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インドでおなかを守る極意と、インド的「下請け文化」の考察-①

インドは、衛生環境の悪さで世界にその名をとどろかせている。
実際にインドに来たことのない人間でさえ、「インドは汚い国である」という認識を持っている。現場を知らない見解や偏見は最も避けるべきものだが、私も実際インドに住んでみた結果、残念ながら日本人の視点から見て「インドは汚い」という感覚は正しいと言わざるを得ない。もちろんデリーやムンバイなどの大都市には、極めて限られた小ぎれいな地域が存在するが、そういった大都市ですらお世辞にも衛生環境が良いとは言えない。ましてや、地方都市や農村であれば言うまでもない。外務省や厚労省が発表している注意情報を見ても、他の国では見ないほどの、あらゆる感染症が羅列されていることもその証左の一つでもある。

インドを一言で語ることはできないが、いかなる社会階層、いかなる地域でも、「不衛生なインド」に全く影響されずに生活することができないのは確かだ。今回は、衛生環境が悪いインドにおいて我々日本人がどのように対応すればよいのか、特にインドの食からおなかを守る極意について考察する。そして後段では、「不衛生なインド」の背後にあるインド社会の「下請け文化」についての考察も記録したい。
 
インドに一週間以上出張や旅行に来る人々を見ていると、四人に一人くらいは下痢や腹痛や食あたりなど何らかの不調を体験して帰国している。インド出張中の国内移動も考えた場合、おなかを壊すのは致命的である。インドのおなかの不調は一日二日で治るものではなく、出張や旅行の目的そのものを揺るがしかねない深刻な事態だ。そして、帰りの飛行機を考えた場合、もはや地獄の苦しみである。駐在員にとっても、おなかを守ることは重要だ。病院も頼りにならず、他国へ逃げだすことができない状況で、長期に渡ってインドからおなかを守るのは仕事を進めるうえでの基本動作である。
インドにおけるすべての活動は、まず、おなかを守ることから始まると言っても過言ではない。この問題は、あなたの全てのインド体験を左右する。
 
それでは一体何にどう気を付ければいいのだろうか。駐在員でさえも痛い思いをして、やっと効果的な対処に行き着くという遠回りをしている。
これだけ多くの邦人がインドに訪れているにもかかわらず、この状況が繰り返されるのは全くの無駄なので、駐在生活を経た個人及び周囲の経験に基づき、インドからおなかを守るための実践的な対応のセットを、その社会的背景も含めて、ここに書き留めておきたいと思う。
それらは、習慣と道具の二つの守り方に分けて説明できる。①習慣を使った守りとは、食に臨むにあたってどのような行動をすればいいのかということ。②道具を使った守りとは、いくつかの基本道具を携帯・利用することで、おなかを守り、もし被害にあった場合にその影響を最小限に食い止める方法である。


まず、①習慣を使った守りは、インドでおなかを守る「5W1H」と覚えて頂きたい。
 
 
1.   (W)ash your hand : 食べる前に手を洗う
2.   (W)ipe your dish : 食器や皿を「自分で拭く」
3.   (W)ary on can and cup : 缶や瓶に口をつけない 
4.   (W)ater is essential : 口に入る水は必ずミネラルウォーターを使う 
5.   (W)alk away from low and raw : 屋台飯や飲み物、生野菜や果物も極力控える
6.   (H)ow to approach to curry : インドカレーは体に合わないことを認める 

 
①   Wash your hand : 食べる前に手を洗う 
これは公衆衛生学上も感染症の対策として非常に有効であることが証明されている基本中の基本である。単に家やホテルを出て近所のATMに行くだけでも、日常生活であなたが触れる部分は本当に様々な人が触れている。これは先進国でも同じだが、インドでは、それらの人々の中に、バケツに汲んだ水で尻を洗っている者をはじめ、不衛生な環境で暮らしている者が自然と含まれてくる。そんな環境下、手を洗わずに食卓に向かうのは自殺行為と言っても過言ではない。ご飯やカレーを手づかみで食べることもあるインド民にとって、手を洗わないことは、洗っていない食器でご飯を食べるようなものなので、実は彼らこそ真剣に手を洗ってから食事に臨む。会社のカフェテリアでは長時間手を洗うインド民社員をよく見る。高級ホテルや高級マンションも例外ではなく、インドでは至るところを業者や訪問者が無数に通過しており、残念ながら極端に不衛生な環境で暮らす人々が触った場所にあなたも自然と触れて生活している。その環境下、手を洗うという基本動作の重要性は極めて高い。
 


