若者と考える未来、社会、人間|稲見昌彦×細田守対談シリーズ 第3話
未来はどうなるのか
稲見 今回、学生たちに対して細田監督から事前にお題を頂きまして、その結果をいくつか拾ってみましょうか。「未来はどうなっているのか、どうなったら面白いと思うのか」というお題で回答を書いてもらったんです。
細田 ひとつのテーマに3から10個回答をいただきました。。
稲見 3から10というのがすごい大切だというのが、事前の打ち合わせで非常に印象に残っていまして。たぶん、一つか二つ挙げなさいというと、意外とかぶるかもしれない。けれども、10個だと個性が出ると申しましょうか。
細田 そうなんです。その方の人間性みたいなものが非常に出たり……。やっぱり、今の世の中で何が不満で、何に抑圧を受けていて、どういうふうにすると解決するか、楽しいか、みたいなことが書いてあると思うんですよね。
これを読んで、すごく素敵な人がたくさんいるなという気持ちになりました。工学部にいる人は、こういうことを考えているって世の中が知ると、もっと志望率が上がるんじゃないかと思うような。
本当は全員お話ししたいんだけど、時間的な制約もあるので、ちょっと何人か事前にピックアップしてきました。例えば、Aさん。この方のアイデアがそれぞれポップで楽しいというか、みんなそういうところに行ってみたくなる感じですよね。
稲見 ちょっと読み上げてみましょうか。回答1は「車がすべて自動運転になる」。回答2、「1人一台、AIの相棒と、一緒に生まれ育つ」。
細田 これは面白い切り口ですよね。イマジナリーフレンドみたいな感じかもしれません。それが普通になるかもしれないと。
稲見 一緒に生まれるっていうのがいいですね。で、三つ目が、突然毛色が変わりましたね、「好感度が見える」。
細田 好感度が見えるって、好感度を気にしてるっていうことですよね。同じようなことを文系の子に聞くと、例えば、「寿命がVRで見えると面白いんじゃないか」っていうんだけど。理系・文系の違いかもしれませんね。
稲見 それ、デスノート(笑)。
本当の自分の在りか
稲見 確かに、理系だとコミュニケーションが気になるのかもしれませんね。私も含めて、そこに苦手意識を持っている人もいるかもしれなくて。
確かに、私も学生とアイデア出しをやったりすると、必ず10人に1人ぐらい、好感度が見えるとか、相手の気持ちがARか何かで表示されるというのがあるんです。でも私、一つ疑問があって、それ本当に見たいのかと。むしろ、その人に合わせて表示の仕方を変えてくれないと、みんなつぶれちゃうんじゃないかな。
細田 確かにね、そうですね。
稲見 我々はトレーニングをすることによって、心の中で「ちょっと合わないかも」と思っても「頑張りな」と言ったりするのが、大人になることかもしれないのに、思ってることをそのまま伝えると……。
例えばニコニコ生放送。私は過去に、しかも大学の説明会でやったことがあって。あれって、何でもかんでもみんな好き勝手言うじゃないですか。「ネクタイが太い」とか、「最近稲見先生太りました」とか、ばーっと流れてくるんですよ。これってまさに、普段はおとなしい、発言もしない日本の人たちが、心の中を可視化している状態なんじゃないかという。
細田 なるほど。ネットの誹謗中傷なんて、要するにそれを日の下に暴いた状態なわけですから。そういう中で僕らは生きざるを得ない状態に今もある。好感度が見えるってことも、案外現実的なことかもしれませんね。それもあって、(Aさんの)次の回答は「自分の性格を編集する」っていうね。
稲見 これ、どうお考えになります?
