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10-1.学校の現在

(特集 がんばれ学校! がんばれSC!)

下山晴彦(東京大学/臨床心理iNEXT代表)

※本号は,前半と後半に分けて発行致します。前半(10-1~3の記事)をまず発行し、10-4~6は1週間後(9/4ごろ)に発行予定です。ご期待ください。

1.コロナ禍の中での学校
コロナ禍は,社会のあらゆる領域に重大な影響を及ぼしています。新型コロナウィルス感染を防ぐために,従来は普通に行われていた社会の機能や人々の生活のあり方ができなくなりました。

学校は,社会の主要なシステムのひとつです。しかも,学校という,比較的閉じられた場の中での集団生活を前提とします。子どもは,密な対人交流をもちます。その点でクラスターの発生源になる危険性もあります。学校現場は,コロナ禍の影響を諸(モロ)に受け,さまざまな制限や自粛をする必要がでてきました。

新春の頃,多くの人は,密な交流さえ自粛すれば,感染は一時的な流行で済むものと思っていました。しかし,事態は,収束するどころか,現在では第2波として拡大し続けています。人々は,以前の状態に戻ることは断念し,コロナ禍を前提とした上で新たな生活の様式を探ることを始めました。

学校では,卒業式や入学式が中止になったり,縮小されたりしました。新学期早々に休校となりました。その後,分散登校から全面登校になり,感染リスクに細心の注意を払っての,異例の学校生活となりました。運動会や遠足などの諸々の行事は中止となりました。終業式が遅くなり,始業式が早まり,短い夏休みとなっています。

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2.学校の社会的責任と試行錯誤
学校の場合,感染リスクがあるからといって,いつまでも活動自粛をしているわけにはいきません。社会的責任として,感染リスクを少しでも避けるための代替方法や新たな方法を用いて教育活動を実施することが求められます。ただし,感染リスクを避けながらどのような方法で教育活動を進めるのかは,各学校に任されることになりました。

それまでは,文科省が方針を示し,教育委員会が方法を示し,学校はそれに従って実行するという構造がありました。ところが,コロナ禍の対応については,かなりの部分が個々の学校での判断となりました。そのため,学校単位で方法を工夫し,意思決定をするという学校の主体性が問われることになりました。

それは,同時に校長を始めとする管理職のリーダーシップ,そして学校のチームワークが問われることでした。

すべてが前代未聞の対応でした。学校は,前例のない中で,しかも先の見えない中で,コロナ禍を前提とする新たな学校運営のあり方を探っています。校長先生を始めとする先生方は,新たな学校のあり方を探って試行錯誤の毎日を送っています。

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3.スクールカウンセラーは,コロナ禍に対して何ができるか
心理職は,スクールカウンセラー(以下,SC)としてそのような学校現場に参加しています。先生方と協力をしてコロナ禍に対処するとともに,新たな生活様式を築いていくことが求められています。現状において,SCは何ができるのでしょうか。コロナ禍の影響を受けながらも新たな学校運営のあり方を探っている先生方から何を学び,どのように協力をしていったらよいのでしょうか。

本号では,学校現場の状況と,その中で期待されるSCの役割について検討することを目的として特集を組みました。

特集を組むのにあたって,7月の終わりに,地方の小学校の校長先生に取材をしました。そこで,語られたのは,コロナ禍に直面して試行錯誤する学校の状況であり,校長として感じる不安や心配事でした。また,コロナ禍への対応では,SCをどのように活用したらよいか分からないと述べていました。本項では,以下にその取材の結果をまとめます。読者の皆様は,苦悩しながら頑張っている学校の実態を知っていただければと思います。

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4.学校のストレス状況
・ストレスの増加
大人も子どもも解放されない。子どものストレスケアのためには,なるべく普段のスタイルを残したい。特に変化に弱い発達系の弱点をもつ子どもたちにはそれをしたいが,難しい。全体として社会のストレスが溜まってきている。その結果として,学校がストレスの“はけ口”になることも想定している。

