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「公式」の立場からマスター文化・転載について考える

 はじめまして。いねと申します。映画を中心に、エンターテイメントの世界で宣伝の仕事をしております。
BTSの魅力にどっぷり浸かってもう2年。もともと「防弾少年団」の名前も存在も、曲もある程度は認知していましたが、能動的にコンテンツを見ることはありませんでした。しかしある日、リリースされた直後の「ON」のMVを何の気無しに再生したことがARMY人生の始まりでした。

 エンターテイメントの仕事をしていながら、俳優にも好きはあれど熱烈な推しを作ることなく、ただ音楽だけは好きでいろんなバンドのライブに気が向いたら行って、と細々追うだけの日々。誰かの言葉や活動に元気をもらい、慰められ助けられるという初めての体験に「誰かの熱烈なファンでいることってこんなに楽しいんだ!」と彼らのおかげで得た気づきがとてつもなく大きいです。

 彼らの何がすごいかはもはや皆さんが素敵に書き連ねてくださっているので、説明不要かと思いますが、私はBTSを追うようになってから日々その恐ろしいまでの情報、コンテンツの排出量に驚いています。
そもそも3、4年に一度新譜が出たりライブをやるハイパーマイペースなバンドをかれこれ15年くらい気長に見守っているのが一番の推し活、という、推し活偏差値赤ちゃんレベルの人間からすると、BTS関連のTwitterアカウントをフォローした最初の1週間で与えられた凄まじい情報解禁に、スピード感に、これが…世界…!?とめちゃくちゃ戸惑いました。

これだけの音源、画像、映像、文章、商品、タイアップの情報が毎日のように流れてくるのはつまり、企画、準備、撮影収録から解禁までのスケジューリングの緻密さ、計画性が凄まじいということですよね。(ビハインドの多さにも驚いています。)メンバーもそうですがそれに関わるスタッフも、忙しさで倒れないか勝手に心配しています。
アルバムリリース1つ取ってもティザーやスチール、コメント動画が何日にも渡って解禁されていくのを見ていると、潤沢な素材が話題を作り、そしてARMYを喜ばせるのだということを公式が深く理解していると感じています。
今まで個人的にアイドル、それもK-POPに深く触れてこなかったため、こんなに多くの素材や衣装、シチュエーションを展開してのプロモーションは体験したことがなく、まずここがいちばんの衝撃でした。

 さて、昨年末のLAコンに続き、彼らのホームであるソウルコンもSNS各所で連日盛り上がりましたね。やっと本国のARMYたちと再会できたことがなによりも嬉しく、7人で、という熱い意思のこもった圧巻のセットリストでした。私も公式、各メディアが掲載するスチールや映像を見ては「落ち着いて安全になったら、日本にもきてほしいな…」という思いが膨んでいます。
それと同時に、年末に投稿された公式からの注意を思い出しました。ざっくりと内容を掻い摘むと「公演中、オフィシャルじゃない一般の方の撮影行為、画像、動画のSNSへの転載が沢山出回るけど、それメンバー肖像権と著作権の侵害だからやめてね!」といった内容。もとより公式は呼びかけていたとは思うのですが、新規も増えた久しぶりのオフライン公演ということもあり改めての声明。マスター文化を含め推し活を楽しんできた方々にとっても、わりと衝撃だったのではないでしょうか。

 私がBTSを応援するようになってからずっと悶々と考え続けていた「マスター文化」並びに画像の転載について、これを機に自身の見解を整理しました。末端ではありますが映画の宣伝という、芸能事務所ともそれなりに近い位置にいる人間から、なぜオフィシャル以外の写真が出回るとまずいのか、というお話しをしようと思います。もしかしたらマスター文化ありきでファン活動を楽しんでいる方にとっては、耳の痛い話かもしれません。
あくまで私個人の感じたことですし、まだまだARMYになって日が浅い新参者…間違いだったり認識、感じ方の違いなどあるかと思います。これが事務所の意向です!!なんて言うつもりも毛頭ございません。ただ、芸能事務所だったりオフィシャル側ってこういう考え方だったり立場上こういう言い方をしないといけない場合があるんだよ、といった事例として汲み取っていただき、ファン活動を考える際の材料にしていただけたらな、と思っております。今回の内容として散漫になるので、法律的な部分(肖像権とか)の深い話題にはなりません。

