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「いってらっしゃい」「おかえり」に込められた、魔法みたいな想いのこと


行ってらっしゃい。

実家にいたときは毎日のように口にしていた言葉だけど、
一人暮らしを始めてから、その頻度はめっきり減った。

それでもたまに、行ってらっしゃい、を使える場面はやってくる。

それは職場で、上司が席を外すとき。
会議やアポのためにデスクを離れる前、
行ってきます、と近くの人に告げるときだ。

行ってきます、に呼応するのは、行ってらっしゃい。

でもこのとき、
行ってらっしゃい、と口にすることは、私にとってむずかしい。

行ってらっしゃい、と返すひともいるし、
一般的な言葉だとは思うけど、なんだか気恥ずかしい。

職場で使うには、
ちょっと親密すぎる感じがするのです。

(私がいちばん歳下で、上司との距離があるからかもしれない)

この気恥ずかしさや、
「行ってらっしゃい」という言葉が持つ親密さって、何なのだろう。

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そう思ったとき、
「行ってらっしゃい」には、
相手のことを想う気持ちそのものが含まれていることに気づいたのです。

「おかえりなさい」も、そう。

だれかの帰りを待つ人の、色んな想いがこもっている。

「行ってらっしゃい」
相手を居場所から送り出すときにかける言葉。
出かけた先で頑張ってね、と応援する気持ち。
気をつけてね、と相手の身を気にかける気持ち。
無事に帰ってきてね、とまた会えるのを心待ちにする気持ち。

「おかえりなさい」
相手が居場所に戻ってきたときにかける言葉。
きょうもよく頑張ったね、と労う気持ち。
再会のときを迎えて安心する気持ち。
無事に帰ってきてくれてありがとう、と相手の存在に感謝する気持ち。

おかえりなさい、と伝えるとき、
「行ってらっしゃい」と送り出したときの気持ちを、
相手が身をもってお返ししてくれた気分になる。

なんてことない言葉だけど、この一言で、
相手のことをいとおしむ気持ちを伝えられる
ことに、気がつきました。

言葉をかけた側の想いを、相手がどれだけ受け取ってくれるかはわからない。
むしろ、無意識に受け答えすることがほとんどでは。

けれど、そんな日常的な一言が
これだけの気持ちをはらんでくれるとしたら、
それは魔法みたいだ、と思うのです。

同時に、日本語の表現って
受け手によって捉え方がさまざまで、
なんて深くてうつくしいのだろうと、
途方もない気分になる。

相手とは物理的に離れていたとしても、
「今ごろ電車に乗れたかな」とか「夜ご飯食べてるかな」とか
ふとした時に考えてしまうのって、
「行ってらっしゃい」「おかえりなさい」と
伝える時の気持ちの延長線上にあると思うのです。

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「行ってらっしゃい」と「おかえりなさい」を
伝えたい相手がいることに感謝して。

たいへんなことも沢山あるけど
いとおしいこの世界で、
大好きなひとたちと明日をつくれますように。

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