機械式時計のカラクリ(第2編)
こんにちは!前回のお話では、機械式時計の内部でエネルギーが貯蔵され、伝達される仕組みをご紹介しました。このゼンマイを巻いたおもちゃの車と同じで、”巻き上がった状態”の全体にエネルギーが溜まっている状態。でも、ここで一つ問題があります。
手を離すと、おもちゃの車はゼンマイの力が一気に解けてしまうのです。おもちゃの車はビューンと前進するとカッコいいですが、時計においては、ほどけるスピードをコントロールできないと歯車の回転数、つまり時針分針の動きをうまく管理できません。では、どうやって”チクタク”と、ゼンマイの力を一定のリズムで正確に動かすことができるのでしょうか。時計の心臓部と言われる重要な「③調速」の機構を今回は掘り下げていきます。
時計としての本質的な役割
時計はただの時を告げる道具にあらず。美しいデザインで私たちのファッションを彩り、最近では最新のウェアラブル技術を搭載して、さらに機能性を拡張していますよね。さらには地球資源や環境保護、そして消費者保護に力点を置いたモノづくりも注視されるようになりました。
しかしながら、その根本的な機能は「時刻を正確に知る」ことに他なりません。この正確性を保つためには、ゼンマイの”バネの力”をうまくコントロールし、歯車を通じて規則正しい動きに変えなければなりません。そのための心臓部が「調速機」と「脱進機」です。まずは言葉の定義から:
「調速機」は「てんぷ」と「ひぜぜんまい」から成る(①貯蔵の香箱のなかのゼンマイと混乱しないように!)。時計の裏蓋から覗いて、リズミカルに往復運動している丸い輪が「てんぷ」です
脱進機は主に「がんぎ車」と「アンクル」から成る。アンクルには昆虫クワガタのように左右に2つの爪がついており、古くからルビーやサファイアの赤色の石が素材として選ばれています
調速機・脱進機のカラクリ
この仕組みは複雑で、言葉よりも動画で見た方が理解しやすいので、アニメーションを確認ください。概要としては:
四番車からのエネルギー伝達により、「がんぎ車」が回転
「がんぎ車」にはクワガタの形をした2つの爪がある「アンクル」が噛み合っている。爪が2つあるのがミソで、回転によって右の爪が押されると、すぐに左の爪があたって回転が停止する設計(片方が引っかかってると、片方が解放されてる状態)
「がんぎ車」から「てんぷ」に回転力を与え、同時に「ひげぜんまい」も回る。「ひげぜんまい」は巻かれたりほどかれたりする反発力で、クルクルと膨張・収縮するバネのようなもの
やがて、「ひげぜんまい」の反発力で「てんぷ」が反転(反対に回転)。同時にアンクルも動くことで、左の爪が外れて、「がんぎ車」が再び動く(常に時計回り)。すると今度は、右の爪があたり回転が停止。これで「がんぎ車」は1歯回転したことに
「ひげぜんまい」は規則正しい伸縮運動をするので、その周期に合わせて「がんぎ車」が停止と回転を繰り返し、結果一定の間隔でチクタクチクタクと回り続ける
エネルギー伝達の順序としては、四番車回る→ガンギ車回る→アンクル制御(左)→四番車・がんぎ車止まる→てんぷ回る→ひげぜんまい回る→ひげぜんまい反転→てんぷ反転→アンクル制御(右)→がんぎ車回る。
もう一度、そのカラクリをアニメーションで見てみましょう。
(かなり込み入った内容な気がしてて、僕は何度も何度も頭をひねりながら、頭の中でシミュレーションしながら理解しています)
理論上は、すべてが一定の速度で左右運動が永久的に繰り返されます。しかし、実際は摩擦があったり、温度差で運動に差異がでてきたり、重心が偏ることで運動が乱れたり…。これらはすべて繊細な時計にとっては天敵なんです。ただそれをすべて話していたらキリがないので、今日は理論上どういうカラクリで動いているか、に留めることにしましょう。
これが貯蔵されたエネルギーが”調速”されながら、動く仕組みです!①貯蔵されたエネルギーを歯車を通じて②伝達して、規則正しい左右の往復運動に変換するための③調速機構。
もし③調速が欠けていれば、貯蔵されたエネルギーは一瞬で逃げてしまい、ゼンマイの車のおもちゃ状態。回る・止まるの繰り返しがミソですね。逆に、もし③調速があっても、①の貯蔵が欠けていたら、数回がんぎ車が回って息絶えてしまいますよね。
両方必要で、その間をつなぐ②の伝達機構、すべてが絶妙に噛み合って、「正確に動き続ける」仕組みがあるんです。単純に素晴らしい!なんと綺麗なカラクリなんだ!と声があふれ出てしまいますよね。
大きなのっぽの古時計も同じ?
子どもの頃に耳にした「大きなのっぽの古時計」の歌を覚えていますか?
あの古時計も、今日ご紹介する機械式時計の原理と全く変わりません。大きな振り子がひげぜんまいの働きをしますが、脱進機にある爪が停止・回転を繰り返し、その力を時間とともに均等に解放することで、時を刻むのです。
ただ振り子には弱点もあります。それは、振り子全体が揺れると振動がぶれ、回転が乱れたり最終的に停止してしまうこと。そのため、振り子時計は、移動することや持ち運びすること、当時の船の上で使うことなんてできませんでした。それもあり、脱進機とは様々な進化を遂げ、今我々の腕に乗るコンパクトなサイズで、かつ正確に動いてくれているのです。脱進機の歴史はこちらにまとまっているので興味があれば是非!
「振動数」は左右の運動回数
時計の”心臓”、すなわち調速機の動きは、振動数で計られます。この振動数は、1秒間あるいは1時間にてんぷが振れる回数を指し、その往復動作はHertz(Hz)で表されます。8振動以上を「ハイビート」と言いますが、高い低いが、必ずしも良し悪しというわけではありません。例えば、ハイビートは安定的にビートを刻むので、高い精度を出し易いというメリットがある一方、その分摩耗が激しいというデメリットもあります。いろんな呼び方があるので、下の早見表をご覧ください。
おわりに
皆さんの腕に優雅に輝く時計の小さなケースの中で、精密に動く心臓部は実に美しい。このカラクリで一日で±10秒程度しかずれない、というのがさらにすごい。時計師が細心の注意を払って手作業で組み立てるその意義は計り知れません。もちろん、工場製造で作られるものもありますが、一つ一つ丁寧に作られる時計がそれなりの価値を持つのも納得ですよね。
これまでが内部の機構について話してきました。下図の①~③については、言葉で説明できるようになりましたでしょうか?少しでもお役に立てたらうれしいです。
次回は、腕につける上でユーザーとのインターフェースとなる、外側やデザインの部分、つまり時計の「④表示」について掘り下げていきましょう。時を刻む小さな宇宙、機械式時計の旅はまだまだ続きます。