 マスター文化…K-POPを追いかける以上避けては通れない文化ですよね。率直に言うと私はこのマスター文化に関しては賛同できていないです。私は最初このマスターという存在にも大変驚愕しました。
ハマりたての頃、とにかく彼らの情報が欲しい私はSNSで彼らの名前などを打ち込んでは先輩ARMYが語るエピソードや動画のURL、ファンアートを漁っていて(もうそれがものすごく楽しい)検索の手が止まらない状態でした。
そこで同じく流れてくるライブ中の明らかにオフィシャルカメラではない映像や画像がバンバン流れてきて。これ、会場にいるファンが撮ってるものだよね??なんかロゴとか入ってる!どこかのメディアなのかな…あ、違うのか…え?いいの!?とまずはそこで驚き、クオリティの高さにも驚き。そしてそれがある程度「当然のこと」としてファンが享受していたのも本当に本当に驚きでした。(本当に驚いてばかりだな!)
だって今まで自分が仕事で関わってきた作品、役者、アーティスト、アイドルにしてもそういった撮影行為や画像の転載に対する認識がこんなに良く言えば「おおらか」な界隈を見たことがなかったから。(野外フェスは個人撮影OKなどの区分を設けるバンドは度々見かけましたが…)彼らのファンダムが世界規模と巨大になりすぎて、国によっても文化や考え方が違っていたり、もはや統制が取れないというのも大きな要因だと思いますが…

本当に長い前置きをしてしまいましたが、曲がりなりにも公式として情報を発信する立場の仕事をしている身から考えた、個人撮影のライブ画像/映像のアップロードにまつわる危険性についての話をしようと思います。

いきなりですが、みなさん「『〇〇』という映画の舞台挨拶が行われました」といった内容のニュースをWebでご覧になったことはありますか?そこには大抵イベントの様子を記したレポートとともにキャスト陣が映画のタイトルの描かれたパネルを持った集合写真だったりそれぞれの1ショットが掲載されていたりしますよね。
なぜそういったイベントをするかというと、映画側は公開前により多くの人に作品を認知してもらい、盛り上げ、あわよくば映画館に足を運んでもらうことが目的だからです。
そこでイベントの様子をおさめた写真や映像をオフィシャルカメラマンが撮り、ニュース化して紹介してね、と各マスコミに提供する素材をチェックするという作業が入ります。
スチール(写真)を例に挙げると事務所には「このタレント、俳優はこういうイメージで売っていこう」といった判断基準が少なからずともあり、マネージャー、稀にですが時には本人が写真を見てNGがないかを確認しています。
本人が「この角度、表情はちょっと…」「このパーツが強調されちゃうのは嫌だな…」といったコンプレックスを抱えている場合、そういった画像は全て省かれます。
なぜ写真チェックが発生するかというと、それが世に出回ること自体がキャストのストレスになってしまう可能性があるからです。NG事項については全く気にしない人から、ここだけは!といったピンポイントな要望のある人、ファンに完璧な姿をお見せしようと細かい部分までしっかりチェックする人など千差万別です。
例えば自分の顔や体のパーツに対して「もっとこうだったらいいのにな」と思っていて、「そんなに気にすることじゃないよ!」と慰められたからといって完全に気が晴れるわけではないのと一緒です。完璧に見える芸能人だって同じ人間。何かしらのコンプレックスを内包している可能性があるのです。
そして「今回はこういった雰囲気の写真でアプローチしたいな」という方向性から脱線したイメージのものも省かれます。作品として、または事務所として一丸となって積み重ねてきたイメージがたった1枚の画像で台無しになってしまったらガッカリですよね。

 そういった本人、事務所の意向を汲み取ったチェックポイントを通過したものがオフィシャルのスチールとしてやっと世の中に排出されてくるわけです。※注1
オフィシャルムービー(動画)については長くなるので割愛しますがスチールより色々シビアになります。スクショ(静止画化)と併せ、余裕があればこちらもダラダラと書いてみようかと思います。

