大人の選択

新たなお酒に挑戦する場所はどこにあるのだろう。上司や家族に薦められた。友人とノリや勢いで注文する。そんなことを考えたのだけど、いざ自腹切って試すとなると勇気がいる。酒いえど飲み物で、口に合わなかったら食が合わなかったときと同じくらいショックを受けるのだから。
そんなことを考えて、私はいつも入場時に500円と変えたコインを握りしめてソフトドリンクを頼んでいた。ペットボトルだとドリンクホルダーのストラップももらえるし、実際得するのはソフトドリンクだと思っていた。それが私のライブハウスの流儀であった。

流儀であった、なのだ。

実は数年前からその流儀が変わりつつある。私はライブハウスでアルコールを頼むようになったのだ。きっかけは、六本木にあるEXシアターだ。
EXシアターでライブを楽しんだあと、長蛇のドリンク交換の列にいつものように並んでいた。炭酸ドリンクにしよう。何があるかな。そんなことを考えていた時、見えたアルコールのメニューに驚いた。確かその時は10種類は超えていたのではなかっただろうか。しかも、ビールやサワーだけでなくハイボールの種類もいくつかあったのだ。
今まで行ったことのあるライブハウスはビールとサワーが数種類だった。ライブが終わった後とはいえビールよりも爽やかに締めたいし、サワーは正直苦手だった。そして、ライブを楽しんで空腹の体にアルコールを入れるのが怖かった。ゆえに、私はドリンクコインをアルコールに変えてこなかった。しかし、たくさん種類があるというだけでどれだけときめいたことか……!!!
その中に見つけた不思議な飲み物がある。

コークハイ

当時の私は居酒屋に行って見るメニューの中にハイボールは眼中になかった。ウイスキーを得意としていなかったからだ。そんな私は初めてまともにアルコールのメニューを見て、コークハイを見つけたのだ。コークということはコーラが入っているだろう。ジュースと酒が混ざり合っている。世では不思議でもなんでもないアルコールのメニューだけど、私にとっては初めての衝撃のネーミングだったのだ。
そのネーミングが頭から離れなかった私は、猛スピードでこう考えた。ソフトドリンクもアルコールも同じ値段。しかも、このドリンク代は払わなければならない致し方ない予算である。失敗しても成功しても今さら取り消しができないもの。ならば、挑戦しよう。


「コークハイ、お願いします!」


笑顔で渡されたそのドリンクに私は衝撃を受ける。コーラが入っているのだから予想はついていた色ではあるが、ハイボールの黄色ではなくもろにコーラの色だったのだ。これが、コークハイ……。
恐る恐る飲んだ一口はコーラだった。でも、グイグイと飲み勧めていけば確かにアルコールの存在が分かる味。コーラのおかげなのに、うっかり私はウイスキーが飲める人間なのだと勘違いしそうになるほど、プラカップ片手に少し大人になったことへの上機嫌と夜の六本木の街を今思い出している。
この大人の階段が嬉しかったのか、私はコークハイの美味しさを母に語った。その母は当たり前のように「飲みやすいよねー」、「ついついあれは飲んじゃうよねー」とまだまだあんたはあまちゃんやなと言わんばかりにかつて飲んだコークハイの感想を述べたのだった。 

その後、私がライブハウスで酒を覚えていく……というプロセスが繰り広げられるかと思われるだろうか、世は甘くない。ライブハウスに行く機会というのは1年に1度あればいいほうで、そんなに多くない。そして、このあと新型コロナウイルスの感染拡大があってアルコールの提供はしばらくなくなった。
今ライブハウスでアルコールを提供しているところはあるかもしれないが、私の記憶上すでに出来合いの缶タイプで提供されるかたちになっていたと思う。あのコークハイが今復活しているかはわからない。
アルコールがなくてもライブは楽しい。でも、ふとライブハウスからの帰り道にコークハイを思い出す。あの時のライブそのものが素晴しかったこともあって、より胸の中に甘酸っぱさを感じる。あのコークハイは、私の大人の初恋の味だったのかもしれない。

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