つ選べ。
①配食サービス
②精神科訪問看護
③介護ベッドの購入
④住宅型有料老人ホーム
⑤通所リハビリテーション
(第3回試験 問20)

「介護保険が適用されるサービスを正しく理解していること」が,心理専門職としての活動にどのようにプラスに働くのか,納得がいく説明ができる人は,かなり少ないのではないでしょうか。ちなみに現在の私には,本問の必要性について,今後の受験生を納得させる説明がうまくできません。果たして,本問を出題した試験委員の方は,何を期待してこの問題を出題したのでしょうか
他にも,上記の問題のような「出題の意図」を感じにくい問題が,第3回試験では特に多く出題されました。問題が難しいだけでなく,出題の意図も理解できない……という二重苦が,より受験生を苦しめたものと思われます。

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5.第3回試験は,難しいだけではない

ここまで「第3回試験の難しさ」をご紹介してきました。しかし冒頭では,第3回試験は第1回追試や第2回試験とほぼ同程度の難易度と紹介されており,話が矛盾しているようにもみえます。
実は,第3回試験は決して難しいだけではなかったのです。改めて以下をご覧ください(表5再掲)。

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難易度A問題は印象に残りやすく,試験問題全てが難しいように思えてしまいます(ネガティビティ・バイアスの1つと考えられます)。しかし,改めて客観的に分析すると,基礎的な理解や過去問演習によって得点可能な難易度Cの問題は,第3回試験も4割程度あるのです。そして,難易度Cの問題を確実に得点できれば,難易度Bの問題が約半分の正解でも,合格点(60%)を超えることができます。

また,第3回試験の特徴として「事例問題の易しさ」が挙げられます。以下の表7は,一般問題(知識問題)と事例問題の難易度を比較したものです。

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表7をご覧の通り,第3回試験は事例問題のC問題が多く,比較的易しめだったのです。もちろんすべての問題が易しかったわけではありませんが,難しい内容でも明らかに誤りの選択肢を消去することで2択・3択に絞り込むことができるため,完全にランダム5択になってしまうような難易度Aの事例問題はありませんでした。
第1回試験の頃は,文面の解釈によって正解が複数考えられるような問題や,正解の根拠が曖昧な問題がいくつかありました。しかし試験を重ねるごとにそのような問題は減少していき,正解の根拠が明確な事例問題が増えました。実は,正解の根拠が明確な事例問題を用意するためには「曖昧で多様な解釈ができる選択肢」を排除し,「どのように解釈しても不正解となる選択肢」を準備しなければなりません。そのため,事例問題は解答の根拠が明確な問題ほど,難易度が下がりやすいのです(予備校として模擬試験を作る際に,常に苦労する点でもあります)。皮肉なことに,事例問題は試験問題として成立しているが故に,難易度が下がってしまったのかもしれません。

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6.第3回試験・合格発表

では,第3回試験の合格率はどうだったのでしょうか。
2月12日(金)14時,日本心理研修センターのホームページにて,第3回公認心理師試験の合格発表が行われました。(http://shinri-kenshu.jp/support/examination/examresults_2020.html
※上記のページでは,第3回試験の問題も全問公表されています。今後,公認心理師試験を受験する予定の方は,プリントアウトしておくことをお勧めします。

過去の試験も含めた合格率は以下の通りです。

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※第1回試験のデータは,9月本試験と12月追試験の合算です。

試験問題の難しさに関する声とは裏腹に,合格率は7%ほどアップしました。そして,第3回試験で合格した方々からの声を聴く限り,「難問に対応し,マニアックな用語をおさえ,過去問に全く頼らない勉強をしていた」というよりは「基礎を確実におさえ,ブループリントと過去問を軸に勉強を進めた」,そして「事例問題で得点を稼いだ」という方が大半でした。

※ブループリント…日本心理研修センターより公表されている,公認心理師試験出題基準。出題キーワードと出題割合などが掲載されている。令和元年度版のブループリントは,下記リンク参照。(http://shinri-kenshu.jp/wp-content/uploads/2017/10/blue_print_201912.pdf

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7.試験問題に対する問題提起と提言

ここで,臨床心理マガジンiNEXT 15号に掲載された,第3回公認心理師試験を受験した井上さんの「切実な迷い」を一部抜粋して,ぜひみなさんに見て頂きたいと思います。
(全文は,https://note.com/inext/n/n27dd99d2a45f

「なぜ,そんなところまで訊くのか?」
これが試験中,また試験直後,また今も感じる正直な感想である。
……中略……
・こういうことを知っていて,どんな時に役に立つのだろう?
・多職種連携って,ここまで知っていないと成り立たないの?
・生理学的知識の問題が多いが,医者や看護師の役割と心理師の役割はどう違うの?

