"ドージング・スペシャリスト”という存在
アメリカでは州によって医療大麻が合法である、と聞くと、それはつまり病院で医師が医療大麻を処方するということだと考える人が多いと思いますが、実はそうではありません。 アメリカでは今も連邦法では大麻は一切禁じられており、そのため、大学の附属病院や公的資本が入っている病院の医師が医療大麻を「処方」することはありません。ある患者の疾病の治療や症状緩和に大麻が有効である可能性がある、と医師が判断した場合、医師は医療大麻を使うための「推薦状」を書くだけで、患者本人が推薦状を持ってディスペンサリーに行き、実際に摂取する大麻製品を選ばなければなりません。具体的な用量を指示する医師は、私立のクリニックを開業している医師、あるいは自然療法医のごく一部です。
何を、どうやって、どれくらい?
患者にしてみれば、医師の「推薦」はもらったものの、ではどういう製品をどれくらい摂ればいいのか、ということがわからなければ話になりません。ディスペンサリーにはバッドテンダーと呼ばれる人がいて、客の相談に乗るわけですが、バッドテンダーは医療従事者ではありませんし、資格も要りません。バッドテンダーの経験が長く、製品の特徴や効果を熟知し、医療目的で使う患者からのフィードバックをもとに的確なアドバイスができる人もいれば、昨日バッドテンダーになったばかりの人まで、そのクオリティはさまざまです。(ただし州によっては、医療大麻製品を扱うディスペンサリーには、医療大麻コンサルタントの資格を持つ人を配置するよう義務付けているところもあります。これは州政府が認める資格です。)
たとえば難治性小児てんかんのように、医療大麻の効果がきちんとした臨床試験で確認され、その結果が論文として発表されて、治療薬が医薬品として認可されている疾病に関しては、用量に関する一定のガイドラインが存在するわけですが、がんの治療となるとそうはいきません。そこで重要になるのが "ドージング・スペシャリスト" の存在です。
マラ・ゴードン
先日の記事でも紹介した『WEED THE PEOPLE』という映画には、マラ・ゴードンという女性が登場します。映画の中でマラは、小児がんと闘う子どもたちに、摂取するカンナビノイドのタイプやその用量、摂取するタイミングなどをアドバイスしています。そして彼女は自分のことを "ドージング・スペシャリスト" と呼んでいます。
彼女自身が患者として医療大麻に救われた経歴を持つマラですが、そのバックグラウンドはエンジニアであって、医学を学んだわけではありません。医療従事者でもない彼女が医療アドバイスを行うことを批判する声は常にありました。映画の中では本人が、「私は医療を学んだことはないけど、経験というもっと大事なものがある」と言っています。そうなのです。患者の立場から見れば、法律に縛られて患者に実際に医療大麻を使ったことがない医師よりも、患者とともに試行錯誤しながら、実際に医療大麻を数多くの患者の治療に取り入れて、その結果の蓄積がある人を頼りにして当然だと思います。
メアリー・ブラウン
PCAT を通してがん患者にドージングのアドバイスをしてくれるメアリーも、ドージング・スペシャリストの一人です。メアリーの場合、自身が代表である SMJ Consulting という会社が AIMS Institute という統合医療クリニックと提携するという形をとっています。これは、AIMS Institute の医師が具体的な用量の指示をしなくて済むようにするための工夫でもあります。医師による診断と治療と一線を引くことで、医師が連邦法に抵触するのを防ぐのです。
医師でないとは言え、マラにしても、メアリーにしても、大麻の医療利用に関する知識は医師に負けないくらい豊富です。たとえばマラが実際に不眠症の患者のために開発したフォーミュラは、臨床試験を経て製品化され、オーストラリアの Special Access Scheme を通じて処方されていますし、メアリーは『Principles and Practice of Palliative Care and Support Oncology』という、緩和ケアとがんの補完治療に関する書籍の大麻に関する章を執筆するなど、バッドテンダーとは一線を画する存在です。実際にカンナビノイドに対する患者の反応をたくさん見ている、という意味では、むしろほとんどの医師は彼女たちに敵いません。常に最新の研究の結果に目を光らせ、患者に有益である可能性があればいち早く取り入れ、新しい知見が得られればそれまでのやり方をアップデートしていく先駆者なのです。実際に、医師や病院が患者を彼女たちのもとに送ってくることも多く、がん専門医や研究者と連携を取りながら、医師と確認する必要のある点があればすぐに相談ができるようになっています。
もちろんこの二人の他にも、さまざまな患者会が存在し、その経験とデータ(これは Real World Evidence と呼ばれます)をもとに患者にアドバイスを行っています。「臨床試験が行われていないのだから使うべきではない」という医師の立場もわかりますが、患者の立場に立ってみれば、こうした勇敢なドージング・スペシャリストたちは誰よりも頼もしい存在であることは確かです。
<参考資料>