サッカー構造戦記GOAT(ゲームモデル編) 第2話
第2話:ゲームモデル
ベップはノートから目を離し、ひとしきり考えた後、視線をレオンに向けた。
ベップ「サッカーをする目的が試合に勝つことなら、試合に負けた方は目的が達成できないのかな?」
彼女は、あーっ、と言うような顔をして
レオン「試合に負けた方ですか? 考えたこともなかったです」
彼女は困窮した表情を浮かべ、何か閃いた顔をしてベップを見た。
レオン「試合に負けた方は …目的が達成できない …のかも知れません」
ベップ「まあ、そこに座りなさい」
彼女が窓側にある1人がけソファに座ると、サッカー部の練習が見えた。
ベップは、遠くを見るようにして「フーッ」と息を吐き
ベップ「人はなぜサッカーをするのか? これは、人はなぜスポーツをするのかと同義でもあります。…自ら体感することが重要なので、レオンさんもいつか気がつくことでしょう」
レオンは腑に落ちないような仕草を見せ、眉をひそめた。
レオン「試合に勝つことが目的だと思います。負けたら…なんの意味もありません。勝って、初めて、楽しいとか、嬉しいとかを感じるのだと思います」
ベップ「まあまあ、落ち着いて!」
レオンは夢中になっているのか、話を続けた。
レオン「人はよく、サッカーは楽しむためにするものだと言います。父もそう言います。でも、それは負け犬の言い訳で、ただの綺麗ごとです」
彼女は一瞬ハッとして、自分が興奮しすぎていることに気がついた。
レオン「すみません……言い過ぎました」
その瞬間、彼女の身体からは勝利への強い執念とも言える闘気が漂っていた。
ベップは少し驚いた表情を見せながら、静かに言った。
ベップ「……別に気にしなくていいですよ。そう思うなら、それでいい。少し話題を変えて、別の質問をしましょう」
レオン「別の…ですか?」
ベップ「はい、…サッカーというゲーム自体の目的は何だと思いますか?」
彼女は左手を顎に当て数秒考えた後に、小さな声で自信無げに。
レオン「ゴールすること、ですか!?」
ベップはほっとしたような顔をした後、椅子から勢いよく立ち上がった。
ベップ「そうです! ゴールすること、ゴールを守ること。この2つがサッカーというゲームの目的であり、すなわち、攻撃と守備です」
ベップは我に帰ったように椅子に座り直した。
レオン「攻撃と守備…」
と呟き、彼女は何か思い出した顔をして
レオン「そうだ!」
と大きな声を出した。
彼女は本日のテーマである〈ゲームモデル〉について、質問することを思い出した。
レオン「で~その~攻撃と守備がどのように〈ゲームモデル〉と関係するのですか?」
ベップ「もう、始まっています。〈ゲームモデル〉とは、どのような攻撃をして守備をするのか、その約束ごとをチームで共有することです」
レオン「約束ごと!?」
ベップ「チーム内の攻撃と守備の約束ごとを言葉や図や動画で表して、〈ゲームモデルの構造〉を自分の頭の中で描くのです」
レオン「そうすると、チーム全員が試合のイメージを共有できる!!」
ベップ「そう! 〈ゲームモデル〉をチームで共有できると、後はそれを正しい習慣になるまで練習することです」
レオン「正しい習慣!?」
ベップ「ゲームモデルは選手一人一人が無意識に行えるまで、正しい習慣になるまで繰り返し練習する必要があります」
レオン「無意識に行えるまで…」
レオンは口に出して言ってみた。
ベップ「ただ、いくら正しい習慣を身につけても、サッカーにマスターという概念は存在しません」
レオン「なぜ、ですか?」
ベップ「サッカーには同じ状況が2度と存在しないからです。必ず選手はどの試合、どの瞬間においても新しい状況に直面します」
彼女は、うんうんと頷き、必死にメモを取った。
レオン「〈ゲームモデル〉の目的は、チーム全員が攻撃と守備の同じ絵を描描き、正しい習慣にすること。日々のトレーニングを怠ってはいけない。なぜなら、サッカーにはマスターという概念は存在しないから」
ベップ「そういうことです! そして〈ゲームモデル〉がチームにとっての〈正しいサッカー〉になります!」
レオン「〈正しいサッカー〉…」
ベップ「ただ…〈ゲームモデル〉は、所詮モデルでしかありません」
レオン「どういうことですか?」
ベップは一瞬、何かを言おうとしたが、口を閉ざした。
ベップ「それはまた今度、説明します…」
その瞬間、レオンは小さく眉をひそめた。
レオン「……!?」
レオンは、疑問と好奇心が入り混じった表情で、ベップの言葉の意味を探り続けているようだった。
彼女は手元のメモをもう一度読み直し、頭を左右にひねりながら小さく頷き、そして、顔を上げた。
ベップ「次は…〈ゲームモデル〉における〈選手の役割〉について話しましょう」
レオン「役割…!?ですか」