 ざっくりですが以上がオフィシャルというもので、じゃあマスターが撮った写真はどうかというと、みなさん本当にとてつもなく綺麗でレタッチひとつとっても素晴らしい技術をお持ちですよね。それでもオフィシャルのチェックが入っていない時点で、事務所の意図していない露出をしている可能性、メンバーがストレスに思ってしまう可能性を秘めているのは否定できません。
「こんなに綺麗なんだからメンバーだって喜ぶはず!」「推しは完璧だからそんなこと気にしないよ」という意見もあるかもしれません。確かに多くの写真や映像はそうかもしれません。でも上で紹介したように、人は何がコンプレックスに感じるかは本人にしかわからないため、自分の「好き」がその人の「好き」とイコールには決してならないと思います。そんな写真が排出され、拡散されていたとしたら。BTSは気にしなかったり慣れっこかもしれませんが、優しさに甘えて私たちが厚意に包まれた無自覚で傷つけてしまっていたら元も子もないなあと思うわけです。
そしてもし個人の投稿から本当にこれは削除してもらわなきゃ…といった内容のものが万が一にも出てきてしまった場合、事務所が個人撮影のコンテンツの掲載を許可、容認しているような態度をとっていると「他の人も同じようなことをしてるのになぜ自分だけ規制されるのか!」という反論を受けやすくなってしまうのです。マスターのなかには長年推し続けての関係性もあるのかもしれません。それでも事務所が提示したルールを守っているファンがいるのも事実、区別して容認はしない、という姿勢を示すことはアーティストを守る事務所として、あたり前のことですがとても信頼できると思いました。

 「今まで応援してきて有名にしたのはマスターさんや動画を拡散してくれた人たちなのに」という意見をSNSでもたくさん見かけましたがいや、ちょっと待ってください。
ライブという限られた時間、空間で行われるリアルタイムのエンターテイメント自体にも価値があり、それがチケットの料金にも含まれていると思います。確かに好きな人のかっこいい姿は全部見たい。この気持ちはとてつもなくわかります。私が富豪だったらどこへでも行って全通したのに(チケットが取れるかは別問題だぞ、目を覚ませ)とか思いますよね。
でも何ヶ月もかけて準備してきたパフォーマンス(言い換えると商品)がSNSで無償で拡散されることは、彼らのパフォーマンスの価値を下げていることにもなりかねないのです。メンバーだけでなく、振付け、演出、音響、カメラワーク、ライティング、特効、衣装、メイクなど、これ以上にも本当の大勢の人たちが関わって完成されるプロフェッショナルの仕事があっけなく、一部だとしても無料で、しかも公式ではない提供で観られてしまうことが果たして良いことなのか、最近はずっと考えています。
オンラインチケットを買うかどうか迷っているライト層(ここを獲得できるかが大きな収入の変動だったりします)が「どうせSNSで無料で見たいとこだけ見れるならそれでいいや」といって購入しなかったり、ライブというその瞬間でしか観られないものがジェネリックとしてばら撒かれてしまっている状態…同じことが自分が何ヶ月もかけて色々仕込んだ映画でも起こったら発狂してます多分。

きちんとアーティストのメンタルや権利、利益、尊厳を守ると言う意味でも、大手であるHYBEのお達しはBTSだけでなく、後輩や他のアーティストにとっても、エンタメ界においてもとても重要だったと思います。
確かに過去にはマスターによる宣伝活動に助けられた面もあると思います。それでも今現在のBTSがそういった個人の撮影したコンテンツによる宣伝を必要とするかというと、そのフェイズは既に抜けていると思います。むしろエンタメ界のお手本としての姿勢を見直し、公平である態度を貫かなければいけない立場まで登り詰めたのではないでしょうか。そして実際マスターの写真や動画が流れてきたらどうするの?というところですが、できることといえば「拡散しない」ぐらいでしょうか。

