サッカー構造戦記GOAT（ゲームモデル編） 第３話
第３話：儀式、退部、全国
回想１
2016年4月中旬 札幌アンビシャス高校（アンビ）の教室 寒い晴れた朝：
まだ雪が残っているグランドで、ずんぐりむっくりの体格、短く刈り込まれた金髪にグレーの目の色をした少年がボールを蹴っている。
レオンは窓側の席に座り、ただボーっと金髪の彼がボールを蹴る姿を眺めている。
フラッシュバック：上倉の儀式
レオンを上倉の儀式の断片が襲ってくる。
彼女は頭を左右に振った。目を開けると数人しかいない薄暗い教室に、サッカー部の1年生で面長で長身の桜庭蒼介が入ってきた。
蒼介「よう！ ミューラー、 朝っぱらから勉強？」
ミューラーはレオンと同じクラスで、坊主頭の背が小さいサッカー部の1年生。本名は三浦翼。ドイツサッカーに憧れ、苗字をもじってミューラーだとゴリ推ししている。
ミューラー「おう！ 蒼介、俺は今、宿題を忘れて忙しい。なんで一時間目が国語～！ 早くしないと…」
蒼介「潔く諦めて、怒られてしまえよ」
ミューラー「うっせえ！」
蒼介は、グランドを眺める。
蒼介「それより、おい、ヒューゴ！ また今日も朝練か！ 自己紹介で、夢はプロになることだって言っていたよなぁ。あんなキックでなれるのかよ」
ミューラー「…わからないけど、あいつは真面目に練習しているよ。ところで…特進クラスのお前がなんでここにいんだよ。早く戻れ！ 俺に話しかけるな！」
蒼介「ああ、ごめん。でも、ボール蹴れないうえに、あの身体じゃ走れないから、ゴールデンウィーク後には退部していると思うぜ。どう思う？」
ミューラー「だから！ 話しかけるなって言っているだろ！ あいつは根性あるから退部しないと思うぞ！」
顔を上げて教室の時計を見るミューラー。
ミューラー「あああ、やばい！ 間に合わねえよ。お前のせいだからな！」
蒼介はヒューゴを見ながら
蒼介「楽しみだなぁ笑 ミューラー頑張れよ！」
蒼介はそう言って教室を出ようとしたとき、レオンが視界に入った。彼は足を止め彼女の物憂げな雰囲気が妙に気になり、頬を赤らめた。
回想１終わり
レオンがアンビに入学して２週間が経過。部活に入らず、家と学校を往復する日々。彼女は時折フラッシュバックを起こした。
回想２
2014年12月23日 栄光中学 体育教官室 寒い曇り空の夕方：
クリスマス前にレオンは退院。父(章仁)に車で送ってもらい、上倉のところへ挨拶に行った。松葉杖でなんとか体育教官室までたどり着き、体育準備室が視界に入ると、上倉の儀式のフラッシュバックが襲ってきた。じっとそれが過ぎ去るのを待ってから体育教官室のドアをノックした。
レオン「失礼します」
上倉は窓際に立ち、サッカー部の練習を眺めていた。
上倉「どのくらいで復帰できる？」
上倉はこちらに向き直り、無表情で質問した。
レオン「早くて来年の９月頃です」
レオンの話を聞いた上倉は腕組みをして
上倉「フーッ」
上倉は大きなため息をついてグランドに視線を戻した。
彼女が生徒玄関を出ると珍しく雪が降っていた。手には退部届けが握られ、たった今、上倉に言われたことを思い出した。
上倉「９月ね。…悪いけど、お前のポジションはもうない。来年は良い選手も入ってくるし、今の１、２年も伸びている。もうこのまま学業に専念したらどうだ」
レオン「……」
上倉「…高校やクラブチームには推薦できないからな。ほとんど一年間プレーできない選手はなぁ。ああ、それとU15日本代表は怪我ということで辞退した」
レオン「…そうですか。わかりました」
上倉「レオン、俺のことを信頼しない選手を試合に出すことはできない。この前の試合は全国大会がかかっていたから、仕様がなくお前を出しただけだ」
レオン「監督、…私…サッカーがしたいんです」
上倉「あのなぁ！ チームの他の選手はみんな俺のことを信頼している。お前がいると、チームの和が乱れる。悪いが、今年度でサッカー部を辞めてくれないか？」
レオンは即答できなかった。
父が、帰りの車の中で色々と話しかけたがレオンは無言だった。家に帰り自分の部屋に入りドアを閉め、ベッドに突っ伏して枕に顔を埋め号泣した。目を覚ますと朝方で、外にはうっすらと雪が積もっていた。
ギプスをした足を床にゆっくりと下ろして、朝食を食べに向かう。目は赤く腫れ、泣きはらした目になっていた。朝食の支度をしている母（早苗）が、食卓テーブルに座るレオンに
早苗「上倉先生と話すことはできた？」
レオンはスエットのポケットから退部届けを取り出し、保護者がサインと印鑑を押す場所を指で示した。母は、口に手を当て、ええっという顔で
早苗「どうして！？」
母が理由を尋ねたので、昨日、上倉に言われたことや、これまでの経緯を伝えた。上倉の儀式については話す勇気がなかった。関東では上倉の力が強く、サッカーの強い高校やクラブチームに入ってプレーをすることが難しいことを話した。
回想２終わり
回想３
