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サッカー構造戦記GOAT(ゲームモデル編) あらすじと第1話

あらすじ

クライフの再来と謳われるサッカーの天才少女レオン(14歳)は試合に勝つことが生きがい。全国大会出場をかけた試合で、彼女は大怪我をして監督の上倉からサッカー部を退部に追い込まれる。

絶望したレオンは母の母校、札幌アンビシャス学園高校(通称アンビ)に進学。目的もなくただ学校生活を送っていた、ある日、サッカー部監督の江川に、一緒に全国大会出場を目指さないかと誘われ、男子サッカー部のマネージャーになる。

そこで江川から指令が出る。スペイン帰りの体育時間講師ベップ先生から、ゲームモデルを学び、サッカー部に根付かせて欲しいというものだった。レオンは無名の進学校を全国大会出場へ導くために奮闘する。



第1話:忘れられた神童

2014年11月30日 東京都内のサッカーグランド 晴れた夕方:

栄光中学 対 マドレスFC

マドレスFCの監督は顔を真っ赤にして激怒。タッチラインギリギリまで出て、選手に指示を飛ばす。今にもグランドに入ってしまいそうだ。

マドレスFC監督「お前が10番をマークしろ!」

A選手「10番の神童はマークできません。色々なところに動くので、…ポジションがどこなのか!?」

マドレスFC監督「10番が行くところ全部マークにつけばいいだろ!」

A選手「でも…」

マドレスFC監督「とにかくやれ!」

A選手「…はい、やってみます」

マドレスFC監督はクルッと後ろを向いてベンチに腰を下ろし、戦況を不安そうに見守る。

栄光中学2年生の神童レオン14歳は、切れ長の目と黒い瞳の奥に燃えるような意志の強さを持ち、日に焼けた肌に手足がスラっと長く身長167cm。髪はベリーショートで一見少年のようなルックス、グランドで最も目立つ存在。

女子サッカーU15日本代表に選出され、クライフの再来と謳われる天才。彼女の類まれなリーダーシップと戦術眼、正確無比なパス、華麗なドリブルとシュートは、将来の女子日本代表を予感させる新スター候補。


レオンが所属するサッカーの名門栄光中学は、全日本U15女子サッカー選手権大会関東予選の準決勝を戦い2対0とリード、後半残り15分。

レオンはゴールキックのボールをGK(ゴールキーパー:以下GK)からペナルティエリア内で受けるため近くによる。彼女の本来のポジションはCF(センターフォワード:以下CF)だが、CB(センターバック:以下CB)の位置にポジションを取っている。

A選手は、彼女が余りにも広範囲に動くので、マークするのが難しくパニックに陥っている。

レオンがGKからボールを受けると、A選手をあざ笑うかのように、制止した状態から一気にスピードアップしてドリブルで抜きさる。A選手は一か八かでスライディングタックルを仕掛けるが、彼女はヒョイと軽々とジャンプをして何事もなかったかのように前進する。

A選手「くそ!」
A選手は地面を叩いて悔しがる。

レオンの緩急をつけた素早いドリブルは誰も止めることができない。ドリブルで相手を引きつけて、フリーになった選手へパス、そしてその選手からリターンパスを受けて相手ゴールへ前進していく。


レオンは相手ゴールに向かってドリブルで突き進む


マドレスFC監督「誰でもいい! ファールでもいいから10番を止めろ!」

マドレスFC監督は絶叫し、相手の選手たちはラグビーのようなタックルでレオンに襲いかかるが、触れることもできない。

レオンは幼馴染のひろみと、息の合ったワンツーパスで相手ゴールに迫り、相手GKの前までたどり着いた。レオンはGKを見て笑みを浮かべ、GKが彼女に飛びかかると、ゴール前でフリーになっているひろみへノールックパス。ボールを受けたひろみは無人のゴールにインサイドキックでシュート。栄光中学3対0でリード。

ひろみ「やったー! レオン!」

ひろみはレオンに抱きつき、チームメート全員で円になって喜ぶ。

ひろみは茶髪のおかっぱ頭に水色のヘアバンド。茶色の目はクリっとして顔にそばかすがあり、身長は大きくない。小学校1年生の時、近所のサッカークラブにレオンと一緒に入団しプレーを始めた。