細田 やっぱり、ここに問題意識を持ってるんじゃないですか? つまり、自分の性格を変えられないってもどかしさを持っているから。とてもかわいらしいですよね。本当にそれが実現した物語を作ってもいいかもしれないって気がするぐらい。でも、そうすると、一体キャラは何なのかよく分からなくなっちゃいますけど。
稲見 そうですね。理想的に、「何とかさんみたいな性格」「何とかさんみたいな性格を入れました」といったら、自分がなくなってしまうことになる。でも、だったら自分は何かということになるのかもしれませんね。
細田 僕から言わせれば、「そう思っていることが、あなたそのものだ。あなたそのものの魅力だ」という気がして。そこがかわいらしいところなんですよね。こういうアンケートをいっぱいやってるんですけど、自分の悩みが反映しているものほど、その人が素敵に見えてくる傾向があるんですよ。何の解決にもなってないんですけど。
稲見 ああー、素敵ですね。今、学生のコメントがあって、普通にソーシャルメディアとかでアカウントを使い分けていること自体が、ある意味、もう編集していることなんじゃないかという……。
細田 そうですね。それはそうだと思います。
稲見 そういう意味では、もう今ここから始まっている未来なのかもしれません。
スマホネイティブが望む「次」
細田 次のBさんも面白かったなと思って。
稲見 まず回答1。これが面白いな。「人工物が生物化して自己増殖する」。要は、人工物を生物化したいということ。これはプログラムだったらもうできてますよね。最近アート作品として、3Dプリンターを作る3Dプリンターみたいな話が出はじめていて、そろそろこれも何か起きはじめるかもしれません。
その後は、「記憶をコピーできたり、借りてきたりできる」。ほかの誰かも、「人間の記憶をネットワークにバックアップする」というのを書いてたかもしれない。
細田 そうですね、バックアップしたいというのもありますよね。自分が死んじゃっても、経験値だけはどこかに保存できちゃうとかね。
稲見 でも、誰かの記憶を借りて、自分に入ってくるってどういうことなんでしょうね。それって人格が混じるってことじゃないですかね。
細田 まさに、表象文化論研究室の竹峰先生のところでこのアンケートをやったときに、「犬の記憶が入ってくる」って話を書いた人がいて。迷子になった犬を探すのに、捨てられた犬の記憶が人間に入ってきちゃって、わやわやになって、みたいな。ちょっと面白そうな、スラップスティックな話でした。
(Bさんの回答にある)「動物と意思疎通ができる」ことも共通点の一つとして、ほとんどこれ同じことですよね。理系・文系で同じアイデアの切り口でやってるなと思って。
稲見 そういう映像作品、作れるかもしれませんね。
細田 作れそうですね。
稲見 あとは、「言葉を喋らないで意思疎通する(ウイルス対策的に)」。次に「視覚に情報が重畳されてスマホがなくなる」。
細田 スマホの次の世界を見てるのは、ほかにもありましたよね。今のスマホ至上な領域が終わったときの世界を盛り上げたい、スマホの先を見たいっていうのが、みんなすごくある。確かiPhoneが出たのは2007年くらいですよね。
稲見 はい。だから、まさに今の学生さんはスマホネイティブかもしれない。私にとってのスマホは色々変わってきたインタフェースの一つなんですけど。
ちなみに、フェイスブックがMetaになって、スマホの戦いの次を見据えていると言われています。スマホの戦いの次らしいですね。結局、スマホでアップル・グーグル帝国に打ち勝てないので、じゃあその次をと。他にもザッカーバーグが素直にVRが好きだったとか、色んな理由が混じっていると思うんですけど、その一つとして、やはりポストスマホというのは当然考えてるんだろうなと。
二者択一は不自由
細田 そうですよね。スマホによって僕らはそれまでの様々な不自由さから自由を得たんだけど、今のスマホネイティブの人にとってはスマホ自体も一種の重荷だとしたら、そこからさらに自由になるために何かを求めたいのは共通してるんじゃないですかね。
稲見 こういう物理的なコミュニケーションとは違ったコミュニケーションのデバイスとしてスマートフォンがあったのが、多分ネイティブの人にとってはスマホも実はリアルだったという。じゃあ、そのリアルの次、そのさらに未来って何だろうという思いがあるのかもしれませんね。
そうか。それで「動物と意思疎通」とか。(Bさんの回答を読み進めて)「人工生物をペットにする人が増える」……「旅行以外に移動しなくなる」。旅行がなくならないっていうのはちょっと面白いですね。
細田 旅行をバーチャルで行くのは、よしとしないんだっていうね。
稲見 私も、VRの授業をやってるんですけれども、何でもかんでもデジタルになればいいとは全く思っていなくて。もちろん物理世界には物理の良さがきっとあるはずで。
我々が物理の身体も捨て切れていない以上、そこはやはり一丁目一番地として残る。断ち切るのはちょっと難しいのではないかなと。
細田 こういうのって、よくどっちがいいかって葛藤になるんだけど、歴史的には結局どっちも残ってるってなりません?
