雨音
少女は雨が降るとキャノピーからぽつぽつと垂れる雨の滴をじっと見つめる。
その様子がよく見える位置に移り、ひじをついてしばし物思いに耽る。
雨音の好きな少女。
傍目にはそう映る。
しかし、少女の父と母はその本当の意味を知っている。
少女は重い病気を患い長い期間を病院の部屋で過ごしていた。
短い命がいつ尽きるとも知れない大きな不安に苛まれて、ベッドの上で泣く毎日だった。
晴れの日は窓を向いて、雨の日は窓に背中を向けた。
美しく静かな雨の景色が少女にはただ悲しくて恐かった。
リハビリ病棟との行き帰りの途中で休憩をとる交流ステーションで自分と同じくらいの年かっこうのミアという女の子と知り合った。
ミアは力のある澄んだ目をしていつも少女に未来の話をした。
少女は強く快活なミアが羨ましかった。やがてそれが少しずつ疎ましくなった。
自分はこんなにも酷い病状なのにまったくいい気なものだ。
少女はミアの眩しい未来話にとてもつき合う心境になれず、かと言って露骨に遠ざけることもできず、ただ聞いているふりをするに任せた。
ミアがどんなことを語ったのかほとんど記憶がない。
それほどに心が荒んでいた。
彼女の忙しく口を大きく動かすそばかすだらけの顔が無声で浮かぶのみである。
しかし、事実は少女の思っていたのとは違っていた。
少女は退院し、ミアはその二か月後にお星さまになった。
ミアは自分の死期を悟っていたという。
では、彼女は自分に何を話していたのか。
未来のないミアが誰の未来の話をあれほど夢中になって話したのか。
交流ステーションでミアは「生きる」と言っていたのではない。
少女に「生きろ」と言っていたのである。あの力のある澄んだ目で。
なのに、少女はミアと向き合わなかった。
心を虚ろに眺めていたのはミアが携えていた点滴スタンド。そこに下げられた輸液袋。薬剤の滴り落ちる一定のリズム。
それを自分ひとりが抱える悲しい涙だと思いこみ。
生きろ!
ミアは自分に託した。
少女は雨が降るとキャノピーからぽつぽつと垂れる雨の滴をじっと見つめる。
少女の父と母はその本当の意味を知っている。