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27-2.AIに心理相談はできるのか

(特集 臨床心理学の未来に向けて)
茂木健一郎(ソニーコンピューターサイエンス研究所/脳科学者)
下山晴彦(東京大学/臨床心理iNEXT代表)
北原祐理(東京大学 特任助教)
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.27

〈現在募集中のイベント〉

【視聴者参加型トークイベント】
■茂木健一郎さんと臨床心理学の未来を語る■
—茂木×下山の本音トーク−

【日程】2月27日(日)の14時~17時
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[オンデマンド視聴のみ](1,000円)https://select-type.com/ev/?ev=7Q29h2krNqU

茂木様写真

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—発達障害のある人の「ものの見方・考え方」理解へ

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【申込み】
[臨床心理iNEXT有料会員]https://select-type.com/ev/?ev=M9RjXGGtIKE(1,000円)
[iNEXT有料会員以外・一般]https://select-type.com/ev/?ev=cneA9fIR7CU(3,000円)
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【重要なお知らせ】臨床心理マガジン発行のお知らせ(広報メール)は,これまでは<shimoyamalab@p.u-tokyo.ac.jp>から発信していましたが,次号(27-3号)からは<user-support@cpnext.pro>からの発信となります。広報メールが届かなくなったという場合には,迷惑メールに振り分けられている可能性もありますので,ご留意ください。


1.エビデンスベイスト・アプローチに意味があるのか?

[下山]臨床心理学の世界的動向は,心理支援の効果を数量的に測定し,有効性が実証された方法を優先的に用いていくというエビデンスベイスト・アプローチが主流になっています。ただし,日本では,エビデンスベイスト・アプローチが中心になっているわけではありません。

[茂木]最近は“エビデンス”ということがよく言われます。でも,それはどのような意味があるのかと思います。自分が下山さんと一緒に箱庭を作って,それが自分の人生に何らかの影響を与えたということはありました。でも,その箱庭が自分にどう影響を与えているかって,エビデンスでもなんでもないわけですよね。

提出版マガジン27-2-3

写真1 アイテムが枠から飛び出す茂木さん制作の箱庭

[北原]私たちの若い世代は,基本的にはエビデンスベイスト・アプローチに乗っていく流れです。でも,それでいいのかなと思う部分もあります。例えば,私は,スクールカウンセラーをしていますが,高校生の女の子に「心理士ってもっとAIみたいな人と思った」と言われたことがあります。「どうしてそう思ったの?」と聞いたら,その女の子は,「理論や病気の知識という枠があって,心理士はそれで人間を見て,あなたはこういう状態だからこうしたらいいよと一方的にアドバイスを伝えるイメージを持っていた」とのことでした。

このような女の子に接すると,単純にエビデンスベイスト・アプローチに乗ってしまうことも心配になりました。それで,私は,その子と話す中で,私自身のこれまでの経験や,そのときの感情などを伝えることにしました。自己開示を通して,その子がこれから生きていく世界で役立つ要素で,自分の経験から使えるものは使おうと思ったわけです。

彼女は,そのような私とのやりとりを通して,「心理士も人間なんだな」と思ったとのことです。その時,私としては,高校生の彼女が,これからも生きていこう,自分をこれから決めていこうと思う気持ちに,少しでも繋がったのならよかったと思いました。

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2.AIで心理相談ができるのか?

[北原]AIを使った心理支援も少しずつ出てきています。将来的には,AIを活用したオンライン相談も増えていくことと思います。そのようなAI心理相談が広まったときには,問題解決としてデータに基づいた最適化されたものが出来てくるようになり,自己開示など,心理士の固有性が出る機会がなくなっていくのでしょう。そうしたときに,自分がクライアントとして,AI相談で自分のことを話したいと思えるのかと考えます。

思春期でまだ揺れ動くときに,そのようなアプローチに早い段階から晒されてしまうのでよいのかなと思います。それが,心理士がやっていく方向としてよいのかという疑問です。クライアントが迷う中で,心理士も一緒に迷いながら,人間として成長していくということがあってもよいかと思います。昔ながらの心理支援のあり方も必要ではないかと思ったりしています。

[下山]最新の臨床心理学は,さまざまな要素が重なり合って発展していますね。伝統的には,自分自身や他者の気持ちをどのように理解し,共感するのかという点で主観的な世界を基盤に置きます。最近注目されているマインドフルネスも,自分自身の心の動きや身体の反応に気づき,それを大切にする点では主観的世界を大切にしていると思います。