稲見 そうですよね。機械に人の仕事を取られるんじゃなくて、むしろ機械を使いこなしている。最終的には、多分両方楽しむんですよね。
細田 やっぱり、そこに選択肢があるってことが、人々を自由にさせる。
常識を飛び越えて
細田 次のC君は、回答1から最後の回答まで、オチが付いてるぐらい、すごく素敵なことを言うなと思いました。「仕事しなくても遊んで生きて行けるユートピア」。「勉強・訓練しなくてもカプセルを飲むだけで身につく」とか。
あと、「SDGsが忘れられて、超難問クイズに出される」っていうのは、社会がそれを完全に克服して、過去の遺物にしちゃうってことですよね。最後の回答が、「楽して生きるためにすごい苦労している」っていう。しゃれが効いてますよ、本当に。面白い。
稲見 いや、すごい、一貫してるな。「大学教員は100分の1に縮小できた」。
細田 そうそう。あと、「パラがオリの記録や人気を上回るサイボーグ大会」とかも、現代の常識を超越した世の中があるってことを想定してる気がしますよね。「ペットを飼う事が野蛮な事として定着」とかもね。
稲見 ああ、何か新しいな、視点がみんな。「部活が残っている学校が珍百景になる」(笑)。「マッチングアプリで出会って一緒にお墓に入る」。面白いな。「お金を見たことない子どものための体験会」(笑)。
細田 これも、まさに「お金ってあったんだって」みたいな。
稲見 よく、離島とかに信号機が1個だけあって、それでみんな信号の練習をするみたいな感じですね。
細田 そうそう。やっぱり、そのぐらい世の中は変わるであろう、変わるためには努力をしなきゃいけないけど、変える価値があるってことを言ってる気がするぐらい、すがすがしい回答ばっかりですよ。
いや、「自分の臓器や皮膚をつくっておいて時々取り換える」って、これがまともに見えるぐらいですよね。まともに見えてつまらないぐらい、ほかのものが面白いというか。それぐらい社会の変革を期待してるっていう。
稲見 そうですね。これが一番ディストピアですけどね、実は。それこそ、よくあるディストピア的なSFだと、クローンって自分のバックアップだけど、心のバックアップには全くならないわけですよね。
人間だと問題だから、ブタとかに人間の臓器を作らせるみたいな。それも、ある意味ちょっとディストピアですけれども。
車でも建物でもない何か
細田 続いてDさんの回答。
稲見 Dさん、建築(専攻の学生)ですね。
細田 この「自動運転が建築の最小単位となり、街の中に流動的な住まいが誕生する」って、自動車ってものの意味を変化させてるというか、自動運転という技術を使って、車や家そのものを変えていこうというのが面白い。
稲見 そうですね。それこそ、この前壊されちゃったカプセル住宅みたいな形で、自動運転車がばーっと積み重なって一つの建物になるみたいなことも構想してるんでしょうね。
細田 その区別が付かない世界って、車とか建物とかじゃない、もっと別の何かに変わっていくんじゃないかという提案だと思いますね。
稲見 先端研の中にも、デンソーの寄付講座「モビリティゼロ」というのがあって、炭酸ガスを出さないとか色んなゼロがある中に、動かないゼロも入れてるらしいんですよね。自動車産業の一角を占めるデンソーがモビリティゼロというのはすごい話ですけれども。
その講座で、部屋と建物とモビリティの区別がつかないようなものを、VR技術も使いながらやっていこうという。部屋の中が眼鏡なしのVR空間になって遠隔と会議していると、実はそれがゆっくり動いていて、最終的にその会場に着いていたとか、そういうのも含めてですね。
細田 そうなんですよね。僕らはどうしても無意識的に刷り込まれている、当然だと思っている常識があって、常識を変えていきたいといいながら、自分でも気が付かない常識のようなものにとらわれていると思うんですよ。それがやっぱり不自由にさせると思うんですけど、そこからさらに自由になりたいってことが、非常にアバンギャルドなんだけれど、やっぱり刺激的ですよね。
