綺麗な月夜

この1週間、私は苦しかった。精神的にも、体力的にも苦しかったことはあるのだが(むしろそれはこの1週間の話?)、ここではそのことを話さないでおこう。しかし、話させてくれ。
――彼のことを。

彼は歴史に存在しない人物になっている。いわゆるオリジナルキャラクターだ。きっと先週多くの人の心を苦しめた小麻呂もそうなのだが、無事に目の前に現れてくれた。オリジナルキャラクターは死にがちを回避してくれた小麻呂だが、彼はどうなるのだろう。
おっと、彼のことを考えると苦しくなるがゆえに紹介が遅れてしまいました。彼とは直秀さんです。現在放送中の大河ドラマ『光る君へ』に出てくる散楽の人で、義賊。

散楽は今で言えば小劇場で活躍する劇団に近いのでしょうか。そして、義賊は金持ちから盗みを働き、知らぬ間に庶民にその盗品を与えていく。
かつてタイガーマスクと名乗る人物がランドセルや多額の寄付を行ったニュースが世を賑わせたけれど、残念ながら直秀たちの義賊は盗品でそれをやっている。つまりは犯罪だ。人々が喜んだり幸せになっていたりしても、平安でもそのようなチャリティのやり方はやはり認められていない。しかも、ついに捕まった盗みの場が道長の邸だった。
道長というのは誰もが1度は聞いたことがあるであろう藤原道長。平安の世で今後トップになる人物だ。そんな人の家で盗みを働くなどギャンブラーだなぁと思ったそこの方。ぜひ光る君へをご覧ください。のちのトップになる人物だからまずい事態ではないんです。

道長と直秀は、本当の親友になれるはずの関係だったのです。もしかしたら、まひろを巡って恋敵になるかもしれなかった。少女漫画でたびたび登場するこのふたりの関係性は、のちに紫式部となる人物の紫式部以前のことがあまり知られていないからこそできたのだろう。だからこそ登場できたオリジナルキャラクターである直秀なのだが、道長の周りにもちろん史実上そのような人物はいない。

脚本を手掛けている大石さんは、確かどこかで直秀が登場した理由に貴族だけの話にしないためだと話していた。まひろこと紫式部も出自は下級いえど貴族である。貴族の話だけにしないために、虐げられていた庶民の話を取り入れて物語に偏りを出さないようにしたという。ならば今後も直秀は出てくるとは願いたいのだが、直秀の人物紹介にはまひろに影響を与えた人物であるようだけれど、道長に対しては特に書いていないのだ。
父や兄、姉までも権力の渦に入り道長も巻き込まれ苦しみ始めている中で、あんなにもフランクに話せる相手である直秀は道長にとって身分の違いはあれど心許せる仲になれるはずだった。最近わかった弟だなんて皆に紹介して、身分の垣根を超えて打毬の中にも入っていたのに……。

藤原道長のイメージと言えば、平安の世で、あれだけ学生を困惑させる藤原の世界でトップに立った人だ。彼には有名な歌があるけれど、その歌を説明するときに「まさに権力を手にした貴族の歌ですね〜」なんて言っていた先生がいた気もする。私も歌はこの大河まで思い出すことなく生きてきて、いざ始まってこの歌と再会するのだが、初登場時の道長のまっすぐな眼差しからはあの歌がのちに彼から生まれるなんて思いもしなかった。権力なぞ似合わぬ青年だった。
その男がのちにこの世だの望月だのと歌うのだ。望月とは満月のことだ。今放送中の道長は、満月よりも欠けた月を見つめてはまひろのことを思っているのだ。この純情な青年が終わりを知らぬ渦のような世の中で最高権力者になるには、やはり闇落ちしないとならないのか。その始まりが邸に盗人として入り捕まった直秀を見つめるあの道長の表情であるのなら、なんとも悲しい出会いだ。

この『光る君へ』はまるで少女漫画のような胸の苦しみを観る者に与える。胸キュンよりもずっしり重く、それは苦しくて仕方ないものだ。なぜなら、私たちは紫式部と道長が結ばれないと教わってきたからだ。正直に言えば、私は藤原道長が紫式部が世に出ることを助けたことをこの大河ドラマの説明で知ったほど。実らぬ恋が今この物語を紡ぐ大事な軸になっているからこそ苦しくてたまらないのだ。
そこに恋敵のように現れた直秀。まひろと良好な関係を築くだけでなく、道長にまひろを傷つけるなと言いながらもまひろと結ばれるように手助けするキューピッドのようなことをする。道長にとってだんだん心を許しつつある直秀が、実は貴族を狙った盗人だった。心の友が宿敵だったなんて、なんと王道な少年漫画か。この状況にも苦しくなるのだ。

こんなに苦しみに苦しみを重ねられて、予告では直秀は脱獄したようだけどここが王道の少年漫画だったら、許した瞬間に殺されてしまう。許さずともあの山の中の直秀の表情のあとにグサッと刀が彼の体を捕える画が浮かんでしまう。戦が程遠いと感じていた平安の世だが、生死の争いがとにかく色濃い大河ドラマである。私は小麻呂以上に直秀が心配で今週は苦しみ、今これを書いている時点でBSでは直秀がどうなったのか答え合わせが行われている。明日が月曜日であることより、明日には彼のその後がわかってしまっていることが怖い。

オリジナルキャラクターであれば救われるのではないか。例えば道長が主となって直秀を情報屋として雇うこともできるだろうと考えた。身体能力も高いし、案外貴族にも馴染めていたからだ。そのことに理由はあるのかもしれないことも気になるのだが、大河ドラマではオリジナルキャラクターは死にがちだという話を聞いた。私が思い浮かべた大河ドラマでも、男性オリジナルキャラクターは確かに死にがちだった。もう絶望でしかない。
さらに言えば、『光る君へ』には今後松下洸平が出てくるという。『最愛』を観ていた私にとって歓喜なのだが、松下洸平の役はオリジナルキャラクターであり、越前で出会うという。直秀が都から離れようとしていたことを思い出して、歓喜を覆いかぶさるようにまた絶望が襲ってきた。

ここまで来ると毎熊さんの髪型チェックで今後出てくるか判断しようと企むが、かつらだってあるわけだし、別のドラマに出るにしてもそういえば黒木華だって昨秋思いっきり他局のドラマに出ていたじゃないか。しかも、倫子は長生きしたと聞けば髪型チェックなんて意味などないだろう。
こんな状況なので、本当に直秀が生きていてほしいと神にも仏にも星にも、月にも願うものだ。そして、直秀が以外にも魅力的な登場人物ばかりなので、直秀が心配で観るのが怖くても放送が楽しみで仕方ないのである。

20時からの放送で私の心がどうなるか。その行く末を皆様が知ることがあるかはわからない。
ただ、直秀は実在したんだと信じたい。オリジナルキャラクターではあるけれど、もしかしたら本当に道長と紫式部を結びつけるキーパーソンとしていたのかもしれない。そんなことを考えさせる彼を私は忘れない。だから、まだ秘蔵っ子として生きていてくれ……!!!!

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