心理士もクライアントさんと一緒に迷いながら成長するというのは,お互いの主観性を大切にし,共感していくことが前提となっていますね。その点では主観性が大切ですね。

しかし,その一方で人間の心理を脳科学によって解き明かそうとする動きもあります。それは,自然科学的で客観的な側面から人間の行動や心理的動きを解明し,心理的問題解決の方法を探るものです。また,統計的手法によって心理支援の効果を客観的に分析し,より有効な支援法を評価する研究も重視されています。それは,AIによる心理相談につながってきています。

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3.診断をどのように役立てるのか?

[下山]臨床心理学は,一人ひとりを大切にして共感的に関わるという点では主観性や個別性が基本となります。しかし,それだけでなく,人間の心理や行動の決定要因を分析し,解明するためには客観性や一般性も重要となります。さらに心理支援の有効性を評価していくためには,統計的な確率論を用いてエビデンスを見出して最適化をしていくことも重要となっています。

一人ひとりの一回限りの人生をテーマとする点では個別性が重要ですね。茂木さんのあのような箱庭も,誰にも創れないですわけよね。でも,どのような問題にはどのような支援が役立つのかという点では,診断という一般的な理解も必要になる。

[北原]そのようないろいろな要素をどのように組み合わせていくのかが難しいですね。個別の心理支援をしていているときに,一般的なエビデンスや診断に助けられることもある。落ち込みがひどくて「死にたい」という気持ちが出てくるケースを担当したことがあります。その状態が,例えば,“気分変調性障害”という診断の症状であるという見方が出てくると,対応の仕方も見えてきます。その症状として抑うつがあり,希死念慮があるとわかっていると,今何が起きているかを理解できる。

インフルエンザのときには,症状として発熱があり,一定時期熱が下がらないことがわかっていると対応しやすくなる。それと同じように,「死にたい」は症状で,それが続き,急に落ち込むこともあると理解できるようになる。どのような場合にどのようにすると有効なのかのエビデンスがあると,割り切って対応して,クライエントさんが,むしろ自分で自分を取り戻すことができるということがあります。

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4.診断ではなく,“トライブ”と考えればよいのでは?

[北原]一般的傾向がわかっていることで,その人の性格や家族関係などの個別的なことを見ることができるようになり,クライアントの主観的世界に,より共感的に関わることもできたりします。性格が「気にしい」なところもある場合,それはその人が人生で創ってきた人との関わり方の部分かもしれません。それは疾患では説明しきれない部分です。一般性と個別性は単純に別物ということはないのかと思います。一般的な診断を知ることで,個別な理解が深まったりすることがある。

[茂木]今の話で思い出したことがある。いろんな人に僕はADHDだと言わる。そのような時に,トライブ(tribe)的な安心感を感じる※)。“一人じゃないんだ!”という感じですね。個別の特殊な事例でなくて,安心感がある。一般の枠組みの中の一人なのだということですね。

※)Tribe[日本語訳]部族,種族,家族,仲間

[下山]なるほど,診断ではなく,“トライブ”という見方は面白いですね。仲間という感じも入ってくる。そのトライブの一員だと考えると,医者による客観的な診断ではなく,そのことでいろいろと苦労している仲間という主観的な安心が出てきますね。とても,新鮮な見方ですね。仲間が増える安心感も出てきます※)。

[茂木]“東大生”というとトライブ的な感じはある。良くも悪くもある種の枠組みに収まる種族という感じ。

※)書道家の武田双雲さんもADHDを自認している。ADHDトライブの一員であろう。
https://shohgaisha.com/column/grown_up_detail?id=2068
https://miranobi.asahi.com/article/17989

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5.箱庭の枠に収まらないことはあるのか?

