見出し画像

すれ違う愛 『マチネの終わりに』と“マネー・ショート”

文京区にある森鴎外記念館の解説ビデオ 著者が話す様子が印象的で
読み始めは書き振りが鼻についたが 思っていたことが形をもって立ち現れ
『僕は勉強ができない』で 焦燥の意味を捉えて以来の喜び
これだけ様々な事象を詰め込んで尚崩壊しない凄み 豊富な知識に圧倒さる

共鳴するふたりが擦れ違う度に感じる居たたまれなさ 時が違えばと
願わずにおれないが 人の生はそういうものという諦念も
直截に会うことを選び 言葉を尽くし語り合って
思慮深さが影を潜める時であったなら 全く異なる今があったに相違なく
もしもには思い馳せないものだけど 自分と周囲の関わりを強く感じた一作

原爆はじめ 人々に分断を強いた歴史は数え切れない
ちいさな枠組みの内にも 心身の痛みと喪失は埋もれるほどに
被害者は決して相対化されない 絶対的な存在であり
“人類”という見地の不可欠さという視点に 溜飲が下がった

主人公が夫の仕事を理解し 悪の片棒を担がされているのではと対話を求め
広がっていく溝を見るにつけ 法律ドラマ “グッド・ファイト” が過る
身内が招いた大暴落に巻き込まれ 家族の愛や信頼に惑い
同性パートナーや仕事仲間に支えられ 職務に邁進する彼女が重なる
大陪審などアメリカの法制度がわからず ついていけない場面も多かったが
息をもつかせぬスピード感と 首元の詰まった装いの切れ者女性にときめく

山一證券もショックだったが 2008年のリーマン・ブラザーズの破綻には
言葉を失った 無茶が罷り通って職や家を失う人が溢れた異常事態
幾重にもリスクを張り巡らせた商品が 簡単に契約されていく
格付けの妥当性は揺らぎ 彼らが扱うものはますます実体を欠く
投資は時として凶暴なまでに すべてを呑み込んでいくものだけど

当時の下落幅を大幅に更新し また値を戻した状況下の現在
狂乱の果てを予測した数名と 疑念を欠片も持たなかった金融街との対比
医学博士は数字の動きに 投資会社はつぶさに拾った現場の声から
若者コンビは不穏に気が付き 力を持つ人を味方につけて
それぞれのアプローチで待ち受けた未曽有の恐慌は 公的資金の投入
諸悪の根源は税金で救済され 不条理はなかったことに
儲けが出たとして 経済の破綻により大勢の人が路頭に迷う
直に会った人たちの 苦しむ顔が浮かぶやるせなさ
市場のおかしさに反応した彼らの違和感に 救われもする

世界中を一個人が自由に行き来し 繋がる通信網も整備された環境下で
あえて複雑にし 見えないよう加工されたものが蔓延る
どの動きも縮小化できない今 自分で考え判断することの重みは増す一方
音楽がもたらす癒し 自分以外の大切なひとがこの世に存在する喜び
運命や幸福について思い巡らすけれど 考えてもしかたのないことも
自然のままに心を開き 来る調べに耳を澄まそう

『マチネの終わりに』(平野啓一郎・’16・毎日新聞出版)
  “マネー・ショート(THE BIG SHORT)”(’15・US)

Erat, est, fuit あった、ある、あるであろう....🌛