②   Wipe your dish : 食器や皿を「自分で拭く」
デリーを含む北インドの料理は、大皿の盛られたものをシェアするタイプが多い。バターチキンカレーやダルカレーやナンは、シェアを前提とした典型的な料理だ。南インド料理の場合、ミールスという定食のようなコンセプトの料理があるが、シェアを前提にした料理もよく出てくる。シェアをするということは、手元に取り皿が渡されるのだが、この取り皿や食器が曲者である。レストランに行くと、取り皿はあらかじめ机の上に出ていて扱いが適当だったり、ナイフやフォークやスプーンなどの食器の扱いも、いつ洗ったのか分からないものがテーブル上のケースに刺さっていたりする。これらは使用する前に自分であらためて表面を拭くことで、最低限の埃やまとまった汚れなどを拭い去ることが必要だ。インド民たちをよく観察していると、彼らも食器を拭いていることがある。彼らにとっても街中の大して高級でもないレストランに置いてある皿や食器に対する信用度は高くない。
 


③   Wary on can and cup : 缶やコップに口をつけない
インドで買う缶飲料やコップの口は不衛生と思っておいたほうがいい。何しろすべてのものにさらされているからである。インドで飲料を運ぶトラックを見たことがない方も多いと思うが、日本のように段ボールの中に缶が丁寧に入っているのではなく、複数の缶がビニールで簡易梱包され、それをそのままトラックの荷台に乗せ、雨ざらし日ざらしで運ばれている。そして、埃だらけの倉庫に保管される。その後梱包を解かれ、特に洗浄もないまま店頭に出てくる。飲料の缶を見てみると得体のしれないボンドのような塗料や、鳥の糞を被っているものもある。それを日本と同じ感覚で缶に口をつけて飲んだりしたら、たちまち高いリスクにさらされる。コップも同じく心配の種である。不衛生なテーブルの上に、飲み口を下にしてグラスやコップが置かれていることもしばしばだ。インド民はこの常識の中で生きているので、飲み物がコップに入れられて出てくるときは、ウェイターがストローも一緒に渡してくれる。私もはじめは、なぜストローをわざわざ出してくるのか不思議だったが、それは不衛生な缶や瓶やコップに口をつけて飲むのに抵抗がある者もいるからであると暫くして理解した。
 


④   Water is essential : 口に入る水は必ずミネラルウォーターを使う 
水は摂取量が多いので、もし問題があった場合には深刻なダメージを追うことになる。五つ星ホテルの水道から出る水も例外ではなく、うがいや歯ブラシを洗う水など、口に直接的間接的に入る水はすべてミネラルウォーターを使ったほうがよい。インドの住宅や商業施設には、オーバーヘッドタンクという巨大水瓶があり、この水瓶に水をためて、そこから水を下ろす仕組みになっている。メンテナンスという概念を理解するのが非常に苦手なインド民がこのタンクを定期的に清掃しているのか大変疑わしく、それに加えて水道管のクオリティも相まって水道から出てくる水は濁っている場合がある。
インドのレストランに行くと、「ROかミネラルウォーターか」と、必ずはじめにウェイターから質問される。この時は必ずミネラルウォーターを選択しよう。100ルピーから200ルピーでリスクを低減できるならば安いものである。短い旅行や出張であればなおさらだ。ROというのは聞きなれないかもしれないが、浄水器の水のことである。しかし、この浄水器はあなたが考えるような高性能なものではなく、フィルターの交換も誰がいつやったかわからないようなものである。ここで少しのお金をケチってRO水を選ぶ理由など全くない。
 