栄光中学の上倉監督は40歳、大柄で筋肉質、短髪に色黒、黒いピタピタのTシャツ、下は黒のジャージに黒のシューズ。サングラスを掛け、椅子に深く腰を下ろして、栄光中学がゴールをしても顔色一つ変えない。パスミスや、守備の乱れがあると、途端に立ち上がり、選手を怒鳴り散らす。

上倉「何をしている! もっと走れ、走らないから、ミスをカバーできない。こんなプレーで全国いけるか! 試合が終わったらまた罰走か!? おい!」

栄光中学の選手たちは上倉監督の言動に萎縮していた。しかしレオンだけは違った。彼女には神が与えたサッカーの才能があり、チームの勝利のために全力を尽くす炎のような魂が宿っていた。

試合結果:栄光中学5対0マドレスFC

試合終了を喜ぶ栄光中学の選手。しかし、ここから反省会の名の下、上倉監督の説教が始まった。

レオン父(章仁:あきと)「まだ終わらないのかなぁ。もう一時間だ! シュートミスも多かったけど、試合内容はよかったと思うけどなぁ」

レオン母(早苗)「そうね。それに試合の後あんなに説教しても選手の頭に入っているのかしら!」 

章仁「…うーん」

早苗「ねえ、章仁、上倉監督に言ってきてよ。意味ないって。あなたもサッカー経験者だからわかるでしょ!」

章仁はため息をついた。
章仁「そうなのだけど、でもなぁ。その監督のやり方ってものがあるからなぁ」

早苗「そう! じゃあ、私が言う。選手が可哀想よ」

章仁「待て、待て、終わったぞ!」

試合後自宅での夕食  19:00  満月:
章仁は、帰宅するとすぐに朝から作っていたお手製のカレーを温めた。彼の最近の趣味はカレー作り。キッチンには様々なスパイスが置かれている。レオンは一人っ子だった。

章仁「よし! できたぞ」

章仁は出来上がったカレー3人分をテーブルに置いた。

レオン「わーっ 美味しそう! いただきま~す」

章仁「レオン、今日の試合はどうだった? 楽しかったか?」

章仁は帰りの車の中でレオンは寝ていたから聞くことができなかった。

レオン「楽しかった!? 準決勝だよ。3点決めてアシストもしたけど、でもミスをなくせばもっと決められたはず」

章仁「…そうかぁ~ お父さんと初めて2人でボールを蹴ったときのこと覚えているか?」

レオン「もう忘れた。まだ保育園の時でしょ?」

早苗「レオン、とにかく今日は勝ったのだからいいじゃない」

レオン「ダメダメ、勝った時こそ、謙虚に自身のプレーを反省しないと。次は決勝! 全国がかかった試合だから気合い入れていくよ」

早苗「レオンは自分に厳しいのね。誰に似たのかしら」

章仁「お父さん似だよな~!?」

レオンは笑いながら応えた。

レオン「ええ、やめてよ。私はどちらかと言えば、お母さん似かなぁ~!」

早苗「…レオンはね、お父さんに似ている。お父さんも昔はサッカー上手かったからね」

章仁「そうだぞ。…お父さんはサッカーが楽しくて、楽しくて。サッカーすること自体に喜びを感じていたなぁ」

レオン「ふーん! そりゃあ試合に勝てば嬉しい。だけど勝負の世界はそんな生易しいものじゃないと思う」

章仁は腕組みをして首を傾げた。思い出したように「レオン、カレーはどうだ! 美味しいだろう?」

レオン「うん、美味しい。お腹が空いているからね」

彼女は悪戯っぽく応える。

章仁「それはどういう意味だ。レオン!」

早苗「あなたに似て、ジョークが好きなのよ。今日のカレーも美味しいよ」


2014年12月7日 東京都内のサッカーグランド 小雨が降る寒い昼:
栄光中学サッカー部は、全日本U15女子サッカー選手権大会関東予選で全国大会出場をかけた決勝戦に臨んだ。試合はレッズFCが1対2とリード。栄光中学にとって苦しい展開。試合時間は残り5分。

上倉は頻繁に時計を睨み、レオンに大声で指示を出す。

上倉「レオン、お前が相手を全員抜いてシュートを決めろ! なりふり構わず行け!」

レオンはハーフラインでボールを受け、相手ゴールに向けてドリブルを開始。1人、2人、3人とかわした。


相手ゴール前にドリブルで入り込めず困窮するレオン


後半早々、レオンは強引なドリブル突破からゴールを決めていたので、相手は更にゴール前に強固な守備ブロックを築いて前進することができない。彼女は急激な方向転換をした。その時、急に右膝の力が抜け、グラウンドに崩れ落ちた。