2015年1月上旬 退部届けを提出した翌日の朝：
早苗「札幌に引っ越さない？」
レオンは、夏に祖父母がいる札幌へ家族で行って、ソフトクリームやスープカレーを食べたことを思い出した。何より、北海道の雄大な自然と美味しい空気が印象に残っていた。
レオン「…うん…いいよ」
レオンは無表情で答えた。
食パンを食べていた父は
章仁「よし！ 決まりか。お父さんは今日から札幌の教員になるべく勉強を始めるぞ」
レオン「お父さん…小学校辞めるの？」
章仁「辞める。心配するな。お父さんは絶対受かるから」
早苗「お父さんが試験に落ちても大丈夫。私は看護師だからどこでも働ける」
章仁「大丈夫だって！ 受かるよ」
早苗「万が一ってことよ」
回想３終わり
回想４
2016年6月1日 札幌学園高校 体育教官室 日本晴れ：
札幌も暖かい日が続き、花は一斉に開く。
レオンは女の子の友達数人と、お昼休みに机をくっつけてお弁当を広げる。
ヒューゴが走ってきた…
ヒューゴ「レオン！ 江川監督が呼んでる！ 体育教官室に来いって！」
レオン「なんで…私が…」
ヒューゴ「とにかく行けよ！」
彼女が恐る恐る向かうと、体育教官室のドアは開いていた。
レオン「失礼します。江川先生はいらっ…!?」
江川「おう！ 来たか。こっちに入れ！」
江川先生がいきなりドアの前に現れた。
レオン「はい」
江川先生は長身で、白髪混じりの茶色の髪に、色のついたメガネをかけ、紺色のスラックスに色あせた赤いジャンパーを着て、見るからに感じの悪い体育教師だった。
江川「どこでもいいから座れ！」
レオンは江川先生の後ろを通り、
レオンM：（うわ～酒臭い）
3人掛けソファの左窓側に座った。江川先生は自身のものらしき椅子に、逆向きに座り、こちらを向きながら背もたれに両腕を乗せて、椅子を左右にクルックルッと回した後、止まった。
江川「サッカー部のマネージャーになれ！」
レオンは一瞬戸惑いながら
レオン「…女子サッカー部って！？」
江川「うちには男子サッカー部しかない。どうだ？」
レオン「…余りにも突然なので、考える時間が…」
江川「どうせ、暇だろ！？」
レオンは少しムッとしたような顔をした。
レオン「……マネージャーはしたこともないですし …あまり興味が…」
江川「ああ、レオンはコーチだ。マネージャーは2年にもう一人いる、コーチをやってもらいたい」
レオン「コーチですか！？ 私…コーチの経験もないし、男子にサッカーなんて…」
江川「大丈夫だ。一見、強面だがみんな素直だ。だけどコーチがいない」
レオン「先生が…」
江川「俺の専門は陸上。サッカーは素人。だから…これからレオンに指令を出す」
彼女はあたふたしながら
レオン「え、指令ですか？ まだ入部するか決めていません」
江川先生は人を丸め込むのが上手かった。
江川「ああ、そうか」
江川はそういうと、机の抽斗からA４用紙を一枚取り出し、レオンに渡した。
江川「明日までにこの紙にサインをして、親の判子を押してもってこい!」
レオンは入部届を受け取った。
レオン「……」
江川「それでだ。明日から放課後、第二職員室に行け。そこにベップ先生がいる。彼はスペインでサッカーを学んで、〈ゲームモデル〉というのを知っている。彼から〈ゲームモデル〉を習得してサッカー部に根付かせてほしい」
レオン「ベップ先生 〈ゲームモデル〉！？ …ですか？」
江川「そうだ。〈ゲームモデル〉だ。俺はこの１、２年生に期待している。久しぶりに良い選手が揃ったと思っている」
レオン「まだ、私…」
江川「一緒に全国目指さないか？」
レオンの身体に電流のようなものが走った。
レオン「…全国ですか！？」
江川「そうだ。全国だ！ …心配いらん。お前ならできる。入学試験の面接を覚えているか？」
レオン「面接！？」
彼女は頭を横にひねり斜め上を見た。目を見開き江川を見た。
レオン「ああ、ああ、あの時の?」
江川「そう、あの時のだ」
レオン「あの時、なんてチャランポランで適当な先生って、思いました」
江川「ははは、当たらずも遠からず」
レオン「でも、なぜ…私なんですか？」
江川「U15日本代表だったんだろ。なんでうちを受けたかなって。願書を見たら早苗だ。俺が担任したんだぞ。あいつの娘だ。俺はお前を信頼している」
レオン「信頼…ですか！？」
江川「そうだ。信頼だ」
レオンM：（先生に初めて信頼していると言われたような気が…）
帰り道、自転車をこぎなら
レオンM：（上倉は「俺を信頼するか」と言ったけど、江川先生は、何も知らない私のことを信頼してくれる。母の担任だって言ってたなぁ）
レオンは入部届を手に足取りも軽く帰宅。母にサッカー部のマネージャーになることを伝えた。
早苗はレオンが生き生きとしていることを喜んだ。
早苗「江川先生、口は悪いけど、素晴らしい先生だからね。またサッカーに携わることができて良かったね」
母は涙を流して喜んだ。
レオン「ちょっとお母さん、泣かないでよ」
回想４終わり