 そして私たちARMY側も「楽しめるのなら何をしてもいい。善意でやっていることだしみんなも喜ぶはず」というちょっと強くなりすぎた愛から、他人を思いやる心を少しだけ引っ張り出してみてほしいと思いました。
過密なスケジュールをこなし当たり前のようにたくさんのコンテンツを次々と送り届け、愛情として届けてくれるありがたさは、当たり前のものではなく、とても価値のあるものだと思います。

 もちろん彼らの全てを持ち上げるのではなく、リリースされた商品やコンテンツが好みでなかったらはっきりと自身の意見を言うべきですし、彼らがもし間違ったことをしたら正すのもARMYにしかできないことですよね。過去の彼らの色々な失敗談やそれに真剣に向き合ってきたARMYがいること、SNSで語られるエピソードの数々に学んだことはたくさんありますし、すごくいい関係性を築いてきたのだなと思います。だからこそ新参者ですが、いちARMYとして、現代の推し活のなかにはもしかしたら知らないうちに相手を傷つける可能性があることを知ってほしいという気持ちがあり、このnoteを書くに至りました。

 健康的な推し方は、世界が引いた風邪からゆっくりと回復に向かい、エンターテイメントが徐々に活気を取り戻しつつある今、とても重要になっていくかと思います。

※注1
あくまで日本の映画のプロモーションを一例としています。
オフィシャル素材を提供するのはイベントに来なかった媒体に向けての配布目的なので当然取材にきた媒体は独自で撮影して記事にします。これはプロが撮り素材をきちんと扱うという信用により、チェックは無しの代わりに確実に大勢が見るメディアでニュース化し紹介してもらうというwin-winの関係が成り立っているからです。

〈本筋とは関係ないちょっと脱線した話〉

 ちなみに映画の舞台挨拶なんかは30分程度が主流ですが、オフィシャルスチールは500〜多い時で2000枚ほど上がってきます。ライブは2時間半以上&メンバー7人、しかも複数日。どれだけスチールカメラマンを入れているかによりますが、おそらく途方もない枚数になっていることでしょう。それだけの数に目を通してしかもレタッチも入れていることも考えると、本当に時間がかかって当たり前というかむしろ、にしては早くて丁寧な仕事をしているなと思っています。
公式からの写真を早く見たい気持ちもわかりますが、多分最終決定を下す人も日々の仕事で写真だけを見ているわけがないので、度々見かける過度な催促&仕事をしていないような言い方(=だからマスターが必要、という意見)について、私は「ARMYのブラック企業化」と呼んでいます。こんなに手厚く提供されてるのに!?て純粋に白目剥いちゃいます。

 今回はマスターのライブでの撮影行為に重点を置いて話題にしましたが、そのほか金銭が発生するものはアウト中のアウトだと思っています。「公式と同じ時期に出す非公式シーグリ」とか全然意味わからん。「悩んだけど公式のほうは買わないでマスターさんの買お♪」といったツイートも時期になると見かけますが、「ARMYの競合化」(ちょっと違う)ですこれはもう。色々とダメな理由はほかにもあるんですが推し活のつもりがむしろ妨げになっとる…。
 マスターの提供するものがいくらクオリティの高いコンテンツだろうと、宣伝に繋がろうと、私が公式だったら「いや、普通にメンバーみんなで取り組んだ公式の買ってもらえませんか」って思っちゃいますね。
 HYBEがどういった雇用形式をとっているかは知りませんが、例えを挙げますね。何かのコンテンツのためにメイクさんを雇ってギャラが発生したとします。そのメイクさんはその日のそのコンテンツのためのコンセプトを決め、使用するコスメを決め、技術や拘束時間を加味した金額設定で契約を結んでいます。それに対して何も対価を払っていない人が勝手に写真を撮ったり画像を加工して利益にしているの、どう考えてもヤバくないですか?
エンターテイメントは慈善事業でもなんでもなく、本当に莫大な人員と時間とお金がかかっていて、ビジネスとしてそれを回収して利益をあげることが目的です。こうして書くと冷たい現実がチラついてしまいますが、そのリアルの中に多くの人を楽しませる夢が詰まっているからこそ、エンターテイメントは難しく、面白いです。




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