グラウンドにうずくまり激痛が右膝を襲う。激しい痛みに顔を歪め、起き上がることができない。レフェリーが試合を止める。

レオンM:(何この痛み…今まで経験したことがない)

レオンは担架でグラウンド横まで運ばれ、部で雇っているトレーナーが彼女の右膝の状態を診て、試合続行が不可能になったことを上倉に伝えた。
上倉は、怒り心頭の様子で頭を抱え髪の毛を掻きむしった。

上倉「くそ! なんてことだ。一番大事な時に怪我するなんて!」

上倉は狂ったように暴言を吐き、すぐにFWの選手をレオンと交代で投入。しかし結果は1対2で敗戦。栄光中学の全国大会出場の夢は消え去った。

レオンは両親に連れられて病院へ。



東京都内の整形外科病院 雨が強く寒い夕方:
医師「右膝前十字靭帯を断絶しています。手術と長期間のリハビリが必要になります。復帰は早くても来年の9月頃になるでしょう」

レオンは途中から医師の言っていることが頭に入らなくなった。その後、何を言われたかは覚えていない。付き添ってくれた両親も肩を落としていた。

回想1
決勝戦のハーフタイム:
レオンは病室のベッドで淡い日の光を浴びながら、決勝戦のハーフタイムに、上倉から受けた圧力や体罰を思い出した。

審判が前半終了の笛を吹く

「ピーィピィピィー!」

前半終了 栄光中学0-2レッズFC

上倉「なんだ! お前らの不甲斐ないプレーは! まったく走ってないだろ!」

ひろみが水を飲もうとボトルを取ると

上倉「水なんか飲むな! 試合で走ってないのだから疲れてないだろ!! お前らのハーフタイムはダッシュ10往復だ。目を覚ませ! 全国に行くのだろう! 気持ちを見せろ!」

選手全員「はい! よーっし ダッシュやろう!」

先発メンバー全員でタッチラインに並び、ダッシュしようとした瞬間、レオンだけは、上倉の前に立って動こうとしなかった。

上倉「何をしている!?」

レオン「監督、勝つためには、ゆっくりと休んで、冷静に戦略を練り直すべきではないでしょうか?」

タッチラインに並んで走る準備をしていたひろみがレオンに近寄り小声で話す。

ひろみ「レオン、やめなよ。あとで痛い目に合うよ。それはレオンだけじゃなくて、私たちも。とにかく走ろう」

ひろみは彼女の耳元でささやいた。

レオン「でも、勝ちたい…」

上倉は大声で叫んだ。

上倉「レオン! 俺の言うことが聞けないのか! これで何回目だ。前にも言っただろ! 罰走は何のためにやるのか、説明したよな?」

彼女は冷静に上倉の目を見て答えた。

レオン「はい。どんな苦しい状況でも…」

上倉の平手打ちがレオンの左頬を捉え、その勢いで後ずさりする。上倉が前に出てもう一発、右頬を平手打ちし、彼女は地面に倒れた。ひろみがレオンに駆け寄る。

ひろみ「レオン! もうやめなよ。走ろう!」

レオンは上倉を睨む。

上倉は低い声で話す。

上倉「なんだ、その反抗的な目は。今、お前と話している暇はない。とにかくダッシュ10往復! ダッシュしたくない奴は、交代だ。やれ!」

ひろみ「レオン、いいから走るよ!」

レオンは頬を手でさすりながら、ひろみと一緒にタッチラインに並ぶ。

レオン「…でもこれじゃ勝てない」
回想1終わり


東京都内の整形外科病院。12月中旬 夕日が落ちた17:00:
レオンの右膝はギプスで固められ、ベッドで暗くなった外の景色を虚ろな目で眺めている。

ひろみが突然入ってきた。試験休みのため部活が休みになったのでお見舞いに来たのだ。

ひろみ「よっ!」

ひろみは気さくに左手を上げた。

レオンはひろみを見ると、笑みを浮かべながらスクッと体を起こし、真剣な表情で話し出す。

レオン「例のものは? その丸椅子に座って!」

彼女はひろみにベッドの横にある丸椅子を勧めた。

ひろみ「もちろん!」

ひろみはその丸椅子に座り、カバンの中からケーキの箱を取り出した。中に入っていたのは、2つの苺ショートケーキ。これはレオンの大好物だった。

レオン「ひろみ、ありがとう。病院の食事にはもう飽き飽きしていたからね。早く食べちゃおう。看護師が来るとうるさいからっ」

ひろみは慎重にケーキをレオンの親が用意していたお皿にそれぞれ乗せた。

レオン「美味しそう~!」(小声で)