次の「ARによって、街を歩いていること自体が映画を見ている体験そのものになる」というのも、ただの散歩だけじゃなくて、違う世界がそこにもあるだろう、という。これは稲見先生から見ると、建築科らしい視点なんですかね。
稲見 建築っぽいですね。建築ってもともとVRと相性がいいと考えていて、例えばVR業界のオーソリティー廣瀬通孝先生は、中・高の同級生でもある隈研吾さんと若いころからずっと一緒にコラボしていて、CGを使って作っていた模型を、VRで体験しながら作っていきましょうみたいなことをやったりとか。
今、隈研吾さんはオンラインの通信制高校のキャンパスを、情報空間だったらどう作るかというので設計したりとか。建築基準法とか物理的な強度の制約を受けずに、純粋に人と空間だけで考えたときに、どこまでいくかを突き詰めていらっしゃる。その意味では、確かに建築にとってもフロンティアがある気はしますね。
細田 次はEさんの回答。「日々の行動が得点化され、良い行いに対して自動的にお金が支払われる世界」って、これも何か、結構変わってる視点だなと思いながら読んでたんですけどね。
稲見 これってまさにアリババとかが中国でやってる信用スコアのあたりですかね。あれでみんなマナーが良くなったという言い方もあれば、本当に大失敗している人はもう元に戻れない。それこそやり直しができない世界になってるんじゃないかという言われ方もあって。少しシビュラシステム感があるってことですね。
細田 ああ、なるほど。確かに。一生もう二度とカードが作れない人は、どうすればいいんだ、みたいな感じですかね。
稲見 はい。でも、やり直し方さえちゃんとセットされていれば、いいのかもしれませんけどね。「自分の日常圏内で食料・エネルギーなどを100%自給できるようになる世界」、これはエネルギーの地産地消ですね。いいですね、こういう生活に根差している未来がある。ほかにどうですか。
意識や魂の作り方
細田 もうおひと方いて、Fさんですね。「人が魂と呼んでいるものが人工知能で再現される」というのは、これは今現在も最先端の科学者が目指しているんじゃないのかなと思ったんですね。
稲見 はい。魂の叫びですね、これ。
細田 AIの研究でも、意識をどうやってAIで再現するのかとか、どういう物理現象として、どう表現するのかという課題があって、それに対してたぶんまだ答えられてないですよね。答えられたら、シンギュラリティの世界ですからね。
でもこれは、すごい興味深いですよね。我々が生きてる意識は、内面から自分自身を見ると非常にはっきりしてますけど、人工知能でどうやって再現して、それをどうやって第三者が知覚化するんですかね。どうするんですか、これ(笑)。
稲見 本当に意識とかは難しい問題で、カリフォルニア工科大の下條信輔先生は、「隣の駄犬には意識がないけれども、うちの犬には意識がある」みたいに言ってらっしゃっていて(笑)。
細田 (笑)それはやっぱり、家族とか愛とか、そういうことですかね。
稲見 多分意識はスタンドアローンじゃないってことじゃないですかね。意識はたぶん相互作用の中にあるのかなと思います。だから私は、人間じゃなくて、間の人と書いて「間人」と言った方がいいんじゃないかと思っていて。
細田 ああ、なるほど、関係性において。でも客観化やアルゴリズム化はできるんですかね。
稲見 関係性をうまく作るアルゴリズムを作っていけば、その相互作用のデザインさえできれば、アルゴリズム化できる可能性はあると思います。
今までの、古典的な意識を作るみたいな話は、スタンドアローンの人間の動きとかを再現しようという話だったし、人と環境の関係性ではアーティフィシャルライフの研究があるんですけど、例えば私と細田監督のこういう会話の関係性とか、そういうところから入っていった方が、むしろ意識に迫れるんじゃないかと。