[茂木]下山さんとは,僕が学生時代に箱庭を作った。箱庭については,河合隼雄先生の話を聞いたことがある。河合先生のところで箱庭を作っているうちに箱庭を窓から捨ててしまった人がいたという話だった。その人は,箱庭を窓から捨てたことで治ったということだった。それは,コントロールの概念に関わっているのかと思う。本来ならば,箱庭も,そこにはある種の秩序が必要だと思う。科学として行うならばなおのことです。そして,秩序を保つためにはコントロールが必要。それを窓から投げ捨てて治ったということは,どういうことなんでしょう。

[下山]箱庭を投げ捨てることでコントロールから自由になったということなのかもしれない。ところで,茂木さんに箱庭は,どれもとてもユニークだった。箱庭の作品を窓から投げ捨てることはしなかったが,それに近い危うさはあった。

茂木さんの作品には,箱庭の枠からはみ出してしまっているものがあった。秩序を保ちつつも秩序からはみ出してしまう不思議な箱庭が多かった。秩序を越えるものを持ちながら,ぎりぎりで秩序を保ってやっている感じ。何とか秩序に入れている。[→冒頭に示した写真1を参照]

[茂木]コントロールが成り立たないところがあるのでしょうね。人それぞれで使うアイテムも違ってくる。自分が箱庭を作っていた頃,自分でアイテムを持ち込んで作るということもあったと思う。あの頃は,皆自由に自分の好きなアイテムを持ってきて,それで好きな箱庭を作っていた。

[下山]いつか,茂木さんの箱庭をテーマとしたセッションをしたいですね。

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6.心理相談はコントロールするものなのか?

[茂木]自分が下山さんと一緒にエンカウンターグループに参加し,箱庭を作った頃の学生相談所は,コントロールを超えていたという感じがありましたね。

[下山]僕が常勤の心理職として学生相談所で仕事をしていた頃は,大学というところが,今よりも雑然として,ある意味自由なコミュニティだった。学生相談所もオープンで開放的だった。学生が自由に出入りする共同体みたいなところがあった。

大学の授業には出席できないけれども,毎日学生相談所にやってきて,談話室に居座っている人もいた。夏と春には,大学から貸切バスで伊豆半島の戸田村(当時)の海辺にある大学の寮に行き,そこで1週間ほど相談員と学生が泊まり込んでエンカウンターグループをしていた。

一日中,潮騒を聴きながら車座で話をして,時々リクリエーションとして海で泳いだり,絵を描いたりした。そこに茂木さんも参加し,僕はそこで茂木さんと知りあった。懐かしいですね。

ただ,今の大学の学生相談所は,そのような共同体といった雰囲気は無くなっているのだと思う。無味乾燥な構造の中で,1時間お話をお聞きしましょうという秩序の中で相談業務をしている。それが今の時代の相談の在り方ですかね。ただし,現代は,どんどんコントロールフリーな情報社会になってきていますね。

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7.ICT活用の心理相談は可能なのか?

[茂木]ソーシャルな関係や自己開示ということは,ある意味でコントロール不能なことですね。人と人との出会いや関係は,思い通りにいかないことも多い。そこで,ICTを使うというのは面白いですね。臨床心理学では,ICTをどのように活用しているのですか。

[下山]今,私の研究室ではICTを用いた心理支援をいろいろと開発し,実践に用いている。ICTを用いた心理支援というと,何か機械的で人工的なイメージがあると思う。しかし,それとは逆で,とても現実的で日常的なところがあるんです。

例えば,このようなZoomでオンライン相談をすると,バーチャル背景を使わなければ,その人が生活の場がそのまま映るわけですね。その人が自分の部屋でオンライン相談をしていた場合,部屋が如何に乱雑であったりするかもよくわかる。ある意味で心理士がクライアントさんの生活の場に訪問して相談をしているようなものです。クライアントさんがお母さんの悪口を言っていたら,急にお母さんが画面に入ってきて,「それは違うだろう」と反論してくるということも起こり得る。

[茂木]それは,面白いですね。バーチャルとリアルな現実との関係ですね。

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8.アバター心理相談の面白さとは?

[下山]ICT心理相談は,現実から離れているようでいて,実際は現実に入っていくという面があります。今,私たち研究室は企業と共同研究でアバター心理相談を実装して展開している。そこでは,アバターで自分を隠すからこそ,本音を語りやすくなるという現象に注目しています。

日本人は建前と本音を使い分けて生活している。会社にいる時などは建前で生きている。心理相談にきても,本音を語るのには時間がかかる。ところが,アバター相談だと,表面的に自分を隠していることで逆に本音が直ぐに出てくる。アバター相談をしていると,“表”と“裏”,“建前”と“本音”の奇妙な両面性が見えてくる。今は,学生もアバター心理相談も利用できるようになっています※)。

※)学生用アバター心理相談の動画
https://www.youtube.com/watch?v=sSaXPEkgizY

[茂木]それ,いいっすね。面白いですね。

[下山]これは,ダイレクトな自己表現,自己主張に価値を置く欧米のコミュニケーションとは異なる日本人に特有のあり方と関連している。海外などでは,「アバター心理相談となると,それでは人間としてのダイレクトな人間的交流ができないでしょう。フェイクなコミュニケーションだから,心理相談できないですね!」となる。それで海外では,アバター心理相談をまともにやっているところないですね。でも,私たち研究室は,本気で取り組んでいますね※)。

※)アバター心理相談「KATAruru」
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z0110_00002.html

[茂木]本音と建前は,日本人にとっては,とても現実的なことですよね。

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9.クライアントさんに一番役立つのは何か?