レオンは、上倉の練習を思い出した。彼の練習は単調で、同じ動きをただ繰り返すだけ。選手はロボットのように動かされ、考える余地がなく、全くもって退屈だった。そのことを思い出したレオンの顔には嫌悪感が浮かんだ。
しかし、ベップはそれには気づくことなく、話を続けた。
ベップ「そうですね~」
彼はワンルームマンションくらいの広さの第二職員室内を見回した。
ベップ「あった、これだ。レオンさんこれを見てください」
彼は後ろを振り向いて立ち上がり、彼女を手招きした。ベップの机の斜め後ろに教員の組織図のようなものが貼ってあった。
ベップ「これは校務分掌の組織図です」
レオン「はあ〜!? 〈ゲームモデル〉と、どのような関係が?」
ベップ「この図は上から校長、教頭、教員の仕事の分担を表したものになっています。大きな権限から徐々に細分化され、最後は一教員の役割です」
レオン「これが選手の役割と同じだと!?」
ベップ「同じようなものです。パッと見た瞬間、どの教員が何をするのかがわかりませんか?」
レオン「確かに!」
ベップ「ゲーム中にどのような行動を選択するべきかの判断基準。最終的に〈ゲームモデル〉は選手個人の役割のガイドラインなんです」
レオン「ガイドライン …ですか!?」
ベップ「選手が試合中に迷うことなく自身の役割を全うできるように、選手の頭の中を整理する」
レオン「自分の役割が明確だと迷いなくプレーできますね!」
ベップ「最初に、〈チーム〉という最も大きな組織の役割。それが選手一人一人共通の〈チームの役割〉になります」
レオン「それは例えば、全員で守備をするということですか?」
ベップ「まさしく。次に〈集団〉という組織の役割があります。集団とはFWとMFの関係、MFとDFの関係のことで、これを〈選手間の役割〉と言います」
レオン「〈選手間の役割〉….、前の選手と後ろの選手の関係…!?」
ベップ「〈選手間の役割〉とは、関係性、つながりのことです。
最後に〈個人〉、〈選手個々の役割〉はポジション毎の役割に分割されます」
レオンは多くの新しいことが瞬時に入ってきたが、まずはメモを取ることに集中した。
ベップ「そうだった!? 〈ゲームモデル〉の組織図があることを思い出しました。レオンさんに差し上げます」
彼はそう話すと、パソコンのキーボードを触り始めた。
レオン「あ、 ありがとうございます!」
ベップ「ちょっと待っていてください。どこに入れたかな」
彼は探しながら、急に話を変えた。
ベップ「モウリーニョ監督を知っていますか?」
レオン「名前くらいなら… 聞いたことあります」
ベップ「彼は〈ゲームモデル〉という考え方を世に広めた人です。そして.....あなたは彼に少し似ています」
レオン「え、どこがですか!? まさか、顔とか....?」
ベップ「いやいや、顔ではなくて..…勝利に執着し過ぎるところです」
レオン「...あ、そうなんですね」
レオンM:勝利に執着し過ぎるってどういうこと? 試合に勝ちたいって、当たり前の感情じゃない? 勝たなきゃ意味がないのに…。
ベップ「宿題です。モウリーニョが〈ゲームモデル〉について様々な文献で語っています。それを調べて、〈ゲームモデル〉とは何かを私に教えてください」
彼女は宿題をメモして、今日学んだことを読み返し、立ち上がった。
レオン「今日はありがとうございました。それではまた明日、この時間に、第二職員室でよろしいですか? それと、レオンと呼んでいただけますか?」
ベップは、少し目を見開いて驚いた顔をした。
ベップ「わかりました。レオン。」
レオン「ありがとうございます。これから一ヶ月間、〈ゲームモデル〉について学びに来ますので、宜しくお願いします」
ベップ「それではまた明日」
レオン「失礼します」
レオンは第二職員室のドアを閉めると、ほっとしたのか、身体中汗びっしょりだったことに気がついた。
ベップが急に職員室のドアを開けた。
「あああ、忘れるところだった。これ、持っていきなさい」
ベップはレオンに1枚のA4用紙を渡した。
レオン「これは!?」
* * *
レオン:サッカーノート1:
【ゲームモデルの目的】
チーム全員が攻撃と守備の同じ絵を描いて、正しい習慣にすることが〈ゲームモデル〉の目的。正しい習慣が正しいサッカーを生む。チームにとっての正しいサッカーが〈ゲームモデル〉。
【ゲームモデルの存在理由】
選手が試合中に迷うことなく自身の役割を全うできるように、選手の頭の中を整理する。
【3つの選手の役割】
・チームの役割(チーム全員共通:チームの役割)
・集団の役割(FWとMFの関係、MFとDFの関係:選手間の役割とはつながりのこと)
・個人の役割(選手個人のポジション毎:選手の役割)
気になったこと:
サッカーには同じ状況が2度と存在しない。〈ゲームモデル〉は所詮モデルでしかない。
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