レオンはフォークで丁寧にケーキを切り、大きな口を空け一切れ食べた。

レオン「美味しい! 中学校近くのケーキ屋?」

ひろみ「そう。やっぱりあそこの苺ショートは最高!」

レオン「本当にありがとう。ひろみ」

レオンは苺を一口で食べた。

ひろみは、ケーキを一切れ口に入れた後、上倉について話し出した。

ひろみ「上倉さぁ、最近いつもピリピリして、毎日、走りばっか。ボールほとんど触ってないよ。レオンはいなくてよかった。あれは地獄」

レオン「…そう」

レオンは深いため息をついた。

レオンがケーキを食べる手を止めていると、ひろみがレオンの耳元で声をひそめた。

ひろみ「儀式もエスカレート」

レオンも小声で
レオン「まさか、全部…!?」

ひろみ「さすがに、そこまでは、でも制服はね…」

レオンが言葉を選ぶように
レオン「私たちが負けたから…なんだよね。全国…行きたかった」

ひろみは頷いて
ひろみ「早く、レオンに戻ってきてほしいなぁ。いつ退院?」

レオン「退院は、クリスマス前くらいかなぁ」

ひろみ「クリスマスか~ 彼氏もいないし、今年も練習だよ。私たちにはサッカーしかないよね~。それで復帰は?」

レオン「9月頃かな。早くて…」

ひろみ「…そうか。…早くレオンとサッカーしたいなぁ」

ひろみは最後の一切れのケーキを食べ、椅子から立ち上がった。
ひろみ「それじゃ。また来るね」

レオン「ええ、もう帰るの!?」

ひろみ「…夕飯作らないと」

レオン「そっか~。弟、何歳だっけ?」

ひろみ「7歳。やっと小学校1年。一人、家で待っているから」

ひろみは床を見つめ、脚をクロスした。

レオン「ひろみは偉いね。弟の面倒まで見ているなんて」

ひろみ「まあ、部活がないときだけね。それじゃ! また来るね」

ひろみは立ち上がると足早に病室を出て行った。一気に病室が暗く寂しくなった。

レオンは半分残っている苺ショートケーキを見た。その時、ひろみが急に病室に引き返して来た。

ひろみ「レオン! ケーキ早く食べないと看護師に見つかるよ!」

ひろみはそう言うと、ニコッと笑い、スキップをして帰っていった。レオンは呆気にとられた表情でひろみの後ろ姿を眺めた。

12月21日 病室 冷たい雨が降る深夜:
レオンは最近、夜になると上倉が体育準備室で行った「儀式」のフラッシュバックが起こり、眠れない夜を過ごしていた。寝ていてもそのときのことが悪夢となって現れ、真夜中に目が覚めることもあった。特に雨が降っているときはフラッシュバックが起こりやすかった。


