見出し画像

28-2.関係行政論が心理職の分断をつなぐ

(特集 新企画☆注目書籍の「著者」講習会)

髙坂康雅(和光大学)
Interviewed by
下山晴彦(東京大学/臨床心理iNEXT代表)
北原祐理(東京大学特任助教)

Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.28
【講習会のご案内】
■スクールカウンセラーのための関係行政論講座■
—教育分野で活躍できる心理職になるために—


【講師】髙坂康雅(和光大学)
【日程】4月24日(日)の9時〜12時
【申込み】
[臨床心理iNEXT有料会員](1,000円)https://select-type.com/ev/?ev=2GWHY5T-IAA
[iNEXT有料会員以外・一般](3,000円)https://select-type.com/ev/?ev=GVJ81h34QUo
[オンデマンド視聴のみ](3,000円)https://select-type.com/ev/?ev=5DzBH43JxfY

画像1

1.多職種連携の土台として関係行政論

[下山]公認心理師試験では,正解が求められます。しかし,現場の実践では,単純にどこでも正しいといった正解はない。状況に即して妥協し,バランスを取りながら,場合によって正解とは言えない臨床判断をしていくことが求められる。そのため,「公認心理師試験の学習」と「現場で役立つ臨床技能の習得」を分離させずに,どのように両立させるのかは重要な課題であると思います。その点でご著書『深掘り! 関係行政論 教育分野−公認心理師必携−』(北大路書房)※はとても重要となると思います。執筆する際に意識していたことがあれば,教えてください。
※⇒https://www.kitaohji.com/book/b594771.html

[髙坂]公認心理師のキーワードの一つに「多職種連携」があります。教育領域でも保健医療領域でも,実際には多職種連携は難しいことだと理解しています。それを教えるときに,「多職種連携しなさい,でもどうやるかは知らないよ」というのは,“ずるい”と思いました。「多職種連携」のために何が必要かについて色々な考え方があると思いますが,僕としては,法律制度がキーワードになると思います。

学部で学ぶ「関係行政論」は,大学で英語を学ぶのと同じだと思います。これからのグローバルな世界で,海外の人を理解するために英語が必要。学校に入るときは,教育のことをわからないといけない。そのときに心理職が最低限わかっておくべき言語は法律制度だと思います。

[下山]その視点がないと,多職種連携をカリキュラムや試験対策として教えても,知識はますます現場から離れて行きますね。多職種連携のためには,一旦心理職の視点を離れて,法制度という社会の側の立ち,社会の基盤となる仕組みを見ていく視点が大切ですね。そのような社会の視点を得ることで多職種連携の土台を得ることができる。そして,それが,心理職が社会的に活躍するための枠組みになるということですね。

画像2


2.関係行政論をどのように教え,学ぶか

[下山]北原さんは,若手スクールカウンセラーとして勤務していますね。現場での経験を踏まえて,髙坂先生に何か質問がありますか?

[北原]ある程度スクールカウンセラーが活躍する土壌ができている学校では,教師の皆さんは「心理職は役に立つ」,「困った子どもを預けたら手が回らないところを担ってくれて良い結果になる」という成功体験があります。それは,ある意味で「心理学」に基づく活動への信頼感かもしれません。私のような若手心理職であっても,そのような学校にスクールカウンセラーとして入るのは楽な面があります。

一方で,スクールカウンセラーがこれまで入ってこなかった,例えば私立の学校に入ると,先輩方のお力もないところで,ゼロから作るというのはとても難しいと感じています。そのような時に「関係行政論」がヒントになると思いました。ただ,関係行政論は,公認心理師のカリキュラムができてから科目として位置づけられたものですね。私が大学院の頃は,臨床心理士のカリキュラムでしたので,そのような科目はなかった。それで,私は関係行政論を学んでこなかったと理解しています。

そのようなことを考えると,関係行政論という科目ができたけれど,教える側の心理職の教員も教え方を知らないということがあると思います。そうなると,世代には関係なく,なぜ関係行政論を教えるのか,そして学ぶのかを考えないといけないと思いました。そのような中で,髙坂先生はどのように教え方を着想されたのでしょうか?