・心のケアの必要性
子どもが登校して交流すると,密な関係になりやすい。それは,子どもの行動として当然であるのでダメだと言いにくい。教員にとっては,子どもに自由に行動をさせたいが,できないジレンマがある。禁止すれば子どもにとってはストレスとなる。そのようなジレンマやストレスに対する心のケアの必要性を感じる。

・表面に出てきていないストレス
今までのところ,ストレスが表面化してトラブルが起きてはいない。皆,我慢している。しかし,決して適切に対処しているわけではない。表面的に平静をたもっているだけで,水面下はどうなっているのかわからない。これからどうなるか分からない。

・先が見えない不安
以前は,我慢すれば事態は改善するとの希望があった。第1波の時は休校していればよい。学校再開になったら,学校で感染が起きる危険が出てきた。保護者の不安になって,学校が責められることも出てきた。医療関係者へも差別も起きてきた。それでも,夏休みまで我慢すれば何とかなると思って頑張ってきた。しかし,第2波でその希望もなくなった。先が見えない。また駄目だとなってしまう。

・夏休み後の心配
夏休みになってどうなるか。発散する場がないのではないか。夏休みで気を抜いたことで,夏休み明けはどうなるか。休めないままの再登校となり,不登校が増えるのではないか。これまで経験したことがないので,予想がつかない。対処の方法もわからない。

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5.管理職の責任と不安
・手探りの中で判断する毎日

感染予防のためにマスク着用を求める。しかし,それは熱中症の危険をもたらすことにもなる。何をやっていいかの基準がない。これについては,教育委員会も細かいところまで決めない。学校判断となっている。ルールがない中で校長が手探りで判断をしなければいけない状況。

・自分の学校から感染者を出す不安や怖さ
子どもだけでなく,教員も感染する危険が常にある。その不安や怖さから,学校を閉鎖的にする方向にもっていきたくなる。また,感染への不安や怖さが子どもに伝わり,さらに保護者に伝わり,緊張感が高まってしまう心配がある。

・一人でも感染が出るのを予防するストレス
感染がでた場合,どのような対応をしたらよいかわからない。あとから追及される不安ある。それで完璧を求めてしまう。でも,実際は全部完璧にはできないので,不安である。

・学習保証のために授業へのプレッシャー
教員は,消毒など,コロナ対策でやらなければいけないことで忙しい。しかし,その一方で今年度から新指導要領が始まっており,授業を進めなければならない。そのプレッシャーで教員が体調を崩して休むことがあれば,他の教員に負担が集中し,悪い連鎖が起きる危険性がある。

・オンライン化による教員の疲弊
コロナ禍への対策として学校全体がオンライン化を目指すこととなっている。急な変化を求められて教員が疲弊している。働き方改革を求められる中で教員の負担が増えている。

・学校と地域のズレ
学校の在り方そのものの変化を求められてきていた。コロナ対応で,その変化をより促進する必要が出ている。しかし,地域では,これまでの伝統的な学校のあり方が期待される。そのズレも教員のストレスとなっており,免許更新制とも相俟って退職する教員が増えている。再雇用の教員も不足しており,さらにそれが教員の疲弊の原因になっている。

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6.SCとの連携の難しさ
・SCには毎日学校に居てもらいたい
SCは,個別に子どもの話を丁寧に聴いてくれる。その点では助かっている。しかし,コロナ禍への対応においては,子どもの話を個別に聴く以外で,何をしてもらえるのかが分からない。コロナ対応は,日常的に起きる問題と関連する。教員は,日々何が起きるかわからない不安で仕事をしている。その不安を共有できない。SCが毎日学校に居れば,チームとして一緒にできることはあると思う。

・日々変わる状況への即応が難しい
学校のコロナ禍への対応は,状況に応じて日々変わる。SCは,学校に毎日いないので,学校の現状の共有が難しい。必要な時に居てくれない。1週間に一回来るとしても,その間に学校の対応は変化している。SCにはSCが学校にきたときに,現状を説明する必要があり,逆に手間がかかる面もある。現状説明を最小限で済ますためにも,SCには,社会的なコミュニケーション能力のある人であってほしい。

