見出し画像

小説:冷徹メガネと天職探しの旅 第5話

5.社長

「何でアプリを社員数マックスで取ってこないんだ!」
予想どおり藤原マネジャーの説教を受けることになった。
「すいません」
「すいませんじゃない!プランだって簡易プランだ。前回話した顧客単価と売上数の話理解できてないんじゃないか?」
僕は無言でうなずくしかなかった。興奮気味で怒りに満ちていた藤原マネジャーの顔がサッと笑顔に変わった。
「社長!お疲れ様です!」
藤原マネジャーは満面の笑顔で社長を迎えた。気付かない内に社長が営業のフロアに来ていたようだ。急に社長が後ろに立っていたので僕も緊張をした。
「熱くやってるね」
社長は満面の笑顔でマネジャーと僕に話かけた。日焼けした顔に真っ白な歯が眩しいくらいだった。社長は大手銀行に勤めた後、30代でAIに可能性を感じて独立、起業した。10年間たらずでこの会社を社員数100名以上、売上60億以上にした凄腕の人物だ。僕も新卒の時に社長の話を聞いてAIの将来性と社長のカリスマに大きいなインパクトを受けた。
「申し訳ありません」
マネジャーはニコニコしながら汗をぬぐっている。社長も笑顔でマネジャーの肩をポンッと叩いた。
「仕事熱心なのは素晴らしいが、あまりヒートアップしすぎないようにね」
「畏まりました」
マネジャーは恐縮しっぱなしだ。社長が不意に僕の方に体を向けてきた。僕は緊張してグッと背中に自然と力が入るのが感じられた。
「荒田君」
「はいっ」
突然名前を呼ばれて声が裏返ってしまった。
「新規の契約が取れたみたいだね」
社長はマネジャーの手元にあった契約書を受取りサッと目を通した。
「これからもお客様にAI技術で貢献できるように営業を頑張ってね」
「はい」
「何かあったらいつでも社長室に来てくれ。ドアはいつも開いている」
社長は白い歯を覗かせたビッグスマイルで親指を社長室に向けていた。
「ありがとうございます!」
社長は僕の肩を2度優しく叩いた。
「藤原マネージャー、例の話があるから後で社長室に来てくれ」
「わかりました!今お伺いします」
その言葉を聞くと、社長はサッと社長室の方へ帰っていった。藤原マネージャーも足早に社長の後についていき社長室へ消えた。その姿を僕はぼうっと眺めていた。嵐が急に来て去っていった感覚だった。社長のオーラ二圧倒された。そして100人以上も社員がいる中で営業の1人に過ぎない自分の名前を覚えてくれていた事に感動をした。なぜ自分がこの会社に入りたいと思ったのかを思い出した気がした。
「社長と何話してたんだ」
佐藤が探るように尋ねてきた。
「新規の契約おめでとうって」
「良かったな」
佐藤は特に嬉しそうもなく言った。
「藤原さん以外のマネージャー職も全員呼ばれているみたいだぜ」
佐藤は急に小声になった。
「何だろう。今までそんなこと1度も無かったのに」
僕は期待と不安が入り混じった気持ちになった。
「大きな組織編成があるかもしれないな」
確かに急激に大きくなった組織ではポジションによって負担が大きくなっている場所もある。大きな組織編成があってもおかしくない。
「もしかしたら大好きな藤原マネージャーと別の部署になるかもな」
佐藤は悪い笑顔で僕の横腹を小突いた。
「そうなったら悲しいよ」
僕は全然悲しくない顔で佐藤の横腹を小突き返した。大きな組織編成があったとしても下っ端の自分にはほとんど影響は無いだろう。上の役職が変わるのが一般的だ。もしかしたら新規事業の営業部門に異動になる可能性もあるが藤原マネージャーから離れられるなら大歓迎だ。
「荒田は何か他に情報仕入れてないの?」
「残念ながら」
すりガラスで良く見えないが社長と藤原マネージャーが何かを話している。いったい何の話なんだろう。その話が実は僕をどん底に突き落とすことを僕はまだ知らない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?