[髙坂]試験対策として教えることは,ある意味簡単です。第何条にどのようなことが書いてあるのかという発想で問題を作りやすいし,教えやすい。しかし,それでも,やはり「関係行政論を学ぶことは何の意味があるのだ」ということを問われるわけです。

画像3

3.法制度と心理職とのパラレルワールド

[髙坂]そのときに試験のための教育や勉強と割り切るのは簡単です。しかし,そもそも国の法制度とはどういうものかを考えてみることは必要です。というのは,ほとんどの社会活動は国の法制度で動いており,我々心理職もその法制度の上に乗っかっているわけです。でも,これまで心理職は,「法制度」ではなく,「倫理」という別の次元で動いていました。パラレルワードだったわけです。他の職種の仕事は「法制度」の世界で動いているのに,心理職は「倫理」で動いているために,そこにミスマッチがあったのだと思います。

だからと言って,心理職独自の専門性,倫理,プライドが要らないというわけでは全くありません。ただ,パラレルワールドを近づけるために,何をしたら良いかを考えると,やはり法制度に乗ることも必要だとなるわけです。少し前に「心理職だから助言しません」ということが話題になりました。でも,それは,通用しませんよ,ということですね。そもそもスクールカウンセラーがどういう仕事をする立場か,家庭訪問をして良いのかということを法制度の観点から考えていく必要があるわけです。

[北原]臨床心理士が民間資格だったから,法制度への理解が遅れていたのでしょうか。

[下山]しかも,その民間資格の土台がプライベート・プラクティスだった。クライエントが自分のオフィスに来て治療を施すという医療モデルを基盤としたプライベート・プラクティスだったのですね。だから,法制度を前提とする国家資格の職種とは違う発想でした。そもそも法制度を基盤とする仕事という発想が欠如していたわけですね。

実は,髙坂先生のご著書『深掘り! 関係行政論 教育分野−公認心理師必携−』を読むべき人は,心理職を育成する大学の教員ですね。大学教育は,関係行政論の教え方を変えないといけない。法律に詳しい人に非常勤講師として来てもらうというのでも良いとは思います。しかし,教育の質を高めることを目指すならば,このようなテキストを使って法制度のことを教えないといけないと思いました。それは,なんのために5分野があるのかということにもつながっているからです。各分野の区分の根本には,法制度の違いがあるわけですからね。

画像4

4.大学院で関係行政論を学ばなくて良いのか

[北原]教育分野の法制度ということに関しては,学部時代に履修していた教職課程の内容を思い出しました。教職課程は,そもそも法律から成り立っているものなので,教育基本法などがあり,それに基づき,教育がめざすものを学ぶ「教職原論」があり,教育のこの辺りを担う「特別活動論」を学び……となっています。教職科目は,元々ある程度有機的に結びついている印象を持っていました。

今回,公認心理師カリキュラムでは,「関係行政論」が新規に出てきた。しかし,あまり他の科目と関連づけるところまでは行っていないのかと思いました。そもそも「公認心理師は何をめざすのか」,「5分野はどう位置づけられるか」などについて議論されているのでしょうか。学生は,どのようなことを学ぶ機会があるのでしょうか。髙坂先生から見ていらっしゃって,カリキュラムとして抜けている科目や事柄はあると思われますか?

[髙坂]公認心理師カリキュラムについては,学部よりは大学院のほうが問題だと思っています。この本は,実は大学院の授業用に作りました。学部では全25科目の中のたった1科目ですが,「関係行政論」があります。でも,大学院になると,法律や制度を学ぶ科目はありません。

大学院の科目として「教育分野に関する理論と支援の展開」,「福祉分野に関する理論と支援の展開」など5分野における「理論と支援の展開」を学ぶことになっています。しかし,結局,そこで教えられていることは,各分野の現場の実践で必要な知識や方法になってしまいます。そのため,大学院での授業は,受容と共感等々,認知行動療法等々,検査等々など,心理職の技能の学習がほとんどを占めるようになります。本当は「教育分野における理論と支援の展開」などの科目で,法律や制度をしっかりと学ばないといけないのですが,そのような発想がないですね。

