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大相撲力士の親として⑦大関からの激励

2016年3月大阪場所で初めて土俵に上がり、前相撲2番の相撲を白星で飾った次男は「新序一番出世」でこの場所を終えた。
場所中に電話連絡が数回あったが、いずれも公衆電話から、わずかな会話で終わっている。
「もう東京へ帰ったのかなあ・・・」

突然の電話

「大阪にいる間に、もう一度会えるかなあ?」時折妻とつぶやきあっていたが、当分は次男に会えないだろう、と半ば諦めていた。

そんな時に私の携帯に見覚えのない携帯電話で着信があった。
「???」とりあえず受信すると電話の向こうには次男の声、
「元気か?いまどうしてる?」私の問いに
「ああ元気、いまちょうど近所の日本料理屋○○にいるからよかったら来る?」
「なんでや?」状況が理解できない私はとりあえず聞いた。
「詳しいことは今話してられないけど、大関も一緒やからよかったらおいで」といってすぐに電話を切った。

場所が終わって2,3日たった日のお昼過ぎだったと思う。
突然の電話に私は慌てて妻に事情を説明、同居のおばあちゃん(妻の実母)も連れて3人で指定の日本料理屋に駆けつけた。

「なんで大関と一緒なんやろう?」
大相撲界の「看板力士」で部屋の「部屋頭」でもある大関と突然お会いするのに、少しためらいもあったが、着の身着のままとはまさにこのこと、私は息子がつい最近まで愛用していた、大学のジャージを着たままで、料理屋に到着した。

平日の昼過ぎ、多くのお客さんが帰った店の個室で一行はお食事の最中だった。

気さくな大関

店員さんに案内されて
「初めまして,お世話になります。」私があいさつすると
「どうもどうも」と大関は笑顔で答えてくれた。そして個室の中へ案内して下さった。
中には「大関」、「大関の奥様」、「専属トレーナー」、「付き人」、そして「うちの次男」が席についていた。
5人は「てっちり」をつついていて、奥様が私たち3人にも「一緒にどうぞ」と勧めて下さった。

私は緊張であまり箸がすすまなかったが、妻とおばあちゃんは、「こんなおいしいフグ食べたことない」といって、しっかり食べている。

できれば次男の肝は私ではなく妻系に似てほしいと思った。

話の進行役はトレーナーの方が行ってくださり、私たちにもうまく話を振っていただきながら、大関自身も話に入って下さった。

「彼は僕のトレーニングを一緒にさせてほしいと志願してきた。これまでこんな新弟子は初めて」
当時大相撲界で破壊力NO.1といわれていた大関に、特訓を志願するとはなかなか骨がある。と思っていただいたようだ。
「でもこれからが本番、どこまで続くかは誰にもわからない」
大関は少しくぎを刺した。

金言

大関は続けてくれた。
「彼ならば三段目まではすぐに上がれるでしょう。」
「でも、その上の幕下から戦争が始まる。幕下の人間はとにかく死に物狂いで上(関取)を目指している。危険がわかっているのに怪我をしてでも目の前の一勝を取りに行くような連中ばかり・・・」

ピラミッド大相撲

「「関取」は給料がもらえる反面、相撲内容についてもイロイロと注文を付けられるので、卑怯な相撲はとれない。いわば武士が名乗りあってから正面から正々堂々と戦わなくてはならない。ようなもの
一方、無給の狼たちは、正々堂々なんて必要ない。とにかく勝って番付を上げることが第一、隙を見せれば後ろからブスっとやられるようなこともある。」
「ここから関取に上がれるかどうかは、誰にもわからない。強いからといって上がれるものでもなければ、力が無くても上がっていくものもいる。大いに運もある。」

「そうですか・・・」わたしはまだ春先というのに汗をかいていた。

幕下の恐怖

大関は続けてくれた
「私も今、2億、3億やるといわれても幕下からやり直せ・・・と言われたら即決で断る・・・
「あんな怖い連中(幕下の力士)と本場所で戦うのはご免だ」とまで言っておられた。
大関でも幕下力士は怖いのか・・・
大丈夫だろうか・・・・・
大関の話を聞きながら一方で私は、「でも、そこまで(幕下まで)出世してくれたら充分」という気持ちもあった。

大関はこんなことも言った
「今でも時々あの頃のことを夢に見ることがある。きまって朝汗びっしょりになって起きて・・・夢と分かってホッとする」

関取を目指すものにとって幕下という地位が最も厳しく最も重要なポイントなんだと思った。

以前動画で元大関「若嶋津」二所ノ関親方
「大関に上がったときの気持ちなんて忘れてしまったが、幕下から十両に上がったときの喜びは本当に忘れられない相撲取りの人生で一番うれしい瞬間だ」と言っておられたのを思い出す。


2021年7月現在、次男は今から3年半前に上がった「幕下」の地位にあって、ここへきてようやく上位(幕下15枚目以上を上位と呼ぶ)で相撲が取れるようになった。
まさにあの時の大関の言葉通り幕下の壁は厚い。
 
好角家と呼ばれる熱心な相撲ファンは「大相撲の醍醐味、一番ハラハラして面白い取り組みは幕下上位五番」というそうだ。
確かに私もテレビで観戦しながら感じることがある。
これまで幕の内で活躍していた花形力士が何かのきっかけで幕下に落ちた瞬間に顔色が変わる
これまでやらなかったミスで負けてしまう。
こんな光景は何度も見てきた。

長年「花形力士」として華やかな土俵人生を送ってきた力士にとって「幕下」という地位はまさに地獄絵図。少しでも足を踏み違えてしまうと寄ってたかって、足を引っ張られてしまう・・・。


大関は
「これから参拝して帰ります」
「彼のことは任せてください」
力強いお言葉をいただいて、この日はお別れした。

「きっと心配しているだろう」と私たち親子を思いやって、「東京へ帰る前に一度合わせてやろう」という大関のあたたかい計らいは私たち夫婦にとっても次男にとっても本当に励みになった・・・ありがたかった。

余談だが、私がこの日、着の身着のまま着ていったあのジャージを、大関は今でも気に入ってくれて、私が稽古を見に行くときには「あのジャージは?」と着用を勧めて下さる、わたしもできるだけお目にかかるときは、あの日のジャージを着るようにしている。


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