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小説:冷徹メガネと天職探しの旅 第9話

第9話 冷徹メガネ
メッセージを震える手で確認をしてみた。零華ちゃんからのメッセージはシンプルだった。
“天神と申します。ご連絡ありがとうございます。今週でしたらお昼はいつでも空いております”
簡素なメールに少し気落ちしたが“お昼はいつでも空いている”という一文に心が躍った。思っていたよりはるかに早くデートの約束が出来そうだ!姉のお膳立てのお陰だろう。僕は今日ほど姉に感謝をすることは無かった。勇気が湧いた僕はデートの日にちを確定させ、お昼に会うことにした。
零華ちゃんも東京駅が職場に近いということで、集合場所は東京駅のKITTE丸の内にあるイタリアンレストランにした。デートなんて何年ぶりだろうか商談の3倍は緊張をしている。仕事を早めに切り上げて約束の時間の30分前にはレストランに着いていた。席は窓際の景色が良い場所だ。CAの人と何を話せばいいのかと頭がパンパンだった。期待と不安でソワソワとした。約束の時間まで僕は水を4杯飲み、3回トイレに行った。3回目のトイレから帰って来た時に入り口から女性が入ってくるのが見えた。ショートカットの女性だ。店員に何かを確認してこちらの席へ向かってくる。心臓の音がバクバクとなり耳に響いた。
彼女は少し茶髪のボブカットだった。銀のフレームメガネをしている。クールな印象を受けるが驚くほどの美人だ。身長はそれほど高くないが顔がモデルのように小さいので実際の身長より高く見える。薄茶色のスーツを着ており清潔感があった。僕は想像よりも綺麗な女性の登場に同様してしまい。足が震えていた。
「天神零華です。よろしくお願いします」
彼女は軽く頭を下げ席に座った。
「あっ荒田優一です!よろしくお願いします!」
僕は慌てて立ち上がり自己紹介した。声が震えていた。彼女はクールな眼差しでこちらを見ていた。その後の言葉が続かずとりあえず僕も座ることにした。
「お昼は何か食べましたか」
「まだです」
「ここはパスタが美味しいみたいですよ」
「そうなんですね。それではパスタを食べます」
僕は手を挙げて店員さんを呼んだ。
「このランチパスタを二つください」
「かしこまりました」
店員さんが去ってしまうとまた話すことが無くなってしまった。僕はとりあえず水を飲んで次の言葉を探す。気づいたらコップの水は空になっていた。
彼女は姿勢よく座って周囲をゆっくり観察している。
「今日は天気も良くて風が気持ちいですね」
「そうですね」
会話が続かない。冷や汗が出てきた。
「ここのパスタは本当に美味しいみたいですよ」
「そうなんですね」
天神さんは仮面を被ったように冷ややかだ。
「天神さんはお休みはどんなことをして過ごされるんですか」
お休みは何をしているか聞く鉄板トークで突破口を開こうと試みた。
「休みはランニングをすることが多いです」
「そうなんですね!体を動かすのがお好きなんですか」
少しずつ氷が溶けるように会話が進んでいく。
「体が資本ですから。体力維持の為に走っています」
「凄いですね。僕なんかお休みは家でゴロゴロとしちゃいます」
自分の笑い声だけが響く。天神さんはニコリともしない。ここで挫けては駄目だと勇気を振り絞って話題を振る。
「天神さんは色々な場所に行かれてると思いますか、どこが一番良かったですか」
天神さんは一瞬考えるように顎に手をやった。
「仕事の出張で行くことがほとんどであまり外には出ないです」
「そうですよね、遊びに行くわけではありませんもね」
自分のトークスキルの低さに泣きそうになった。店員さんがパスタを持ってきた。ミートソースパスタからは食欲をそそる良い香りがしていた。
「美味しそうですね」
「そうですね」
天神さんはミートソーススパゲッティに手をつける前に軽く手を合わせ小さな声でいただきますと言った。僕も手に持っていたフォークを慌ててテーブルに置いて手を合わせた。
「転職活動は初めていますか」
いきなり転職の話になったので僕は思わずパスタを吹き出しそうになった。
「転職ですか?」
「はい、そうです。お姉さんから話を聞いています」
いきなり痛いところをつかれて僕は動揺した。しかし隠していたことが後でバレて関係性が崩れるよりは良い。
「転職はしようと思っているのですが、まだ本格的な活動は始めることができていません」
「どのような業界に興味があるのですか」
「IT業界とかですかね・・・天神さんは転職活動に関して詳しいのですか」
天神さんはパスタを食べる手を止めた。
「転職を生業としていますので●●●●●●●●●●
「なりわい?」
天神さんはパスタを再び食べ始めた。僕は頭が混乱してきた。
「職業はCAさんですよね」
「キャリアアドバイザーです。私はフリーランスで転職活動のサポートをしています」
フォークを落としそうになった。キャビンアテンドのCAでは無く、キャリアアドバイザーのCAだったんだ!僕は口が半開きになり言葉を発することができなかった。
「そっちのCA」
「そっち?」
「いえいえ何でもないです」
僕は心を落ち着かせようと、とりあえずパスタを食べることにした。味がしない。無理に口に含んだので咳きこんでしまった。
「大丈夫ですか」
「だっ大丈夫です」
姉の言葉が頭で反芻される。よく考えてみたら仕事も失いそうなニート予備軍の自分に会いたいと思ってくれる女性なんているはずがなかった。
「そうですよね、天神さんは転職のキャリアアドバイザー」
「そうです」
天神さんはパスタを綺麗に食べ終え、お皿とフォークを端に移動させた。
ゆっくりと水を飲んでいる。やはりとても綺麗だ。こんな綺麗な人が自分の恋人候補になると考えていた5分前の自分は幸せだった。
「さて本題に入りましょう」
僕はパスタを半分ほど残しフォークを横に置いた。
「本題?」
「今の転職活動の状況といつぐらいまでに転職活動を終えたいか教えてください」
「そうですね・・・実はまだ転職活動も始めたばかりで情報を集めている程度です。3か月後ぐらいには終わらせたいと思っています」
天神さんは鞄からノートとペンを取り出した。シルバーの高級そうなボールペンと表紙がオレンジ色のモレスキンだ。ノートにペンを走らせていた。


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