それは、下着姿のレオンが上倉に抱きしめられ、キスされるシーンだった。

回想2
2014年 8月 放課後 暑い真夏日の練習:
レオンは、サッカー部の練習で上倉とやりあった。

彼女は練習最後に行う恒例の罰走に異議を唱えた。

レオン「監督、この罰走にどんな意味があるのですか?」

上倉「どんな意味? それは、どんな苦しい状況でも乗り越えることができる精神力をつけるためだ!!」

レオン「…でも、1年生をみてください。疲弊しています。これ以上やると…」

上倉「俺はどれだけ走れば命に危険があるか分かっている。レオン、お前が走りたくないだけじゃないのか?」

レオン「そんなことは…」

上倉「…うちのチームは個人能力が低い。背も小さいから空中戦も勝てない。そんなチームが全国に行くにはどうしたらいい?」

レオン「…」

上倉「走って、走って、互いをカバーする。そのための体力と精神力を鍛える。どんな苦しい状況でも数的優位を作って、走り切ることができれば可能性はあるだろう!!」

レオン「ですが…」

上倉はレオンが話そうとした瞬間、右頬を平手打ちし、彼女はグラウンドに倒れた。

ひろみ「大丈夫? もういいよ。レオン」

隣いたひろみがレオンの身体を起こす。

上倉「… U15日本代表に選ばれて、自分は凄いと勘違いしているのだろう」

レオン「いいえ…」

上倉「誰のおかげで日本代表になれたと思っている!」


レオンは、立ち上がり、上倉の方を見た。

上倉「なんだ、その目は、まだ何かあるのか?」

ひろみがレオンの右手を思いっきり掴む。

レオン「…ありません!」

上倉「レオン、練習が終わったら、体育教官室に来い!」

レオン「はい。わかりました」

ひろみが握ったレオンの右手は震えていた。

レオンは体育館に併設されている更衣室で制服に着替え、体育教官室に向かった。ひろみが一緒に付いてきてくれた。

レオン「長くなると思うから先に帰って!」

ひろみ「上倉に歯向かっちゃダメだよ。私もこの前…」

レオンはひろみの話をさえぎった。

レオン「大丈夫。私は強いから!」

ひろみは生徒玄関で靴を履いた。

ひろみ「そうは言っても…」

ひろみはレオンをここで待つことにした。


真っ暗な体育館をレオンが一人、体育教官室に向かって歩く。体育館の角にある体育教官室だけ明かりが灯っていた。中には上倉しかいなかった。レオンがドアをノックする。

上倉「こっちに来い!」

上倉は隣の体育準備室のドアを開けレオンを中に入れた。体育教官室と体育準備室は中でつながっていた。

上倉は、一旦、体育教官室に戻り体育準備室と内側でつなぐドアから現れた。電気をつけ、ドアを施錠した。窓はカーテンで閉じられており、外からは何も見えない。冷房はあるが今は使われていないので、室内は少し暑かった。

上倉は、体育準備室の外側のドアも施錠し、窓際のソファにどっかりと座った。カーテンを開けると、グランドがよく見えるので、上倉は生徒用の机を持ってきては、ここでよく仕事をしながら練習を見ていた。

レオンは上倉の正面に正座した。

上倉「呼ばれた理由がわかるか?」

レオン「はい。…罰走に異議を唱えたからです」

上倉「違う」

上倉はレオンに真っ直ぐの視線を向けた。

レオン「…正しい道へ導くためです」

上倉「わかっているじゃないか」

上倉は練習の時とは違い優しいトーンで話し出した。

上倉「俺が白と言ったら、黒も白になるのだ。お前のその考え方を根本から治療して、お前は変容しなければならない」

レオン「…..」

上倉「レオン、お前はチームの中心選手だという自覚はあるか?」

レオン「はい、あります」

上倉「それじゃ、なんであのような言動をする?」

レオン「罰走でサッカーが上手くなるとは思えないのと、1年生が危険な状態だったからです」

上倉「それはお前の勝手な判断だ。俺の言うことが聞けない選手はメンバーから外れてもらうしかない」

レオン「それは困ります。私が試合に出ないと試合に勝つことはできません」

上倉「…確かに。でもな、俺のことを信頼しない選手を試合に出すわけにはいかない」

レオン「監督を信頼しています。これからはもっと… もっと監督を信頼して頑張ろうと思います」

上倉「信頼する!? 本当か、信じられないなぁ」

上倉は一息ついて、天井を見上げた後、彼女に視線を落とした。

「レオン、お前、俺を信頼すると言ったな?」

レオン「はい、信頼します」

上倉「その証拠を見せてもらわないといけない。お前の真実の心、嘘偽りのない裸の心を俺に見せることができるか?」

レオン「はい、できます」

上倉とのいつもの「儀式」のやり取りだ。
レオンは、上倉の話術に身体の力が抜け、言いなりになっていた。「儀式」のときはいつもこのようになってしまう。

上倉はニヤリと少しの笑みを浮かべ、レオンに近づいて、彼女の頭を優しく撫で、顔を近づけて目を覗き込み耳元でささやいた。

上倉「ソファの色は何色だ?」

レオン「黒です」

上倉「このソファは白だ。もう一度聞く、ソファの色は何色だ?」

レオン「白です」

上倉「服…脱げるか?」

レオン「…はい」

レオンは制服のボタンを外し、スカートも脱いで、それを畳んで下着姿になった。上倉はその光景をソファから少し身を乗り出して凝視していた。彼女は上倉の方に向き直り、正面に正座した。