⑤   Walk away from low and raw : 屋台飯や飲み物、生野菜や果物も極力控える
これまで聞いた中で、最もおなかを壊す原因として多いのは、路上の屋台の食べ物や飲み物である。インド民のミドルクラス以上は、このようなところで日常的に食べたり飲んだりすることはない。それくらい衛生状態が悪いと思っておいたほうがいい。特に火が通っていないフルーツや乳製品などは悲惨な症状を引き起こすこともあるので、極力食べないようにしたい。
生野菜も同様だ。ホテルやそれなりのクラスの料理屋であれば、さすがに大丈夫と思うかもしれないが、それは完全に甘い考えだ。インドの伝統的な料理をよく見てみると、生野菜を使った料理などというものは殆どないことが分かる。北インドのカレーや、その付け合わせのベジタブル、南インドのミールス、東インドのベンガル料理など色々な伝統料理があるが、全て熱加工している。

古くから、この不衛生なインドにおいて生きるための生活の知恵として、料理は進化と完成に辿りついている。外国のライフスタイルが入ってくるにつれてインド民も生野菜を食べるようになったが、インドという土地や気候や社会が持つ特性は変化しておらず、生野菜を日常的に安全に管理して食の一部に添えることができるような社会基盤が薄い。例えば、野菜を直接荷台に満載した大型トラックが路上を走っている。それらの野菜はあらためて洗浄されることなどなくそのまま商店の店頭に並ぶ。スーパーに並んだ野菜もよく選ばないと腐っているものも多い。外国人用のスーパーであれば多少マシだが、それでも野菜の鮮度はよいとは言えない。邦人は生野菜を食べるときは野菜用洗剤で一度洗浄をしてからサラダなどを作るなど配慮をしているが、当然インド民がそのような面倒な手続きを踏んで調理をすることはないので、外部で食べる生野菜はリスクが高い。
 


⑥   How to approach to curry : インドカレーは体に合わないと認める 
日本に来て味噌汁を飲んだインド人が、「何も味がしない」とクレームをいれた笑い話が本当に聞こえるほど、インドの料理はとにかく味が濃く、香辛料が強く効いている。時にはとても食べられないほど強い場合もある。インドに訪れた日本人が香辛料を過剰に摂取すると、内臓が過剰に刺激され、おなかを壊す可能性が増す。インド民と我々とはそもそもの体の作りが違うので、インド料理を注文するときは「Less spicy」と言っておくのが安全である。インドのレストランはかなり柔軟に客の要望に応えてくれる。宗教や地方によって食べ物の好みがある国にふさわしく、色々な調整が可能だ。

せっかくインドに来たのだからインドカレーを食べたいと思うだろう。有名店のインドカレーはとてもエキゾチックで日本では味わうことできないスパイスの奥深さを堪能することができる。しかしこれは地獄への片道切符ということもある。そもそもカレーという料理は、もともと何が入ってあったのか、素材が良かったのか悪かったのか、全然わからなくなる特性をもった料理である。新鮮な材料が手に入らず、生野菜も食べられないインドという環境において、頭をひねって考えられた日常食がインドのカレーという調理方法である。だからこそカレーになってしまった瞬間、あなたは自力でその料理の問題点を検知することは不可能になる。においをかいでも味見をしても、臭みなどは全然わからない。リスクを丸のみするような料理なのである。そして、それに含まれる大量の油と塩分も体の負担になる。賢明な食べ方としては、例えばチキンカレーが出てきたら、チキンは食べるが周囲のカレー部分は食べ切ろうとせずに、ほどほどに味わってあまり多く食べないように意識するとよい。
ほんとに毎食インド料理ばかり食べて生活できている駐在員など一人も会ったことはない。日本料理、中華、洋食など工夫しながらおなかの負担を軽減させて日常を送っている。我々日本人の体は、インド民と異なる淘汰の歴史を経ているので、インドカレーは体に合わないと認めることも必要である。
 
今回紹介した5W1Hはいささか過剰に見えるかもしれないが、体がインドに慣れた駐在員でさえも、程度の差こそあれ、これらの点に気を配って生活している。ましてや、インドの環境に体が慣れていない出張者や旅行者の日本人の場合、これくらい注意を払って全く損はない。なにせ、日本人のほとんどが、インドに晒される時間は一生の中で数日ないし数週間ほどしかないのだから、その時間を有意義に過ごすためには、おなかなど壊していられない。

(次回以降の投稿では、インドでおなかを守る方法「道具編」を説明しつつ、インド的「下請け文化」の考察に入っていきたいと思います。)



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