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『途中のページが抜けている』作品トリヴィア/ インディアンムービーウィーク2022

『途中のページが抜けている』(原題:Naduvula Konjam Pakkatha Kaanom、以下NKPK)は2012年のタミル語映画。結婚式の前日に軽微な事故から短期記憶障害に陥り、結婚式も結婚相手も忘れてしまった男を巡るコメディ。

お笑い版『ガジニ』?

タミル語映画には、ハリウッド映画『メメント』から着想を得たスーリヤ主演の『Ghajini(ガジニ)』(2005年、未)という大ヒット作があった(同じ題名でアーミル・カーン主演のヒンディー語リメイクも2008年に公開された)が、本作は「お笑い版ガジニ」とでもいうべきもので、抱腹絶倒の笑いの後に、じんわりとした感慨も残す友情の物語。

インド映画の笑いは、外国人が楽しむにあたってはハードルの高い要素の一つ。現地人観客が爆笑している隣で置いて行かれた経験がある人もいるだろう。それは、笑いのツボが言語と社会に重度に依存するものであるからだ。多くの場合、ユーモアは専門のコメディアンによって担われる。彼らは過去の膨大な映画作品のストックから縦横に引用し、同時代の政治や社会への風刺も取り入れる。また同音異義語やスラングの中から可笑しみを取りだし、それに絶妙な表情やイントネーション、ドタバタの身体表現も加わる。外国人に理解ができるのは最後の要素だけなので、インド映画のコメディの質は、往々にしてそれだけで判断され、断罪されてしまいがちだ。『NKPK』は、いわゆるコメディアンを登場させず、シチュエーション・コメディであることに徹し、小規模作品であるにもかかわらず、ユニバーサルな笑いを生むことに成功している。

『途中のページが抜けている』より

ヴィジャイ・セードゥパティと仲間たち

本作公開時、プレーム役で主演のヴィジャイ・セードゥパティは、長い下積みの末に『Thenmerku Paruvakaatru(モンスーンの南西風)』(2010年、未)で初の主演を果たしてから間もなかった。この『NKPK』と、わずか40日ほど前に封切られた『ピザ 死霊館へのデリバリー』(2012年)との2本によって大ブレイクすることになった。

ヒロインのガーヤトリ(ダナ役)はデビュー後の第2作目、3人の友人サラス、バグス(バガヴァティ)、バッジ(バーラージ)を演じるヴィグネーシュワラン・パラニサーミ、バガヴァティ・ペルマール、ラージクマールは映画初出演、監督のバーラージ・ダラニダランも長編を初めて手掛ける新人と、本作はフレッシュなキャスト・スタッフによって生み出された低予算映画で、観衆を惹きつけるパワフルなスターが不在の中で、脚本と演技、演出の巧みさによってカルトな人気を博した。

封印されたソング

『NKPK』は低予算とはいえ、ヴェード・シャンカルの手になる5曲からなるフルアルバムが発表され、その中の1曲でアーンドリヤー・ジェレマイヤーが歌う「O Crazy Minnal」はヒットした。しかし、撮了後に編集も終えて試写を行った際に、尺が長すぎると指摘されたため、冒頭のキャラクター紹介ソング「失礼します 話を聞いて」以外の楽曲は全て削除され、全体で約25分のカットとなった。ただし、海外で発売された本作DVDなどでは、結果的にプロモーションのためだけに使用された「Omelette Potta」というソングを本編中に挿入しているものもある。

『❜96』と『NKPK』

本作の撮影を担当したのはC・プレームクマール。その後も数作品のカメラマンを努めたが、2018年に『❜96』で監督としてデビューして大成功を収めた。『❜96』には、主演のヴィジャイ・セードゥパティの他にバガヴァティ・ペルマールも出演し、『NKPK』を見た観客にだけ分かる薄っすらとした楽屋落ちも仕込まれている。そして、『NKPK』を最後まで観ることによって、C・プレームクマールとのさらに深い因縁も理解されるだろう。

『❜96』より

南インドの結婚式

本作のクライマックスとなるのは結婚式。インドの結婚の式次第は、宗教、地域、カースト、階層によって千差万別。本作では、まず最初に披露宴(飲食よりも新郎新婦のお披露目が主旨)、翌日に結婚式本番、その後に会食という順番で行われる。これとは逆に、先に結婚の儀式を行い、その後に披露宴というパターンも珍しくない。南インドのヒンドゥー教徒の間での結婚の儀式の要は、花婿が花嫁の首にターリ(マンガラスートラ、マーンガリヤムとも)とよばれる聖紐をかけて結ぶこと。この固めの儀式の前には、列席者の間にターリが回され、各人が祝福をする。儀式は長々と続くが、このターリを首に結ぶ儀式をもって結婚の成立となり、後戻りはできなくなる。北インドのヒンドゥー教徒の間では、ターリを結ぶことよりも、聖火の周りを新郎新婦が手を繋いで回るサプタパディと呼ばれる儀式の方を重視する傾向もあるようだ。ターリには金でできたペンダントがついており、結婚後はこれを金などのチェーンに掛け換え、妻となった女性は常時身に着ける。ターリは既婚女性の印のひとつでもある。

『途中のページが抜けている』より

『NKPK』『マドラス 我らが街』共通のロケ地

大規模なセットなどはほとんど使わずに撮影された本作だが、前半に登場する病院は、古風なインド・サラセン様式の煉瓦造りの建物で印象に残る。これはチェンナイ市の中心部チェーッパーッカムにあるヴィクトリア・ホステル(地図:https://goo.gl/maps/F4NXrvjsoVhoXdK39)で、建造は1880年であるという。当時の支配者だったアールコートのナワーブの宮殿の一部として建てられ、その後近隣の大学の学生のための寮となった。興味深いことにこの建物は、『マドラス 我らが街』では裁判所として画面に表れていた。

『途中のページが抜けている』(上)、『マドラス 我らが街』(下)より

【作品紹介】

監督:バーラージ・ダラニダラン
出演:ヴィジャイ・セードゥパティ、ガーヤトリ、ヴィグネーシュワラン・パラニサーミ、バガヴァティ・ペルマール、ラージクマールほか
音楽:ヴェード・シャンカル
ジャンル:コメディ
映倫区分:G相当
2012年/タミル語/161分
©Leo Vision

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