上倉は立ち上がって、グッとレオンを抱きしめた。

上倉「俺を信頼してくれてありがとう。レオン、絶対全国行こうな!」

上倉は彼女を抱きしめたまま、少し間をおいて小さな声でささやいた。

上倉「…ヴァージンを俺にくれるか?」

レオンはコクリと頷いた。上倉が彼女の唇にキスをした瞬間、雷が轟き、電気が消えた。レオンはハッと我に返り、上倉をとっさに突き飛ばした。上倉がとても軽く感じられたことに驚いた。

電気がついた時、上倉は力なくソファに座っていた。外からゴーっと雨が降り出した。

上倉が静かに話す。

上倉「それがお前の答えだな。このことは口外するなよ。万が一、誰かに話したらお前の将来はないと思え、いいな!」

レオンは制服を胸の前でつかみながら頷いた。それを確認した上倉は内側のドアから体育教官室に戻った。

レオンは、早くここから立ち去りたいと思い、急いで制服を着て体育準備室を出た。白髪の守衛が懐中電灯を持って、体育館の見回りをしていた。
守衛は立ち止まり、びっくりした表情でレオンを見た。レオンはとっさに目を逸らし、走って玄関に向かうと、ひろみが待っていた。

レオンはひろみに儀式のことを聞かれたが、今あったことは言わなかった。上倉に口止めされたことと、あまりにも恐ろしい出来事だったので、親友にも言えなかったのだ。

ファーストキスを上倉に奪われ、もう少しでヴァージンまで奪われそうになったのだ。レオンにとって上倉との間に起きたことは思い出したくないことで、心の奥底に封じ込めて忘れてしまいたかった。

この後から、レオンは上倉の「儀式」によるフラッシュバックが頻繁に起こるようになり、体がふわふわと宙に浮かんで力が入らなくなるのだった。
回想2終わり


12月21日 病室 深夜
レオンは暗闇の中、ベッドの横にある真っ黒なTVを見つめ、11歳の頃の夢を思い出した。

回想3
2011年7月17日 自宅のリビング:
レオンは11歳の時にTVでサッカー女子日本代表がW杯で優勝する瞬間を観ていた。

レオン「わーっ、凄い、優勝だぁ! 私も日本代表に入って、W杯で優勝したい!」

レオンは大喜びしながら両親に誓ったのだった。
回想3終わり


病院の天井を見つめるレオンの目は涙でいっぱいだった。

それから月日が経ち…

2016年6月2日 札幌の清々しい夕方:
学校の内庭で鳥がチュンチュンと鳴いている。黒髪が揺れるショートボブの女の子が大股で力強く廊下を歩いている。レオンだ。

レオンは第二職員室のドアをノックして勢いよく開けた。彼女は、東京から両親と共に今年の3月に札幌へ引っ越して、私立札幌アンビシャス高等学校(通称アンビ)に入学したのだ。

レオン「失礼します。ベップ(別部)先生はいらっしゃいますか?」

レオンの大きな声が狭い職員室内に響いた。

奥の方から低く穏やかな声が聞こえる。
ベップ「レオンさんか、こっちへ。今日は何についてのお話だったかな?」

ベップは、ノート型パソコンから目を離さず何やら仕事をしているようだ。
彼はスキンヘッドに白黒の無精髭を蓄え、細身で180cmくらい。面長で黒のTシャツにカーキ色のジーンズと茶色のサンダルを履き、清潔感があった。

レオン「お忘れですか? 先週の金曜日、先生が〈ゲームモデル〉を知る前に、〈サッカーをする目的は何か〉について質問されたので、まずはそちらを考えてきました」

ベップ「そうだった! 最近はそこのドアを出ると、すぐに忘れてしまう。携帯にメモを取るのだけど、携帯にメモしたことを忘れる。その時、私は今を生きていると実感する」

レオンはそんなことあるのという顔をして首を傾げながら、大股で職員室内を歩き、手に持ったノートを開いてベップに見せた。

ノートには、


サッカーをする目的:試合に勝つこと

と書かれていた。

ベップは、パソコンの画面の前に出されたノートを受け取り、

ベップ「試合に勝つことが、君のサッカーをする目的!?」

レオン「そうです!」

と言って、彼女は悪戯な笑みを浮かべた。

















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