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小説:冷徹メガネと天職探しの旅 第2話 憧れの人

第2話 憧れの人

 東京駅周辺には様々な飲食店がある。世界各国の料理が楽しめる場所だ。そんな場所だが我々が良く行くのは大衆居酒屋だ。なぜなら安くて大量に食べれるからだ。皿に山盛り盛られたモヤシ炒めと餃子を食べながら僕と谷口さんは他愛のない話をした。
「ここの餃子は絶品ですね」
ニコニコしながら谷口さんは餃子を頬張る。僕は醤油では無くて、お酢に胡椒を混ぜて餃子を食べていた。
「荒田さん、それ何ですか?」
「お酢に胡椒です。これで餃子を食べると絶品ですよ」
さっそく谷口さんもお酢に胡椒を混ぜて餃子を食べていた。
「美味い!酢胡椒いいですね。どこで知ったんですか?」
「前テレビでやっていたんです」
本当は以前付き合っていた彼女が教えてくれた食べ方だった。そのことを言うと何だか未練たらしいと思い言わなかった。店内は仕事帰りのサラリーマンで溢れている。上司と部下、同僚、一人で食べに来ている人と様々だが一様に少し疲れているように見えた。外から見れば自分も同じように見えるのかもしれない。
「藤原マネジャーはホント何なんっすかね?」
谷口さんは餃子を酢胡椒でビシャビシャにして口に放り込む。
「数字のことばかり追求してきて、ろくなアドバイスもくれないじゃないですか」
僕は曖昧に笑いながらモヤシ炒めを口に放り込んだ。シャキシャキとした食感が美味しく濃い目の味付けもご飯を進ませる。
「それでは今日のスポーツです。MLBでは…」
お店の端に置かれたTVでは野球について報道をしている。日本人選手がまたMLBでホームランを打ったらしい。日本中が夢中になっている選手だ。
「大川選手またホームラン打ったんっすね!このままなら本塁打王狙えますよ」
谷口さんは口に餃子を含みながらまくしたてた。
「まさか日本人がMLBで本塁打王取れるかも知れないなんて、凄い時代ですね」
大川選手の活躍は漫画以上と言われている。
「何十億稼いでいるらしいっすよ」
谷口さんは何かを妄想している。
「凄いですよね…年齢は28歳で僕と同い年なのに。同じ人間なのになんでこんなに差がつくんだろう」
大川選手は大好きで応援をしているが、自分と同い年なので引け目を感じることが多々ある。
「比べちゃダメっすよ」
谷口さんが笑いながらビールを飲み干す。TVは野球報道を終えビジネスの特集に入った。どうやらエンジニア特集のようだ。
「エンジニアって働く場所も選べて給料もいいみたいっすよ」谷口さんはタバコを吸いながらTVを見ている。いつの間にかモヤシ炒めと餃子は空になっていた。
「リモートワークできるのは最高ですよね。それに給料がいいなんて羨ましすぎる」
僕は水滴がついたコップを持ち上げ冷たい水をチョビチョビと飲んだ。今の仕事でリモートワークをするのは不可能に近い。営業はお客様と直接合って商談する方が成約率が高い。一方で社内のエンジニアはリモートワークしといる社員もいる。給料も噂では高いらしい。いつか自分も働く場所を限定されずに南の島ででも働けたらなと妄想が広がった。
「転職しないでくださいよ〜」
谷口さんが不安そうな顔で僕を見る。
「転職しませんよ。したくても僕の能力じゃ転職できるかわからないですし」
「そんなことないっすよ。でも荒田さんが転職しちゃうと淋しいっすから」
「ありがとうございます」
今の新規営業はかなりキツイ。辞めたいと思うことは多々あった。だけど新卒から入った会社で転職活動をしたことも無く、営業の成績も中の下の僕が転職を成功させることは難しい気がしていた。このお店にいるサラリーマンも皆何か不満を抱えながら今の職に居なければならない人も多いのではないかと勝手な親近感を持った。少し丸まった背中が仕事の悩みを語っているようだった。きっと僕も同じ背中をしている。


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