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喜び 【ショートショート】

その昔、何か調べものをするには図書館に行くしかなかった。
多くの人はそのためにバスや電車を利用することになる。
しかし、知りたい情報が必ずそこに揃うとは限らない。また、目的とする情報の収まった本があったとしても他者がその本を借りているのであれば何日間か待つことになる。その間また何度か図書館の往復となる。
その場合は書店に行って自分で本を買う。もし、幸運にして家族や知人がその本を持っているならお願いして貸してもらうこともできる。ただし場合によってはお礼の菓子折りを準備する必要がある。
まあ、なかなかに面倒な時代だが、当時の人々はその中で楽しみや喜びを見つけて暮らしていたわけである。

それから比較するとインターネットは大変進化したツールだ。欲しい情報をその場にいて誰もが等しく自由に入手することができる。絵や音や動画までついている。
さらにスマートホンはその利便性を損なわずに携帯性を実現した。
会ったこともない他人と手元で質問や意見の交換をすることだってできる。
しかしながら、電源を必要とする。起ち上げに時間が掛かる。
またパソコンやスマホというモノに依存するという点においては本から進化していない部分もある。まあ過渡期の一つの産物と言える。
その時代の人々もそれなりに発展社会を謳歌したのではないか。

次に我々の先祖は次に脳に連動した情報チップを埋め込んだ。
自分の経験も後から追記した情報も同じ次元で自分の脳から記憶や知識としてアウトプットできる。
チップは耳たぶに埋めこまれていて生体電流のみで脳に常時情報を送り続ける。データの書き換えにはいちいちそのチップを取り外す必要があるが、チップの装填を国民の義務にしたことはその後の時代に技術革新がそのまま国民の生活の向上に連動させるに有効であった。

そしてこの度チップが無線配信システムと連動される。
チップを体内に埋設させたまま無線で記録処理できるようになるのだ。
政府配信の全ての情報が全国民のチップに自動配信され書き換えされる。制度変更があってもわざわざ情報を取りに行く必要はない、国民全員が常に情報を完全認識している状態が実現するのである。
役所登録、支払決済、バンキング、などこれまでカードで行っていたことはすべて自分自身がIDカードとなることで文字通り身一つで手続きが一本化できる。紛失可能性なし。パスワード必要なし。
職場や学校という言葉が死語になって久しいが、完全に個で成立している社会体系に矛盾を発生させず、まったく他者と関わらずに行きていける完全理想社会はさらに確かになるわけだ。
完全な個の社会は、全ての病原菌、ウイルスを撲滅することに繋がった。
有史以来類のないほどに寿命は延びたし、その効用として理論上は無限循環を可能とする健康保険システム、年金システムを実現した。
最後まで困難を極めた複雑社会にして精神健康を維持するという課題については、政府肝いりの精神安定プログラムの開発が成功し、これをこのシステムと連動し全国民の脳内に一斉配信することで一発解決した。
仕組みとしては不安や悩みの成分を逆相成分に変換して脳内に送り、不安要素を打ち消すというものである。
生まれてから一生悩み事が発生しないという理想郷がやっと実現したのである。
人と接する煩わしさはゼロ。心身の健康不安もゼロ、老後の社会保障の不安もゼロ。
社会の負の要素は最小。正の要素は最大となった。
今を生きる我々は長い人類の歴史の中で先祖が果たし得なかった完全理想社会の実現の瞬間に立ち会うことができるのだ。
心から喜ぼうではないか!
なお、
喜びの言葉の意味はヴァージョン7021.01のチップにデフォルトで収められている。
喜びの感情を体験されたい方は以下のコードを左の瞳でスキャンされたし。