意識とか魂を自分の持ち物と思う時点で、近代的自我に毒されすぎている感じがしますね。だから、魂は間にあると思った方が私はよいと思う。これは、本当は、飲みながら話したほうがよいぐらいの話ですが。
主観に基づく科学
細田 なるほど。でも、科学者の間で魂とか意識とかって、哲学的用語なのか、それとも物理学か量子力学か分かりませんけど、そういうもので扱うものなのかどうか。昔はそれが切り分けられて、哲学の中での議論だった気がするけど、今はそうも言ってられない世の中なんじゃないですか。
稲見 おっしゃるとおりですね。科学や技術の原則原理、一丁目一番地は客観なんですよね。いかに自分を切って、メソッドさえあれば誰がやっても再現できることを、どう作っていくか。三人称の視点をどう作るかが一丁目一番地。
ただ、今までの科学が役に立つのは、例えば食料の生産が良くなったり、機械の効率が良くなるといったことだった。でも、より楽しく生きたいとか、それこそゲームみたいに自分の人生をさらに豊かにしたいとか、そういうことにも科学を使おうとすると、主観は避けて通れないんですね。
既存の科学技術の方法論だけにこだわっていると、結果的にみんなに使われるサービスにはならないんじゃないかと。我々もそういう(主観に基づく)手法による研究も始めています。
特にこういうバーチャルリアリティとかは、まさに主観と間主観の研究になるんですね。リアリティが対象ですから。特に工学系の研究分野でも、魂とかそういうものは、今は研究の言葉になっていませんが意識はしている言葉ですね。
細田 そうですよね。魂とかっていうと、宗教家だけが使う言葉のように見えるけれども、そうじゃないし、工学的課題としてあることを、Fさんのこの発言が表明している。
稲見 面白いですね。Fさんの「魂を人工知能で再現」の次の回答が「3Dプリンターで人間をつくる」ですから、人工知能で魂を作って、器は3Dプリンターで作るっていう話ですね。
細田 そうですね(笑)。
人の仕組みがばれてしまう
細田 でも逆に僕が思うのが、認知科学的には、人間はそんな大したものじゃないみたいな考え方もあるじゃないですか。僕らが意識や主観や感情によって、もしくは知能、知性によって行動しているように見えて、実は全部そう思い込んでいるだけじゃないかっていう人間観。
(人間が)科学的に解明されつつあって、そうすると(創造性の源としての)カオスは一体人間のどこにあるんだ、だんだんカオスの場所がわからなくなる、ってことがあるじゃないですか。テクノロジーが人間存在を追い詰めてるとでも言うのかな。(人間は)もともと、そんなに大したものじゃないのかもしれないですけど、文系的には「追い詰められてるよな」って感じがする。
最近、文章をすごいうまく書くオープンソースのソフトウエアが……。
稲見 GPTですね。あと、AI翻訳とかもそうですよね。DeepLとかも、皆さんも論文書くとき使ってるよね。そればっかりだとちょっと……、たまに「筋トレ」もしなくちゃいけないよねって(笑)。
細田 (笑)うんうん、とかあるでしょう。でも、「もうやばい」みたいな気持ちになってきますけどね。「いよいよ進んでるな」という感じがして。そこは一方で期待も込めているし、一方でそれによって(人間存在の軽さが)明らかになってがっかりすることも、どこかでは覚悟しなきゃいけないかもしれないけど。
まあ、でも近代というのはそういうものかもしれませんよね。前に言った『モダン・タイムス』じゃないけど、何かそういうもの(技術進歩)に対して、ディストピア風とか悪者に描くのは、本当は(人間の秘密が)ばれてしまう恐れがそうさせていたんじゃないか、って気すらしちゃうというか。
稲見 今、オンラインでコメントがあって面白かったのが、「自分が仕組みが分からないものが人工知能っぽいけど、仕組みが分かると人工無能に感じる」。
細田 なるほど(笑)。分かってないから尊重できるっていう。