この切実な迷いは,井上さんだけでなく,多くの第3回試験受験生から寄せられた声でもあります。

公認心理師試験の問題は,「将来,心理専門職として活躍する方に,このような知識や理解・視点を備えていて欲しい」という想いのもと,作られていると言えるのでしょうか?

そこで本記事の締めとして,僭越ながら,今後の公認心理師試験に対して以下の2点を提言させて頂きたいと思います。

①基礎理解を重視した良問を!
例えば,以下の問題をご覧ください。第2回試験の問111です。

I. D. Yalomらの集団療法の治療要因について,誤っているものを1つ選べ。
①他者を援助することを通して,自己評価を高める。
②他のメンバーを観察することを通して,新たな行動を学習する。
③集団との一体感を覚えることで,メンバー相互の援助能力を高める。
④現在と過去の経験についての強い感情を抑制することで,コントロール力を高める。
⑤他者も自分と同じような問題や悩みを持っていることを知り,自分だけが特異ではないことに気づく。

この問題を見ると,一見「I. D. Yalomって誰だ?」「I. D. Yalomとその理論を覚えなければ」「他にも,もっと色々な人物や理論を覚えなければ」となるかもしれません。しかし,この問題は本当にそのことを求めているのでしょうか。
この問題の正解(誤りの選択肢)は④です。集団療法では,メンバーの相互交流に伴う感情表出が期待されます。しかし選択肢④は「感情を抑制する」とあり,集団療法のコンセプトに反しています。つまり「I. D. Yalomを知っているか」ではなく,「集団療法とは何か」という基礎理解を問う問題なのです。なお,集団療法にも色々な意見や立場があるでしょうから,I. D. Yalomという名前と理論を挙げたのは,意見や立場による曖昧さを排除し,正解を1つに確定させるためと思われます。
上記の問題のよう心理専門職としての基礎理解を問い,かつ正解の根拠が明確にされている問題は,今後もぜひ積極的に出題して頂きたいと思っています。

②発見と広がりのある難問を!
次に,以下の問題をご覧ください。第3回試験の問49です。

2018年(平成30年)の高齢者による犯罪について,誤っているものを1つ選べ。
①刑務所入所時点で65歳以上である女性の罪名の80%以上が窃盗である。
②刑法犯による検挙人員中に占める65歳以上の者の比率は,約10%である。
③刑法犯による検挙人員中に占める65歳以上の者の比率を男女別で比較した場合,男性よりも女性の方が大きい。
④窃盗による検挙人員の人口に占める比率を,20歳以上65歳未満と65歳以上とで比較した場合,後者の方が大きい。

この問題は難問です。正解できなかった方は多いでしょうし,正解できた方も正確な数字まで把握していた方は,ほとんどいないと思われます。
ちなみにこの問題の正解(誤っている選択肢)は②です(犯罪白書2020年版によると22%にのぼるそうです)。つまり,①・③・④は正しい内容ということになります。恥ずかしながら私は「高齢女性の犯罪の多くが窃盗であること」また「検挙人員に占める高齢者の割合が,男性より女性の方が大きいこと」を知らず,本問を通じて,高齢女性の犯罪,特に窃盗が社会問題になっていることを知りました。またその原因についても,単純に経済的困窮だけでなく,孤独の解消や刺激を求めて窃盗に至る場合があるなど,様々な心理社会的な問題が背景にあることを知りました。超高齢化社会を迎え,高齢者の現状に関する理解と支援がますます必要になると思われる現代において,役に立つことでしょう。私はこの問題から,公認心理師を目指す者に『「高齢女性の現状」に関心を持ってほしい』という,出題者の意図を感じました。
他にも,摂食障害の支援の在り方(第3回試験 問69)や,戸籍上の性別の変更要件(第1回追試 問35)などなど,私は,公認心理師の試験問題を通じて多くのことを学ばせて頂き,新たな発見と世界の広がりを得ることができました。そしてこれからも公認心理師試験が,私の知らなかった世界を学ぶきっかけをくれる存在であることを期待しています。

公認心理師試験が60%を合格基準とする試験である以上,難問は必ず出題しなければなりません。しかしその難問が「ただ難しいだけ」の問題ではなく,「心理専門職にとって学ぶ意味や価値がある難問」であることを,心より願っております。

※なお,問題内容に対する提言については,臨床心理iNEXTイベント「結局,公認心理師とは何か?―試験から読み解く現状と課題―」において,より詳細な話をしております。イベントのアーカイブがyoutubeで公開されていますので,もしよろしければそちらもご参照頂けると幸いです。(youtube アドレス

以上,第3回公認心理師試験の傾向分析および試験問題への提言を述べさせて頂きました。最後までお読みいただき,誠にありがとうございました。

記事デザインは,原田優(東京大学特任研究員)によります。

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