画像5

5.結局,法制度を知らずに現場に出る危険性

[髙坂]公認心理師カリキュラムでは,学部から大学院修士課程までの6年間の教育で法律を学ぶのはたった1つの半期科目になっている。だからこそ,大学で心理職教育をしている教員の皆様には,本書を読んでいただきたいと思います。というのは,法制度が他の専門職と心理職をつなぐ共通言語になるという認識を持っていただきたいからなのです。「法律は分からないから教えられない」となると,大学院生は法制度を全く学ばずに現場に出て,結局心理職として役に立たないということになってしまいます。

[下山] しかも,心理職本人は,自分が役立たないと感じても,なぜ役立たないのか,その理由がわからないということにもなる。なぜならば,法制度の重要性を教えられていないから,「法制度を知らないことが問題だ」ということに気づけないですね。

[髙坂]そうです。現場では,いちいち法律や制度は教えてくれません。「実は○○法でこうなっていて,だから〜」と話してくれません。そのような場合には,学校のことはわかっていない心理職と思われてしまいます。だからこそ,法律をわかることを武器としてもってほしいと思います。保険医療分野では,法制度を知らなくても,検査の技能があることが強みになります。しかし,教育分野では,特にそのような技能がないからこそ,法制度を知らなければいけないのです。

[下山]その点で日本の心理職は可哀想ですね。実践の基盤となっている法制度を十分に教わらないまま,自分の所属する大学院の教員それぞれの方針や好みに従って技能教育を受けて現場に出る。そして,法制度とは関係なしに大学院で学んだ心理技能を使おうとする。その結果,学校の教師は,「心理職は何をしに学校に来ているのだろう」ということになる。

画像6


6.法制度が心理職の分断をつなぐ橋となる

[下山]以前に米国のカウンセリングの学会に参加したことがあります。その学会でスクールカウンセリングの活動モデルを提案していました。それは,カウンセラーのためだけでなく,学校や社会に対して「我々スクールカウンセラーはこのような機能を持っています」と説明をするものでした。それは,カウンセラーの臨床技能というだけでなく,法制度を前提とする学校組織の活動の運営にスクールカンセラーがどのように寄与できるのかという発想に基づいたモデルでした。

しかし,日本のスクールカウンセラーの活動にはそのような統一された社会活動モデルがないですね。それぞれの人や団体がバラバラに技法モデルを提案している印象があります。教育分野の制度や法律を前提として活動を組み立てるならば,そこでは統一的な社会活動モデルにならざるを得ないと思います。今は,関係行政論が学部カリキュラムに入って,ようやく統一的な社会活動モデルがスタートし始めた段階かと思います。

[髙坂]法律を理解できれば,法律のこの部分では心理師が役に立てるという説明ができます。今までは,1対1の面接室で行っていたので,心理の世界の論理で話が進んできました。

[下山]しかも,心理職が参考にするのが,フロイトやユング,あるいはベックといった偉い医師が作った理論モデルだったりする。心理力動理論だったり,認知行動理論だったりするわけですね。それが,まるで“法律”のようになって心理職の発想や動きを縛っている。そうなると,学派の対立が国同士の争いのようになって仲間割れや分断が生じてしまうわけですね。

[髙坂]だから,学校の教師から見て,心理師は何をしているか,何考えているかがわからなくなるんですね。ここでは,「私たち心理職はこれができます」ということを,法律に基づいて主張できることが必要だと思います。

[下山]なるほどです。法制度は,さまざまなレベルでの分断をつなぐ橋になるわけですね。

画像7

7.「法制度」と「実践」をつなぐテキスト

[髙坂]もう一言いいですか。「関係行政論」のテキストは,既に何冊か出版されています。ですが,「関係行政論」になった途端に法律しか書いていないんですね。この法律を学んだならば,それをどのように使うかが書かれていない。つまり,法律の知識が実践に結び付けられていないのです。