[茂木]欧米とは異なる日本人に適した心理相談ということは重要ですね。日本の文化や社会制度に即した心理支援や臨床心理学にしていくというローカライゼーションは,重要だけど,難しいですね。

[下山]確かにそうですね。ICTを用いた心理相談を進めることで,その特徴もわかってきている。それで,それを日本の心理支援のユーザーに役立つサービスにするにはどうしたら良いのかを,試行錯誤して考えているところです。可能性は感じています。

[茂木]大事なのは公益性だということですね。クライアントさんに一番役に立つアプローチは何かということ。

[下山]そこがポイントですね。世界の臨床心理学の動向としては,ユーザーであるクライアントさんに役立つサービスとは何かということが中心テーマとなっている。茂木さんも留学していた英国では,特にその方向が明確ですね。私が英国にいた15年くらい前には既に,英国の臨床心理学は,“Hearing voice”と言って「ユーザーの声を聴きこう。利用者の要望はどのようなものだろうかを大切にしよう」ということがテーマになっていた。

[茂木]そのことは,僕も関心があります。2月27日のトークでは,ぜひその話をしたいですね。何か資料とかを出してもらえるのですか。

[下山]そうですね。日本のメンタルヘルスの現状は,医療中心で非常に偏ったものとなっています。WHOから批判を受けた問題状態が今でも基本的には続いています。私の方で,日本のメンタルヘルスの現状に関する資料を用意したいと思います。

それを受けて,私も日本のユーザーに役立つにはどうしたら良いのかというテーマで茂木さんの意見をぜひ聴きたいと思っています。それとの関連でオンライン相談の可能性も議論したい。

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10.当日は参加者の皆さんとも議論できるのか?

[茂木]当日は,オンラインでのトークイベントですね。参加した皆さんからの質問や意見を聴いてデスカッションするということがあるのですか?

[下山]当日は,3時間あります。前半は,茂木さん,北原さん,私での鼎談として,今日話題になったテーマについて議論します。それを受けて後半では,参加者にも加わっていただいてのディスカッションをしていく予定です。参加者は,心理職に限らず多くの方にご参加いただき,多様な議論をしていきたいと思っています。心理職や心理支援についての幅広い意見をお聞きしたいと思っています。

[茂木]それは,良いですね。そういう日本のメンタルヘルスの問題は,メディアでもほとんど取り上げられていません。そのようなことも含めて僕は,どんなテーマでも大丈夫ですからいろいろと議論できたらと思っています。

[下山]了解です。まずは,日本のメンタルヘルスの現状についてテーマにしたいと思います。冒頭で茂木さんが指摘していた医療や医師の独占的なコントロールの強さも話題にしたいと思います。心理療法も臨床心理学も欧米で成立,発展してきた活動です。それを,どのように日本の文化や日本のユーザーに適した形で導入していくかという,ローカライゼーションやカスタマイゼーションについても議論したいですね。

さらに,日本社会においてICTを使って心理支援実践していくことに関しても,ICTの最先端の動向に詳しい茂木さんの意見をお聞きして議論を深めたいですね。現代社会では,AIやIoTの進化を無視して心理支援サービスを考えことは,あまりに非現実的であると思います。

最近では,メタバース※)ということも議論されています。バーチャルリアリティの中でどのように自分という存在を確かなものとして感じ,自分を豊かにし,幸せに生きていけるかということは,臨床心理学の重要なテーマになりつつあります。

※)メタバース
https://secureinc.co.jp/aioffice/media/trend/metaverse-what/

[茂木]いろいろな議論ができること,とても楽しみにしています。

■デザイン by 原田 優(東京大学 特任研究員)

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臨床心理マガジン iNEXT 第27号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.27


◇編集長・発行人:下山晴彦
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