稲見 一方で、ノーベル賞物理学者のリチャード・ファインマンが「理解したというのはそれを自分で作れることだ」という言い方もしてるんですね。
ですから逆に、技術や科学は何のためにあるかというと、今まで魔法とか魔術とか神様の怒りと思われていたものが、実はこういう仕組みで我々にも理解可能なものなんだといって、世の中から怖いものを減らしていく作業だったんじゃないかと。再構成できるかどうかは分からないですけれども。
だから「技術が怖い」ではなくて、技術とか科学は怖いものを減らすはずだったのが、技術が難しくなりすぎて理解できなくなってしまって、また新しいお化けができたという感じになった印象もあります。
現代に生まれ変わる古典
細田 その側面はあるかもしれないですよね。ただ、今の若い人は、僕らが子どものころ謎だったものが、もう謎じゃない段階で世界を認識していくと、何かズレが出てきそうな気もしますよね。世界観というか。
稲見 そうでしょうね。世代による世界観は、もう全然違うと思いますね。年を取ってくると新しい技術にキャッチアップできなくなって、ブラックボックス化して分からなくなっちゃう。それでまた新しい魔術ができちゃうこともあるのかもしれません。
細田 そうですね。一方で、時代を経ても変わらないものもあると信じてやってるというか。
稲見 それは何ですか。
細田 例えば『竜とそばかすの姫』だったら、『美女と野獣』っていう18世紀の物語を現代に置き換えると、ほとんどのものが変わってしまうんですけど、変わらないものもある。逆に、18世紀から変わらないものを見いだすために現代に置き換えたところがあって、そこで変わらなかったものですかね。
稲見 確かに、昔の物語を読んでちゃんと感動しますからね。
細田 そうなんです。やっぱり価値観や世界観や常識みたいなものが変化しても、国や言葉が変わっても、結局変わらないものはある。僕らがギリシャ彫刻とか見ても美しいと思うのは、何千年の時を経ても美意識は変わってない。そういうところに根拠を置いて作品を作っていくことも可能だという。
もちろん一方で、ギリシャ時代と今とではテクノロジーは全然違うわけですから、現代ではどういうふうに(登場人物の)人間性や社会を変えていくか、その変え方のダイナミズムを僕としては楽しみたかったり、映画にして面白がったりしたいんですけどね。
「よろしくお願いします」の真意
稲見 最後に会場の学生さんから、何か質問はありますか。
学生G こんにちは。「G」と申します。全然高尚な質問じゃないんですけど、『サマーウォーズ』で最後、「よろしくお願いします」と言うのがあって、あれ、何に対して言ったのかなって。
細田 何で「よろしくお願いします」って言ってるかというと、要するにあれは実家というか、結婚する相手の家族にあいさつするために伺うじゃないですか。そうすると、まず何をしなきゃいけないと思う?
知らないでしょう。まず何をしきゃいけないかというと、座布団から下りるんですよ。で、こう、板張りのところに座るんです。それで、「よろしくお願いします」ってやらなきゃ、結婚のあいさつにならないんですね。
(一同爆笑)
稲見 そっか。じゃあ、あれで初めて家族になったってことですか。
細田 そうです。初めて、自信のない少年が、しっかり家族に対してあいさつするってことを宣言してる瞬間でもあるってことですね。
稲見 そういうことなんですね。
では、そろそろ時間になりましたので、講義とセミナーはここまでにしたいと思います。お忙しい中、わざわざいらしていただきました細田守監督に、最後、拍手で御礼申し上げたいと思います。どうもありがとうございました。
細田 どうもありがとうございました。すごい楽しかったです。
自在化身体セミナー スピーカー情報
ゲスト: 細田守|《ほそだまもる》
映画監督
ホスト: 稲見 昌彦|《いなみまさひこ》
東京大学先端科学技術研究センター
身体情報学分野 教授