今回私が執筆した本『深掘り! 関係行政論 教育分野−公認心理師必携−』(北大路書房)で意識したのは,法制度の関連する事例を提示し,法制度と実践をつなぐワークを掲載しているところです。法律を学んで,この法律に基づいて,事例をどう考えるかというしくみになっています。「本当に法律に基づいているの?」という考えができるようになっています。どうしても従来の本で抜けている,現場との接続のなさを補っているという自負があります。

[下山]テキストとして,授業がしやすいように工夫をされていますね。本当に利用者フレンドリーだと思います。その点でとても新鮮で,インパクトの強いものだと感じました。それが,本書をテキストとして研修会をしたいと思った理由です。

[北原]心理職のアカウンタビリティと聞くと,ついエビデンスを最初に思い浮かべてしまいます。例えば,この技法の効果量はどの程度かという議論です。しかし,それだけでは,心理学の内輪の論理に聞こえてしまうかもしれません。現場では,「自分たちはこういう法律に基づいてこういう動きをしています」という説明責任という意味でのアカウンタビリティも大切ですね。私自身,法制度をしっかりと学んでこなかったので,自分の弱点でもあると思いました。多様な観点から説明責任を理解し,それを示していくことが必要であると思いました。

画像8


8.改めて行政論を学ぶ意味とは何か

[髙坂]現場においては,いつ,どのような場面で,どのように心理職が介入するのが適切なのかについてのガイドラインは,法制度に基づいて作成されていることが必要です。もちろん心理支援の方法についてのエビデンスを考慮することも必要です。しかし,それだけでなく,心理職は,法制度に基づいて支援や介入の適切性を判断するガイドラインを学ぶことが必要だと思います。

例えば,法制度の観点からスクールカウンセラーは家庭訪問をしてよいことになっています。しかし,学校の教師も心理職も,スクールカウンセラーは家庭訪問をしてはいけないと思っていることが実は多いです。文部科学省は,「家庭訪問をしてよい」と言っているわけです。その説得性を持たせるため,そしてアカウンタビリティを果たすために,法制度に基づくガイドラインをベースにすれば,みんなが乗りやすいと思うのです。

[下山]最近,心理職の団体などから “スクールカウンセラーの常勤化” を求める声が強くなっています。しかし,スクールカウンセラーのアカウンタビリティを示し,さらにそれを実行できる心理職を育成できていなければ,「スクールカウンセラーが常勤で配置されても迷惑かも」と思う学校や教師は少なからずあると思います。ある校長は,「コロナ禍対策で忙しい時に,役に立たないカウンセラーが増員されて来て対応に困った」ということも漏らしていました。

[北原]法制度に基づくアカウンタビリティがはっきりしないまま介入した場合,逆に「心理職が言ったからやったのに」と言った非難を受けることもあると思います。例えば,「いじめがあった場合にはその対応の全て記録を取る」ということは,法制度として示されていると思います。それがガイドラインとして共有されてないと,「スクールカウンセラーが言っているからとりあえずやる」となり,一緒に対応しようとしているのに,何かトラブルになった時には,スクールカウンセラーの責任ということになることもあるかもしれません。

[下山]法制度を知らないと,心理職は,あるときは利用され,あるときは無視され,あるときは責任を取らされるといったことが起きてしまいますね。その点で心理職が社会的にもリーダーシップを取るためにも,活動の基盤となる法制度を知っておくことが必要ですね。

■デザイン by 原田 優(東京大学 特任研究員)

画像9

目次へ戻る

〈iNEXTは,臨床心理支援にたずさわるすべての人を応援しています〉
Copyright(C)臨床心理iNEXT (https://cpnext.pro/

電子マガジン「臨床心理iNEXT」は,臨床心理職のための新しいサービス臨床心理iNEXTの広報誌です。
ご購読いただける方は,ぜひ会員になっていただけると嬉しいです。
会員の方にはメールマガジンをお送りします。

臨床心理マガジン iNEXT 第28号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.28


◇編集長・発行人:下山晴彦
◇編集サポート:株式会社 遠見書房

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?