・SCとは日常を共有できない
SCは,学校に居る時間に限定がある。放課後はいない。生徒のケアは,常駐でなければできないことがある。そのことは,コロナ禍に対応するようになってわかった。コロナ対応は,学校全体の動きとも関連するが,それをSCとは共有するのが難しい。

・SCにはリスク対応を求めたい
万が一感染者がでた時のアドバイス,子どもや保護者のケアをお願いしたい。その場合は,個別対応となるので,SCにお任せできる。ただし,子どもや親がそういうこときにSCを求めるかは,わからない。

・SCの増員に関連して
県からコロナ対策としてSCを増やすことを希望するかの問い合せがあったが,断った。新たにSCを加えるのは,むしろ負担となる可能性があった。新たに配置されるSCは何ができるのか,何をしてくれるのかが分からない。また,SCの力量はまちまちなので,どのくらい期待できる人なのかわからない。追加のSCを含めることで,SCとの打ち合わせの回数が増えて,時間がとられてしまう面もある。SCへの対応よりも,管理職や教員は,やることが一杯ある。

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7.学校の課題
以上,学校が直面している問題状況を確認しました。日本のほとんどの学校は,多かれ少なかれ,上述した問題状況に直面しています。そして,このような事態は,たまたまコロナ禍によって新たに引き起こされた問題だけではありません。

というのは,コロナ禍は,感染リスクを社会にもたらしただけではないからです。それまで,社会で解決しておくべき課題でありながら,先延ばしにしていた問題を浮き彫りにしたという面があります。現在,学校で起きている問題状況は,これまでも潜在的に問題であった課題が表に出てきたのです。

現在は,第3次産業革命を経て第4次産業革命が起きてきています。そのため,現代社会は,旧来のあり方が機能しなくなり,新しいあり方への変革が求められています。
https://www5.cao.go.jp/keizai3/2016/0117nk/img/n16_4_a_2_01z.html

しかし,我が国では,そのような変革をせずに,表面だけ取り繕って誤魔化していたことも少なからずありました。コロナ禍は,そのような表面的な取り繕いを洗い流し,先送りしていた課題を露わにしました。結果として,コロナ禍に促されるように人々は,先送りしていた課題に取り組まざるを得なくなりました。

学校においても,そのような先延ばし課題が多くありました。高速ネットワーク回線の整備や学習用端末1人1台提供などのオンライン教育の充実は,主要な課題でした。少人数授業,教員の待遇やメンタルヘルス支援なども,懸案事項でした。

前節でコロナ対応におけるSCとの連携の難しさが指摘されています。これに関しても,学校におけるSCの位置づけは,本来であれば改善をしておくべき課題でした。それが,コロナ対応で露見してきたとみることができます。

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8.本号の構成と目標
コロナ禍は,上記のような学校の課題に,待ったなしで対応を迫ることとなりました。学校は,厳しい状況の中で社会的責任を果たすべく頑張って対応をしています。コロナ禍に直面し,学校自体のあり方や運営の仕方を変えようと努力しています。

そこで,本号では,コロナ禍に積極的に対応してきている学校現場の校長先生と副校長先生にインタビューし,その記録を本号の10-2.,10-3.,10-4.の記事としました。読者は,コロナ禍に直面し,問題解決に向けてリーダーシップを発揮している管理職の視点と行動を知ることができます。

その後に,コロナ禍の渦中にあった学校に勤務したSC 4名で「コロナ禍に直面し,対応をしてきた学校の状況と課題」「コロナ禍に直面している学校においてSCは何ができるか」をテーマとした座談会を開催し,その記録を本号の10-5.と10-6.の記事にしました。

読者は,それらの記事から,今後のSCの活動の指針を得ていただければと思います。また,SCでない心理職の皆様には,コロナ対応におけるリーダーシップやチームワークの重要性を学んでいただければと思っています。

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臨床心理マガジン iNEXT
第10号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.10


◇編集長・発行人:下山晴彦
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