つげ義春と妖怪背景

 「ねじ式」で有名なつげ義春は,本作をはじめ,多数の秀作を残している。
 それらの作品はもちろんであるが,私が特に心惹かれるのは,彼が水木しげるのアシスタント時代に描いた,数々の妖怪画の背景である。
 不思議なものや妖怪が大好きであった私は,小学校の頃に親からたくさんの水木作品,特に妖怪図鑑のような書籍を買ってもらい,毎日のように読んでいた。
 その時に私がとり憑かれたのが,水木作品中に描かれた妖怪の背景である。彼の描く妖怪も,もちろん魅力的であったが,その背後に描かれたメインの妖怪とはアンバランスで精緻な背景に私は惹かれ,何か心の落ち着きを感じていた。
 暗いタッチの中に,細部まで描かれている茅葺屋根のわらの一本一本や,暗闇の中の草木を見ていると,何か永遠にそこで時が止まっているかのような感覚を覚えた。ずっと眺めていられる情景であった。
 当時は,もちろん水木しげる本人が背景もを描いているものと思っていたが,実はつげ義春が描いていたことを知ったのは,自分が大学院に入ってからのことであった。
 私の好きなつげ作品には,「ねじ式」以外にも旅に関する作品や私小説的なものも多くある。それらの魅力についても今後書きたい思うが,それら作品で表現されたヒトの悲哀や不条理が,水木作品での背景に投影されているのではないだろうか(水木しげるのアシスタントとして背景を担当していたのは,すでにつげ義春本人がこれらの作品を世に出した後である)。
 この二人の天才がコラボレーションできた作品が見られたことは,その後の私の絵画嗜好に少なからず影響を及ぼしている。
 これからも,心地よい「時間が止まる」感覚に浸りたい時は,妖怪図鑑を見ることになるだろう。

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